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猫とろ
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リユ
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#幼馴染
ただの一般小娘
27
月呼と侑加は夜の十時には眠りについていた。
「ん……」
一度寝たら朝まで起きない月呼だが、尿意をもよおして途中で目を覚ます。部屋に併設されてあるトイレから戻り、時計で時間を確認すると、深夜の一時を過ぎていた。
「そう言えば、キッチンルームの冷蔵庫にブラウニー作りであまった材料を入れたままだったな」
ふと、そんなことを思い出す。この部屋の冷蔵庫に入れた方がいいのではないか、と考える。明日に回してもいいような用事だが、思い立った時にやっておかないと忘れてしまいそうだ。
月呼はそっと部家を出ようとした。侑加を起こさないようにと気を付けても、暗闇の中で右足がテーブルの脚とぶつかって、結構な音がする。
「……前沙さん、どうしたの?」
その音で、侑加も起きた。
「ごめんね。物音で起こしちゃって」
「いや、いいよ」
「キッチンルームに忘れ物をしたことを思い出して、今から取りに行こうかと」
「俺も行くよ」
ふたりはエレベーターを利用してキッチンルームに向かう。夜中でだれもいるはずかないそこは、明かりがついていた。
室内には人がいる。その人物はイスに座っていた。ちょうど、月呼たちに背を向けるように座っているので、ふたりの存在に気がついていない。
それはくるるだった。
「くるるちゃん!」
月呼は笑顔で近寄る。
くるるは体をびくっとさせた。ちょうど、菓子パンを食べていたようだ。
今食べているものの他にも、色々と食べたようである。テーブルの上は菓子パンのパッケージやカップ麺の容器が散乱していた。
くるるはこれをひとりで全部食べたのか?と、月呼は頭で考える。彼女の体の細さからは想像できない食事量だった。ただ、世の中にはフードファイターという職業があったり、痩せの大食いという言葉もある。胃の容量は人それぞれなのだから、異常な食欲とは思わなかった。
「前沙には知られたくなかった……」
くるるは落ち込んでいる。それから、大粒の涙を流した。声に出して泣く。
「えっ、どういうこと? なにがあったの?」
月呼はくるるのとなりの席に座る。侑加も月呼のとなりの席に座った。
「こんなあたし、気持ちが悪いよね……」
くるるは涙で息をつまらせている。
「どういうこと?」
「摂食障害って知っている?」
「聞いたことはあるかも。意味はよくわかっていないけれど」
それは太ることを極端におそれてまったく食べられなかったり、食べたくないのにむちゃ食いする病気、と認識している。月呼は自分が摂食障害になった経験も、摂食障害の人に出会ったこともない。単にそうだと本人から直接聞いていないだけで、実際にいた可能性はなきにしもあらずだが。
「あたし、摂食障害なんだ。と言っても、医者にそう診断してもらったわけじゃないんだけれどね。でも、自分ではきっとそうだと思っている」
くるるの言い分から、彼女は食べたくてこれらを食べたわけではない、と月呼は認識する。
「自分でもなにがしたいのかわからなくて」
くるるは自分の手で涙をぬぐう。月呼は彼女のために室内からティッシュペーパーの箱を見つけ、差し出した。
「もう七年になる。食に支配された人生を送っているのは」
くるるは小さな声で月呼に「ありがと」と言ってから、ティッシュペーパーで涙を拭く。
「あたし、中学一年生の時に体重が増えたことを気にして、人生で初めてダイエットをしてみたのね。それが地獄のはじまりだった」
同世代のくるるが思春期の頃からその悩みをかかえていたと思うと、月呼の心が痛む。
「まずは食事制限と運動で一日の摂取カロリーより消費カロリーが上回るようにしたの。それで、目標体重までには体重を減らすことができたんだ。でも、見た目が痩せたようには感じられなくて。もっと細くなりたい一心で、今度は食べないダイエットをしてしまったの。食べなければ痩せるって思っちゃって」
月呼も受験勉強に必死でおやつを食べることをやめ、体重が減少した時はうれしさを感じたものだ。同じ女性として、痩せることに執着してしまう気持ちはわかる。
「だけど、食べない生活にもすぐに限界がきて、その後は反動からか食べるようになったんだ。お腹がいっぱいでも食べるの。ううん、あたしの場合は食事というより詰め込む作業。この菓子パンやカップ麺だって、こんなに開封したっていうのに、自分では食べた記憶がないんだ」
食べた量どうこうより、食事したおぼえが自分にないというのは明らかに正常でない。くるるは摂食障害に違いないのではないか、と月呼は素人ながらに思う。
「生きていても、ずっと食べ物のことを考えているの。それしか人生で楽しみがないからさ」
くるるは自己紹介の際、趣味はないと言っていた。それもあって、食べ物への執着がいっそう強くなったのかもしれない。
「だから、ここでの生活で決められた食事を毎食食べなきゃいけないっていうのは、本当にストレスだった。特に、食用油がどれくらい使われているのかわからない食べ物を食べるのが怖くて」
「それはその食べ物を口にしたら太ると思って?」
「そう。カロリーと脂質をむだに摂るのは嫌だから。自分で調理したら、そのへんも自分の望ましいように調整できるでしょう。だから、基本的に自分の手料理と栄養成分が表示されている市販の食べ物しか食べないの、あたし。それと、夜は食べる習慣がなかったから、自分がやってはいけないことをしているような罪悪感がすごくて。食事に罪なんてないのにね」
だから、ゲーム期間中は毎食決まった食事をしなければならないと聞かされた時、くるるは局員に怒っていたのかと思った。
「でも、人前ではちゃんと食べるしかなくて。みんなから『食べなきゃだめだよ』って言われるのがわかっていたから。だけど、全部食べるのは精神的にむりだったから、食べ物の好き嫌いがはげしいふりをして、野利彦にあげたりしていたの。本当は嫌いな食べ物なんてないんだけれど」
くるるが自分の目の前であまり食べていない様子だったら、自分がそう言っていたかもしれない。親切心で言った言葉がくるるを傷つけていたと思うと、月呼はぞっとする。
「でもね、食べるものが反対に強制されていたら、心身ともに健康的になって、あたしのこの異常な食欲もおさまるんじゃ、ってこの生活を前向きに思ったりもした。結局、一度食べると過食のスイッチが入って、だめだったけれど」
「……」
月呼は言葉が出ない。侑加もくるるの話を黙って聞いていた。
「初日、前沙がこのキッチンルームにやって来た時、あたし、なにかの薬を飲んでいたでしょう? あれね、本当は低用量ピルじゃないんだ。摂食障害の人が手を出しがちなお薬だったのよ」
「お薬?」
そう言われても、月呼はぴんと来ない。まさか、麻薬や覚醒剤などの違法薬物なのか?と、胸がざわざわとした。
「あやしいお薬じゃないから。便を出しやすくする薬よ」
月呼は犯罪ではないことにひとまずほっとする。くわしいことは彼女のためを思って聞かなかった。
「あたし、前沙と一緒にエステティックルームへ行く約束も断っていたでしょう? あれもそのお薬の効果が出そうだったから、キャンセルせざるを得なかったの」
「そうだったんだ」
くるるが自分にうそをついたのはそういうことか、と理解する。摂食障害の疑いを知られたくないという事情は、事実を伝えずに約束を断るのに値する、と月呼も感じる。くるる自身、それを月呼に話したところで、自分にある苦痛が自分以外のだれかに移るだけだと判断したのだろう。
「顔がかわいく生まれた分、神はこんな試練をあたしに与えたみたい」
くるるはためらいなく言った。本当にそうではないのかと他人に思わせるのは、彼女が正真正銘の美人だからだ。「うぬぼれ」とは言わせない美貌の持ち主である。
「くるるちゃん、本当は食べたくないのに人前で食べなきゃいけないっていうのは、すごく苦しかったでしょう」
月呼はくるるの七年間を想像するだけで、胸が苦しくなる。
「そうなの。ここの運営は鬼よ。でも、それについては責めない。だって、前沙に出会えたから」
くるるはにっこりと笑う。月呼は彼女の強さとやさしさに涙ぐむ。自分がそこまで彼女に必要とされていることが尊いと。
「三億円のためとは言っても、逃げずに毎食きちんとダイニングルームに出席していたなんて、すごいよ。なかなかできることじゃない」
月呼は自分がなにを言えば彼女にとってよいのかと、頭で必死に考える。
「ごめんね。私、摂食障害の人と出会ったことがないから、適切なことが言えなくて。もしかしたら、的外れなことを言っているかもしれない」
「いいの。こうして話を聞いてもらえただけで、ありがたい。ずっとだれにも言えなかったから。あたしの母親は摂食障害に理解がまったくない人間で。過食している場面を見られた時も『気持ち悪いからやめて』って、冷たいそのひと言だけ。もともと、母と娘の仲はよくないから」
ずっとまじめに働いてきた親が店をたたむと聞いた時は、こんな理不尽で不幸な出来事はないと感じた。でも、辛いのは月呼やその家族だけではない。皆それぞれ事情をかかえて生きている。今はなによりくるるの力になりたい、と月呼は強く思った。
「摂食障害の経験がない自分でも、思うことがある。『これ以上痩せる必要はない』ってくるるちゃんに言うのは違う気がするって。他人に言われてすんなりと納得して過食をやめるようでは、七年も悩まないよね」
「そうなの! たまにそう言われるんだけど、本当にうざい! その人があたしのことを心配して言ってくれているのはわかっているんだけれどね。『あなたはそれ以上痩せる必要がない』だ? はあ? あたし自身がこの体型に納得してねーんだよって感じ」
くるるは口の悪いところがあるが、そこが魅力でもある。ふたりは一緒になって笑う。
「ミニゲームで優勝する気なんてなかったんだけれど、フットサルもちゃんとやっていたのは、ダイエットのため。カロリーを消費できるからね。まあ、じっとしている時間は損でしかないととらえているから、ドミノ倒しもちゃんとやるべきだったんだけれど。だけど、あれはあまりにもめんどうだからやらなかった」
その話を聞いた月呼は声に出して笑った。くるるは自分の話で月呼に笑ってほしいのだと感じたからだ。だから、遠慮なく笑う。月呼が終始深刻そうな顔でくるるの話を聞くより、いつものように笑う時は笑う方が彼女も安らぐのではないかと考える。
「私はくるるちゃんの味方だからね。くるるちゃんが人前では見せたくない姿を見ても、なにも変わらないよ」
月呼はくるるを抱きしめた。どうしてこんなに素敵な女性がこんなにも苦しまななければならないのだろうと、心が辛くなる。
コメント
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つかであきひろさん、第41話読みました…😭💕 くるるちゃんの摂食障害の告白シーン、すごく胸に響きました。人前で食べなきゃいけないプレッシャーと、自分の体への違和感、ずっと一人で抱えてたんだなって思うと切なくて。でも月呼ちゃんの「味方だからね」って抱きしめるシーン、ここでやっと彼女の力になってあげられてるのが尊すぎます…!ふたりの絆が深まった瞬間で、もう泣きそうになりました。くるるちゃんの強さと、それに応える月呼ちゃんの優しさが沁みる回でした🌸