ハロウィンにくるみと初めて結ばれて以来、お互いの休みに合わせる形で二人の家を行ったり来たり。
泊まったり泊まられたりな感じになっている実篤とくるみだ。
因みに、今日は実篤がくるみの家に泊まりがけで遊びに来ている。
***
「おじゃまします」
くるみについて玄関の引き戸をくぐってすぐ。
靴を脱ぎがてら何の気なしに手をついた下駄箱の上にあった一葉の葉書が目についた実篤だ。
郵便受けから取り込んだまま。何かの拍子に忘れて、そのまま置きっぱなしになってしまったんだろう。
その手紙の束の一番上に、『岩国高校○年度卒業生同窓会のお知らせ』と書かれたものがあって、たまたまそれが視界に飛び込んできたのだ。
岩国高校は実篤の母校でもある地元の県立高校だ。
文武両道を謳う校風は、今でも健在だと聞いている。
(くるみちゃん、俺の後輩だったんじゃぁ〜)
なんて、在学中校内では絶対に出会わない年齢差だったくせに、何だか嬉しくなってしまった実篤だ。
「くるみちゃん、これ、行くん?」
「高校の、ですよね。実は行こうか行くまぁーか迷うちょるんです」
くるみにしては煮え切らない物言いに、実篤は「おや?」と思う。
「迷うちょるっちゅーことは……行きたい気持ちが割とあるっちゅーことじゃろ? 何がネックになっちょるん?」
くるみは朝が早い。
日取りによっては仕事に支障をきたすから行けないとかいうこともあるだろう。
だけど。
実篤が見ている葉書に書かれた開催日時は、十二月二九日(木曜日)の二〇時からになっていて。
「くるみちゃん、仕事納めいつ?」
一応参考までに聞いてみたら「水曜がお休みなんで、今年は二七日にしようかと思うちょります」と返ってくる。
ちょうど実篤の不動産屋も水曜が定休日の関係で、くるみと同じように考えていて、『年末年始のお知らせ』として「十二月二八日(水)〜一月四日(水)までお休みとさせていただきます。新年は一月五日(木)十時より通常営業いたします」という貼り紙を作ってくれるよう、先日総務の田岡に指示を出したところだった。
「それなら日取り的にも問題なさそうよね? 行くの迷うちょる理由はそれ以外?」
いつものようにワンコのモフモフスリッパを出されて、それに無理矢理足を通しながら問うたら、くるみが微妙な顔をする。
彼女の足元も、いつも通りウサギのモフモフスリッパが包んでいた。
「くるみちゃん?」
その表情が何だかすっごく気になって、実篤は声を掛けずにはいられない。
「幹事の名前が引っ掛かっちょるん……」
ポツンと消え入りそうな声音でこぼされた言葉に、実篤は再度葉書に目を落として。
「鬼塚純平・新見義人・花田太一・井筒穂乃・和田美波……」
丁寧に全員振り仮名付きで記載されていたから、読み間違いはないはずだ。
五人の名前をズラリ読み上げた実篤に、くるみが「最初の人……」と吐息を落とす。
「鬼塚くん?」
聞いたらコクッと頷いて。
くるみちゃんの性格からしたらいじめられていたと言うこともないじゃろうし、そもそも名前からして異性じゃもんなぁと小首を傾げていたら、「あんまり会いとぉない人なん……」と、これまたくるみにしては聞き取りにくい小さな声がして。
実篤は、思わず「えっ?」と声を漏らした。
***
結局、「鬼塚くん」とやらが何者で、何故会いたくないのか聞けず終いになってしまった実篤だ。
というのも、それっきりくるみが口を閉ざしてしまって、それ以上聞けるような雰囲気ではなくなってしまったから。
くるみだって立派な成人女性だ。
二四年間も生きてくれば、何某かの柵があって、会いづらくなる人間の一人や二人、居たって何ら不思議ではない。
そう思った実篤は、くるみから話さないものを無理に聞き出すのはやめようとそれ以上追及しなかった。
それよりもせっかく二人で過ごせる貴重な夜なのだ。
話しやすい話題に切り替えて、楽しく盛り上がった方が絶対にいい。
***
「あー、俺、食い過ぎたかもしれん。腹パンパンじゃわぁ〜」
「さすがに山盛り二杯も食べたらそうなりますよ。ホンマ食いしん坊なんじゃけぇ」
アルコールが入って、ほんのり頬を上気させてクスクス笑うくるみに、「だって美味かったんじゃもん」と唇を尖らせたら「ホンマ、実篤さん、可愛い♡」と頬をツンツンされた。
(うっわ、可愛いのはくるみちゃんじゃけぇ!)
そう思って思わず抱きしめようとしたら、スルリとかわされて、
「……あの、うち、ちょっとお手洗いに行ってきますね」
くるみがすっくと立ち上がった。
「あぁ、うん……。行ってらっしゃい」
ちょっぴり肩透かしを食らって、伸ばしかけた手を所在なく宙に浮かせたまま答えてしまった実篤だ。
二人で舞茸と鮭のレモンクリームパスタを作って、それに合わせるように半辛口の、レ・ヴァカンツェのスパークリングワインをグラスに二杯ずつ飲んだ。
それでだろうか。
くるみがトイレに立ったのは。
そういえばハロウィンの時、ビールを一人で二缶やらかした時もそうだったけれど、くるみはアルコールを摂取するとトイレが近くなる性質なのかも知れない。
あの時と違って空きっ腹に飲んだわけではないので意識も口調もしっかりしている。
だけど――。
「せっかく泊まりに来てもろうたんに……うち……。ホンマにごめんなさい……!」
トイレから帰って来るなりくるみが申し訳なさそうにしゅん……として実篤に謝ってきた。
実篤はそんなくるみに慌てて首を振る。
「そんなん、謝ることじゃないじゃろ? それより体調大丈夫? お腹痛ぉなったりしちょらん? 痛み止め、ちゃんと買ってある?」
オロオロと矢継ぎ早に問いかけたら「もぉ、実篤さん、テンパりすぎです」と苦笑された。
だが、仕方がないではないか。
妹の鏡花が結構生理痛が重いから、どうしてもそれ基準で考えてしまうのだ。
「うち、本来はそんなに生理痛、重くないんです。ただ――」
今回はかなり周期が乱れてしまっているので、いつもよりちょっぴりしんどいのだとくるみが言って。
「昨日ぐらいから何か腰が重怠いなぁって、思いよったんです。まさか月経前症候群とは思いませんでした。分かっちょったら今日はやめときましょうって言えたのに。ホンマごめんね」
妹がいるから、くるみの言う意味が何となく理解出来る実篤だ。
生理前から不定愁訴に苦しんで、始まってからも真っ青な顔をして寝込んでいた妹の鏡花の様子を見てきたから、世の中の男たちよりはそういうのに理解があるつもり。
思春期の女の子の生理の周期が乱れるのはよくある話だけれど、くるみのように成熟した成人女性のそれが乱れるときは、何か心配事があったり、体調が悪かったりと言った、何らかの要因が関与していることが多いと聞いたことがある実篤だ。
そういえば、初めてのエッチの後もいつもよりかなり早まったとかで、くるみが辛そうにしていたのを覚えている。
くるみは心配事があると、生理周期が乱れやすい体質なのかも知れない。
もしかしたら自分がいない方が心身ともに休まるのかもしれないけれど、酒を飲んでしまったので、おいそれと帰ることは出来なくなってしまった実篤だ。
けれど、一緒にいることでサポート出来ることもあるんじゃないかとも思って。
「俺がおるけぇって余り気ぃ遣わんちょってね? って言うても難しいんかも知れんけど……俺、くるみちゃんの負担にはなりとぉないんよ」
言ったら、くるみが小さく頷いて、淡く微笑んでくれた。
「そばにおってくれる方が心強いけん、実篤さんこそうちにえっと気ぃ遣わんで? ……うちね、生理痛がひどい時、よくお母さんが心配してそばにおってくれたん。それがね、有難かったのを覚えちょるんよ。――じゃけぇね、実篤さんがそばにおってくれたら凄く嬉しい」
言われて実篤はホッとして。
「ありがとう、くるみちゃん」
そう言って彼女をそっと抱きしめた。
***
「実篤さん、悪いんじゃけどお風呂、先に入ってもらえるじゃろうか? うちね、ちょっと……、その、すぐには入れそうにないん……」
不安そうに見つめられて、妹の鏡花が「生理ん時は私、お風呂は最後がええ! お湯とか汚すかもしれんもん!」と言っていたのを思い出した実篤だ。
男兄弟だろうが、お構いなし。
何でもかんでも基本的にあっけらかんと話す、うちの妹が言うようには言えないんだろうなと思って。
くるみの言いたいことを察した実篤だ。
「大丈夫よ。じゃけど何かあったらすぐ言うてね? 俺、真っ裸じゃろーが何じゃろーがすぐ駆けつけるけん」
言ったら、くるみがクスッと笑ってくれて。
それだけでも実篤はホッとする。
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