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「危ないからほら、ね?……大人しく止まりなよ」
フランスは声を少し和らげ、宥めるようにイギリスの細い肩を包み込んだ。
これ以上、あいつのプライドを逆撫でしたいわけじゃない。ただ、傷だらけの身体でこれ以上無理をしてほしくないだけだった。
それなのに。
「……“大丈夫”です(ニコ)」
イギリスは、顔を上げた。
シルクハットの影から覗いたその顔は、酷く青白い。それなのに、唇の両端だけを綺麗に釣り上げて、完璧な、人形のような「笑顔」を作って見せたのだ。
モノクルの奥の蒼い瞳には、何の感情も映っていない。ただ、無理やり張り付けられた歪な笑みだけが、そこにいた。
(……あ、あぁ。その、笑顔、が……)
フランスの脳裏に、ドク、と嫌な鼓動と共に、遥か昔の記憶が鮮明に呼び起こされる。
それは、二人がまだ小さかった頃。人間たちの「教育係」という名の大人たちに、冷酷に管理されていた時代の記憶。
歴史の表舞台に立つための『完璧な国』を育てるという名目で、二人が受けていたのは、教育とは名ばかりの虐待だった。
高熱を出して視界が回り、呼吸をするのも苦しい時ですら、お構いなしに分厚い本を突きつけられ、勉強を強要された。文字が霞んで読めなければ、容赦なく鞭や棒で叩かれる体罰の日々。
泣くことは許されなかった。弱音を吐けば、さらに苛烈な罰が待っているだけだったから。
あの地獄の中で、幼いイギリスは、フランスを庇うようにしていつも前に立っていたのだ。
『ふりゃんす! 大丈夫ですよ!(にこ)』
体罰で身体中をあざだらけにして、熱で真っ赤な顔をしながら、それでもイギリスは今の彼と全く同じ、感情の消えた「笑顔」を浮かべてフランスにそう言ったのだ。そうやって笑うことで、自分はまだ壊れていないと、周りの大人にも、そして自分自身にも言い聞かせるように。
(――ju(僕)は、大嫌いだ)
フランスの胸の奥から、ドス黒い怒りと、吐き気がするほどの嫌悪感が込み上げてくる。
あいつのその笑顔が大嫌いだ。
その笑顔が出る時は、イギリスが自分の限界を完全に超えて、心を殺して耐えている時だと知っているから。
「……何が、大丈夫なもんか……!」
フランスは歯を食いしばると、イギリスの肩を掴んでいた右手に、さらにギュッと力を込めた。斜めに被ったベレー帽の奥で、普段は隠している右の赤い瞳が、激しい感情でギラリと燃え上がる。
「何百年経っても、君は何も変わってない……! そんな顔で笑うな、ブリカス……!!」
フランスの絞り出すような叫びが、静かな廊下に響き渡った。
コメント
1件
もう……胸がギュッと締め付けられました……。イギリスがあの笑顔を見せる時って、心を完全に♡♡♡てる時なんですね。フランスの「大嫌いだ」って叫びに、どれだけ彼がその笑顔を目の当たりにしてきたか、想いが溢れてました。幼い頃の回想も相まって、二人の間にある見えない深い傷が伝わってきて切なかったです😢 さかなさんの心理描写、本当に繊細で素敵でした。