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ウサギのあとにやって来たのは、華やかな服を着た大人の男性。
予想外な出来事に驚いた私は、パチパチと瞬きをして口を開けたまま立っていた。
「何も言わないってことは、敵なのか」
「旅をしている者で……。
レ……、あっ、仲間が倒れちゃって……」
危なかった。王子の名前を言ったら、騒ぎになるかもしれない。
「この時期に旅だと……? 怪しいな……。
この国はクレナイノレーヴェン。略してクレヴェン。
勝手に入るとは、礼儀のないやつらだな」
「ええっ……!? 申し訳ありません。
それと……、敵意は全くありませんので」
いつの間に、違う国に入っていたんだろう。
国の境目が書いてある看板なんて、どこにもなかったのに……。
「ふーん……。見た感じ武器は持っていなさそうだが……」
何も持っていない私をじろじろと見てくる。
その男は、襟足が長めの艶のある金色の髪に、鼻筋が通った綺麗な顔立ちをしていた。
瞳の色は、ウサギと同じダークブラウン。
着ている羽織には太くて長い袖がついている。
それがふわりと風で揺れていて目立つ。
「その服……。もしかして、羽織袴……?
日本の人ですか?」
「は? なに言ってるんだおまえ」
どうやらクレヴェンという国の人にも、元の世界のことが通用しないようだ。
「ぐぅ! ぐぅっ!」
「あはは。くすぐったいってば」
ウサギは近づいてきて、シャカシャカシャカッと勢いよく私のズボンを引っ掻いてくる。
金髪の男に何をされるのか分からないけど、和ませてくれるこの子がいるおかげで怖さが半減していた。
「ノウサ様はこの女が気になって、俺をここまで連れてきたのか?」
「ぐっ!」
「この子はノウサ様っていうんですか……。
あなたのペットだったんですね」
「ペット……?
ノウサ様はクレヴェンの神と言われる動物だ。
大きな耳で遠くにいるものを察知し、敵か味方か見分ける。
人と共存していける頭のいい生き物なんだぜ」
「そうなんですか。
失礼なことを言ってごめんなさい」
「まぁ、いい。
それで、おまえの倒れた仲間ってやつはどこだ?」
「すぐ近くにいます」
私が指を差して教えたところに金髪の男は走って行った。
仰向けになっているレトがいるところに着くと、額に触れて何かを確認する。
「これは、熱があるな。
ライ、運ぶの手伝ってくれ。
そこで見ているんだろ」
「分かったよ……」
木の陰からまた知らない男が出てきた。
金髪の男は、この人のことを“ライ”と呼んでいたから、それが名前なんだろう。
ライさんを見て気になったのは、服装。シャツとズボンを着ている。
元の世界で見たことのある服装だったから、なんだか懐かしくなる。
金髪の男とライさんは協力してレトを運び、森の奥に向かって歩いて行く。
「どこに連れて行くんですか?」
「安心しろ。オレたちがよく使ってる小屋だ。
すぐ近くにあるからな」
「知らない人を助けるなんておかしいよ……」
「それを判断するのはオレだ。
おい、おまえも一緒に来いよ」
このふたりを信用していいのか分からない。
でも助けてもらえそうだから、黙ってついて行くことにした。
迷わず森を進み、小屋に着くと、布団を敷いてレトを寝かせてくれた。
おまけに水の入ったバケツで布を濡らして絞り、額に乗せて看病をしてくれている。
「とりあえず、これで大丈夫だな。
小屋に色々揃ってるから、ここで数日寝ていれば治るだろ」
小屋は、四人分の布団が敷けるくらいの広さだった。
しかも部屋の中心には囲炉裏がある。
狭いけど、まるで古い民家みたいだ。
玄関には木製の槍と弓が置いてあるから、いつでも戦闘態勢になれることが分かる。
「馬は、ライが迎えに行った。そいつも助けるからな」
「ありがとうございます。助かりました。
誰も来てくれないと思っていたので……」
本当によかった……。
これでレトと馬を救うことができる。
ホッとしたらまた涙が浮かんできで、手で拭きながら鼻をすすった。
「泣くほど疲れているのか……。大変だったな。
おまえもここでゆっくり休んでいけよ。
オレとライしかこの小屋には来ないから。
……それで、おまえの名前は?」
「私は、かけら。この世界を知るために旅を始めた者です」
「つまり旅人か……。珍しい奴だな……。
オレは、セツナ。昨日から森が騒がしいから、この辺を見て回っていたんだ」
もしかして、私とレトが野宿していたからかな……。
「おかげでお気に入りの服が汚れてしまったぜ」
「素敵な服ですし、泥汚れなんてつけたくないですよね」
「おまえ……、この服の良さが分かるのかよ!?」
「質のいい生地を使っているように見えますし、私の住んでいたところでは縁起のいい日に着る服でした」
「いい事言ってくれるじゃねーか!
これは気に入ってる服だから、褒められると嬉しくなるぜ」
セツナはニッと笑ってから腕を組み、私のことをじっと見てくる。
「かけらは、オレの歳に近い感じがするな。
それに、この服の良さが分かるんだからいい奴に違いない。
堅苦しいことはなしでいこうぜ、かけら」
「わっ、分かった。
よろしくね、セツナ」
自己紹介が終えた後、私のお腹がグゥッと音を立てて顔が一気に赤くなる。
レトを助けることで頭がいっぱいで朝から何も食べていないんだった。
「腹が減ってるのか。
少し待ってろ。食事を準備する」
外に出てから少し経った後、セツナは既に焼いてある串刺しの肉を四本持ってきた。
それを囲炉裏で軽く温め直してから一本渡してくる。
香ばしい香りに滲み出る食欲をそそる肉汁。これは間違いなく美味しい物だ。
「今朝作った物だからまだ美味いぞ。
温かいうちに食べてくれ。
あと、その寝ている男にも食わせてやれ」
「あっ、彼は……。
えっと……、熱があったら肉は食べられないと思うから大丈夫……」
レトがグリーンホライズンでは肉を食べない国だと言っていたから、勝手に食べさせるわけにはいかない。
あとでベリーを食べてもらおう。
「じゃあ、その肉はかけらが全部食べろ」
「えっ……、でも私だけ食べるっていうのは……」
「今はどこでも食糧難だから、ここで食べないと餓えるぞ。有り難くいただけ。
食べさせてやるから、ほら、口を開けろよ」
「私は自分で食べられるって。
いっ、いただきます。美味しい!」
齧り付いてすぐに言葉が出てしまうほど、この世界で初めて食べるの肉は美味しかった。
口でとろけるくらい柔らかくてジューシーなステーキを食べている気分。
一口食べると止まらなくなって、あっという間に四本目に手を付けてしまう。
「ハハッ、いい食いっぷりだ。
……だが、食ったからには、タダってわけにはいかねぇから覚悟しておけよ」
「もちろん、働かせて!」
「なっ……。そこは怯えるところだろ。
からかってやろうと思ったのに、調子が狂うなぁ……。
とりあえず、仕事は明日からってことで」
それから小屋の外に行き、セツナと色々と話をした。
私より歳が二つ上のこと、妹が最近結婚したこと、ライさんとは幼い頃からの親友だという事を教えてくれた。
クレヴェンのことについては一切語ろうとしないけど……。
たまに見せる笑顔から、私とレトに痛い目を合わせようなんて悪意は微塵も感じなかった。
夜は私とレトを小屋に残してセツナとライさんは自宅に帰って行った。
私の分の布団も用意してくれて暖かく場所で横になることができた。
一方、レトは苦しそうで呼吸が荒く、額に汗が浮かんでくる状態。
余程無理をしていたんだろう。
きっと、私と出会う前から旅の疲れが溜まっていたに違いない。
ゆっくり休んでね……。レト……。
今は、私がレトの分も頑張るから……――