テラーノベル
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エルゼとラーニアを護送する車両コンボイはイラク国内に入りイラク陸軍がその護衛を引き継いだ。バグダッドで一度ホテルへ移り、エルゼとラーニアを休ませ、車両の点検修理のために一泊した。
夕食を済ませ二人が落ち着いた頃を見計らって、美奈とミューラー中佐はベッドの両脇に腰をかけ、エルゼとラーニアに数十枚の写真を見せた。それはどれも海岸線の風景写真で特徴的な地形や森の様子が映っている。何か心に残る風景の写真があったかどうか尋ねると、二人はそろってそのうちの一枚を選んでミューラー中佐に渡した。
別室へ移りミューラー中佐はノートパソコンを開いて、画像フォルダーを開き、エルゼとラーニアが選らんだ写真と見比べた。そして美奈の方に顔を向けて言った。
「このバオバブの木はマダガスカル島の固有種だ」
美奈もパソコンの画面をのぞきこみながら相槌を打った。
「では、クラーケンの次の出現地点はマダガスカル沖。ボブ、だったらやはりクラーケンはエルゼとラーニアを追いかけているという事になるわけね」
「その可能性がまた高まったな。よし、国連本部には俺が連絡する。美奈は戻ってエルゼとラーニアに付き添っていてくれ」
「了解」
これがエルゼとラーニアにクラーケンの出現位置を予言させる最近の方法になっていた。二人も最初のように激しく取り乱す事はなくなり、美奈も自分の心理的負担が軽くなった気がしていた。
翌日、二人を運ぶコンボイはバグダッドを出発、イランとの国境を目指して北東に向かった。
二人が予言した情報は国連本部から万能艦隊の暫定旗艦おぼろづきに衛星通信で伝えられ、ペンドルトン提督はソマリア沖から南進を指示した。ピョートル大帝号からの定時連絡ではクラーケンは南アフリカ共和国、ケープタウン沖を通過したとの事だった。
ここでクラーケンがそのまま南下して南極海に向かうのか、それともアフリカ大陸南端で進路を反転して北上するかが最大の問題だったが、これまでのエルゼとラーニアの予言の的中率が百パーセントだった事から、提督は迷わず再邂逅地点をマダガスカル島付近と決断した。
クラーケンがマダガスカル島とアフリカ大陸の間のモザンビーク海峡を通過する場合に備えて、モザンビーク軍は海岸線に地対艦ミサイルを配備。海峡を通過するクラーケンに地上から攻撃する準備を整えていた。
中間地点にあたるセイシェル島付近を通過している頃、装備点検のためにおぼろづきの後部甲板に立ち寄った雄平は、ペンドルトン提督が妙に深刻そうな表情で甲板端の手すりにもたれているのを見かけて声をかけた。
「提督。どうかなさいましたか?」
「ああ、ミスター・ヒノですか」
雄平は自分も後ろ向きに甲板のへりにもたれて訊いてみた。
「なにか、浮かない顔ですね。何か、次の作戦で不安な要素でもあるんですか?」
「いえ、その逆です」
提督は、いつものいたずら小僧ぶりの想像がつかない程、真剣な口調で言った。
「は? 逆とは?」
「あまりにもうまく事が運びすぎる気がするので~す。ピンチになる度に万能艦隊の構成艦が現れて……まるで昔のスーパーロボットアニメみたいな展開で」
「い、いえ、それだけ順調に行っているという事でしょう? 何より提督の判断がそれだけ的確だからですよ」
「う~ん。そうだといいのですが」
「まあ、艦隊を率いる提督ともなると、いろいろ気を遣われる事も多いんですね」
「それはそうですね」
提督は体をまっすぐに立て、両腕を空に向けて思いっきり伸びをし、いつものいたずらっぽい表情に戻って雄平に軽く手を振った。
「私の考え過ぎでしょうね。ではまた」
翌日早朝、ピョートル大帝号から緊急通信が入った。クラーケンは南アフリカ共和沖で進路を東北東に変更、海上に浮上して速度を上げているとの報告だった。おぼろづきのブリッジで大型スクリーンに映し出された海図を見ながら提督は右の拳で自分のこめかみを軽くトントンとたたきながら言った。
「この進路だと、マダガスカル島の東、インド洋側を抜けるようですね」
守山艦長が海図を見ながら言う。
「これではモザンビークの海岸線での待ち伏せは空振りだな」
そこで空母エヴィータのフィツジェラルド艦長と空母クレオパトラのマフムード艦長から同時に通信が入った。おぼろづきブリッジの大型スクリーンの画面が二分割され二人の姿が映し出される。フィツジェラルド艦長が話を切り出した。
「提督。マフムード艦長と話し合ったのですが、我々の艦載機でクラーケンをモザンビーク海峡に追い込みますか? 両艦とも航空機の燃料、弾薬は充分あります」
提督は数秒考え込んだが、首を横に振った。
「それには潜水艦による海中からの連携攻撃が不可欠です。ピョートル大帝号がクラーケンの向こう側にいる状況ではリスクが高過ぎます。クラーケンの迎撃はマダガスカル島東方沖で行い、本作戦ではピョートル大帝号との合流を優先します」
「了解しました」
フィツジェラルド艦長、マフムード艦長はあっさり引き下がり、スクリーンの画面から消えた。提督は艦隊に第一級警戒態勢を命じた。
そして二日後、マダガスカル島のさらに東、モーリシャス島の西の海域に待機した万能艦隊の対艦レーダーがクラーケンを捉えた。空母クレオパトラからただちに無人偵察機グローバルホークが発艦、ビデオカメラの映像が艦隊各艦に転送された。
提督は各艦に作戦行動開始を命令。ヘリ空母ジャンヌ・ダルクはワルキューレ型攻撃ヘリの半数を、艦隊を取り囲むように展開。空母クレオパトラはユーロファイターⅡを十機一編隊として二隊計二十機を出動させた。空母エヴィータはF-22二機を先行して出動させ、B-3爆撃機への対艦誘導兵器の搭載を開始した。
先行したユーロファイターがクラーケンを捕捉した時、ピョートル大帝号からおぼろづきに緊急通信が入った。ピョートル大帝号は海面に浮上したらしく、直接通信でソラリス艦長の姿がおぼろづきの大型スクリーンに映る。ソラリス艦長は彼らしくないあわてた表情であいさつも抜きでまくし立てた。
「緊急報告! クラーケンから魚竜が分離。この前のやつより大型です。艦隊に向かっています。提督、本艦単独での交戦許可を求めます」
提督はただ事でない気配を察して尋ねた。
「ユーリノサウルス級ではないのですか?」
「こちらのソナーで見る限り大きさが倍はあります!」
「分かりました。後方からの攻撃を許可します。戦闘終了後はポートルイス港で合流を」
「イエス、マム!」
守山艦長は席から立ち上がり、提督とともにCICへ移動。おぼろづきの操艦は副長である雄平に引き継がれ、おぼろづきはMCH101ヘリを対潜哨戒装備で発進させ、艦隊最前列でソナーをフル稼働させた。
十五分後、ユーロファイターⅡのパイロットが海上で二回、巨大な水柱が吹き上がるのを視認。ピョートル大帝号の魚雷が魚竜に命中したと推測された。だが魚竜が一体、追撃を振り切って万能艦隊に接近している事をおぼろづきのソナーが確認。
アクティブソナーで分析の結果判明した形状は、四肢がひれ状になった巨大なワニかオオトカゲのようだった。提督はこの新型魚竜を「モササウルス級」と呼称するよう指示。あぼろづきは対潜ミサイルの発射を準備。ジャンヌ・ダルクでは待機中のヘリに大急ぎで対潜ミサイルを装備した。
接近中の魚竜は一体だけと判明。おぼろづきはアスロック対潜ミサイルを発射。それは命中したが、魚竜を完全に破壊する事は出来ず、モササウルス級魚竜は表面の金属をかなり失いながらもそのまま艦隊との衝突コースを直進。
おぼろづきは二発目の対潜ミサイルを発射。これでようやく魚竜はおぼろづきのソナーの反応から消えた。だが、守山艦長はCICの席でうなり声を上げた。
「いかん。一体撃破に二発必要となったら、ミサイルが不足する」
ペンドルトン提督はユーロファイター編隊によるクラーケン本体への攻撃を指示。編隊は一隊ずつ高空からクラーケンに接近し、空対艦ミサイルを次々と発射。命中はするものの、クラーケンの動きを止めるには至らなかった。
空母エヴィータはB-3爆撃機を全機発進。念のため空母クレオパトラから二十機のユーロファイターが護衛についた。B-3の精密誘導爆弾の射程距離に入った時、そのタイミングを見計らっていたかのように、クラーケンからケツァル級翼竜三十体がクラーケンから飛び出し、B-3の編隊に襲いかかった。
護衛のユーロファイター編隊が迎撃に成功したが、B-3各機は爆弾の誘導に専念できず投下した爆弾の半数が海中に落下した。ユーロファイターも対空ミサイルを打ち尽くし、やむなく一旦母艦に帰還した。
その後何度かモササウルス級魚竜がクラーケンから分離したが、距離をつめていたピョートル大帝号がただちに魚雷を連射して後方から撃滅。これで万能艦隊の優位に進むかに思われた。
だが、戦闘が夕刻にまでおよび、グローバルホークの光学探知能力が落ちた頃、小型のプテラノドン級翼竜が百体、ひそかにクラーケン本体から分離し、海面すれすれの低空飛行で万能艦隊に忍び寄っていた。
ケツァル級翼竜に注意を奪われていた各艦の対空警戒要員は、わずか数キロまで迫った所でプテラノドン級の大群に気づいた。おぼろづきはとっさに対空ミサイルを発射したが、百体もの翼竜を一気に撃墜する事はできず、大半がおぼろづき上空を通過。
ジャンヌ・ダルクのワルキューレ型ヘリは全機緊急発進。近距離対空ミサイルで迎え撃ったが、うち四体に空母エヴィータへの接近を許してしまった。幸い上空を警戒飛行中だったF-22が全て撃墜したが、ワルキューレ型ヘリは打ち尽くしたミサイルを補給するために一斉に帰艦を余儀なくされた。
「まさか、飽和攻撃のつもりか?」
おぼろづきのCICの中で戦況を注視していた守山艦長がうめいた。
「砲雷長、対空ミサイルの残数は?」
「残り三十基です、艦長。もう一度同じ数に来られたら数が尽きます」
日はとっぷりと暮れ、闇の中での戦闘になった。夜間装備は各艦、艦載機とも装備しているため戦闘続行に支障はなかったが、乗員、特にパイロットの疲労の色は濃くなってきた。
それを待っていたかのように、クラーケンはケツァル級二十、プテラノドン級百、計百二十体の翼竜を一斉に射出。ペンドルトン提督はケツァル級の迎撃を優先するよう指示。おぼろづきは長距離対空ミサイルの残り全弾を発射。だがプテラノドン級が盾になる形でミサイルを消耗し、ケツァル級は十六体が健在。
空母クレオパトラは五十六機のユーロファイターⅡのうち四十機を投入。パイロットはヘルメットの顔前面を覆うバイザーに仕込まれた赤外線暗視装置で暗闇の中での空中戦を的確に遂行したが、翼竜の数の多さに対処しきれず、一度発進した空母エヴィータのB-3は攻撃を中止して引き返した。
いかに強力な兵器を持っている軍艦でも、一度に対処できる敵の数には限度がある。相手の対処能力を超える数の航空機で攻撃を仕掛ける、飽和攻撃と呼ばれる戦法をクラーケンが取っているとしか思えなかった。
おぼろづき、ジャンヌ・ダルク、クレオパトラの各艦で対空ミサイルの残数が心細くなったその時、おぼろづきに音声通信が入った。それは艦隊の東から接近して来る一万トン級の軍艦からの物だった。
「艦隊に要請する。本艦は貴艦隊援護のため、これより主砲を使用する。軸線上から全ての航空機を退避させるよう要請する」
何がなんだか分からなかったが、ペンドルトン提督は指示に従うよう各艦に通達。おぼろづきのブリッジでは哨戒長と雄平が顔を見合わせて、目をぱちくりさせていた。対空レーダーの表示画面を見つめながら雄平は困惑しきった表情で言った。
「主砲の軸線がなんでこんなに広範囲なんだ?」
やがて夜空にくっきりとしたルビー色の光の筋が数本、上空に向けて伸び万能艦隊の反撃をかいくぐった翼竜の姿を照らし始めた。それをブリッジの窓から直接見た雄平は顔をしかめた。
「馬鹿な! アサールトライフルじゃあるまいし、レーザー光線で照準つけてから撃つ艦砲なんてあるか?」
「副長!」
だが、哨戒長が驚きの声とともに雄平に告げた。
「翼竜の動きが急変! これは……ふらついているのか?」
その鮮やかに赤い光を浴びた翼竜はまるで糸が切れた凧のようにふらふらと不安定な動きになり、やがて失速し海面に落下した。一体だけ残ったケツァル級翼竜が猛然と光の発信源に向かう。
その幾筋かの光は角度を変えて一転に集中し、ケツァル級翼竜の体で焦点を結んだ。次の瞬間、翼竜は全身を炎に包まれ、空中で数個の破片に分裂し海面に飛び散った。
「まさか……レーザー光線砲なのか?」
驚愕で声を上ずらせた雄平の視界の中で、その光の束はそのまま刀を振り下ろすように艦隊の南方向に降りた。それはクラーケン本体を直撃。巨大な火花が四方に飛び散るのがおぼろづきの艦橋からも見えた。
数分後、ピョートル大帝号から通信が入った。おぼろづきの無線機にソラリス艦長の音声通信が入り、CICの提督の席にすぐさま伝達された。ソラリス艦長は疲れ切った声でこう告げた。
「クラーケンは深海に向けて潜航。本艦は魚雷残数わずか。追跡は困難、指示を乞う」
提督は作戦終了を全艦に通告。ピョートル大帝号には浮上航行して艦隊に合流するよう命じた。東にいる軍艦からはおぼろづきに音声通信が入った。
「ポートルイスで明日あらためてお目にかかりたい。万能艦隊ペンドルトン提督にそうお伝え願いたい」
その軍艦は一足先にポートルイス港へ引き上げていき、万能艦隊も全艦艇の合流を確認してのち、その後を追うように港へ向かった。ポートルイスに艦隊が到着した頃にはもう空は白み始めていた。各艦は港に接岸、補給作業を開始した。
おぼろづきからはペンドルトン提督、守山艦長、玉置一尉が、艦隊の各艦からは艦長がそれぞれの搭載ヘリで港の一番向こう側に停泊している、あの時の軍艦に向かった。ピョートル大帝号のソラリス艦長は空母ジャンヌ・ダルクの輸送ヘリに同乗した。それは米海軍のタイコンデロガ級をベースにしたイージス巡洋艦らしかった。それは遠目にもすぐに分かった。
従来のイージス巡洋艦との大きな違いはその艦首部にある艦砲だった。タイコンデロガ級の主砲にしては全体が大きく、まるで天文台のドーム屋根のような形状をしている。後部甲板にはヘリポートがあったが、さすがに全てのヘリを着艦させるスペースはないので、おぼろづき以外の艦の搭載ヘリは各艦長が降りた後、一旦母艦に引き返した。
最後におぼろづきのMCH101が着艦。その艦の前方からヘリが回り込む時、艦首部左舷に「UNN-05」の白い文字が見えた。そして右舷には「ANZAC SPIRIT」という艦名。それを見た玉置1尉は提督に問いかけた。
「アンザックとは、オーストラリア・ニュージーランド・アーミー・コープスの略ですか?」
提督は黙ってうなずいた。ペンドルトン提督に続いて守山艦長と玉置一尉が甲板に降りると既にその艦の艦長らしき白人の男性士官が先に降りた各艦の艦長たちと談笑していた。提督の姿を見つけると素早く駆け寄り敬礼した。敬礼を返しながら提督が尋ねる。
「貴艦はオーストラリ海軍の所属ですか?」
白人ながら浅黒く日焼けしたその男は、やや訛りのある英語で答えた。
「正確にはオーストラリア海軍、ニュージーランド海軍の共同運用であります。私は艦長の、オーストラリア海軍中佐、トーマス・ザンビーであります」
「あら、珍しいファミリーネームですね。北欧かどこかの姓ですか?」
「いえ、オーストラリア先住民族、いわゆるアボリジニの名前から来ています。私は八分の一、アボリジニの血を引いておりますので」
「それは失礼、立ち入った事を聞いてしまったようで」
少し真剣な顔になったペンドルトン提督にザンビー艦長は微笑を浮かべて言った。
「いえ、お気遣いなく。クラーケン襲来以降の移民減少でアボリジニの社会的地位も大幅な改善を見まして、今ではむしろ誇りに思う者の方が多いのですよ」
「では艦のスペックをご説明願えますか」
「艦体そのものはアメリカのタイコンデロガ級巡洋艦ですから、既によく御存じのはずです。みなさんが知りたいのは本艦の主砲でしょう。どうぞ、まずそれをお見せしましょう」
そして全員で艦首部に移動し、天文台のドーム屋根のような形の装置を取り囲むように並んだ。ザンビー艦長が手にした無線機で合図を送ると、そのドーム型の構造物はまさしく天文台の屋根のように真ん中から左右に開き、中から直径一メートル近い棒状の物体が高さ三メートルまでせり上がって来た。そのまま先端部が折れ曲がって水平になる。
その先端は丸みを帯びていて前から見ると真ん中に一つ、それを取り囲むように六つ、巨大なカメラのレンズのような物が並んでいる。それを見た空母エヴィータのフィツジェラルド艦長が思わずザンビー艦長に尋ねた。
「これはYAL-1の照射装置に似ていますが」
何だ、それは?という表情をした守山艦長に玉置一尉が耳元でそっと言った。
「2000年代後半に米軍が開発しかけて結局凍結したレーザー光線兵器ですよ。ボーイング747を改造してその先端にレーザー照射装置を取り付けた実験機です。ミサイル迎撃用に。これぐらいは知ってて下さいよ、もう、これだから昭和生まれは」
「レーザー光線は海自の管轄外だ。昭和生まれは関係ないだろう!」
いつものパターンの会話を始めた二人を笑って見ながら、ザンビー艦長は説明を続ける。
「おっしゃる通り、原型は米軍が開発を凍結した空中レーザー発射装置です。オーストラリアがアメリカから技術提供を受け、鉱山で使用されていたレーザー光線の技術と組み合わせ、さらに強力で、しかしより小型の砲身として改造。この艦の主砲として実装しました。また発射レンズを合計七つに分割する事により、七本のレーザー光線を拡散、集中どちらのモードでも照射でき、広範囲の掃討、一点に集中させて強大な破壊力を発揮させる、そのどちらも可能になっています」
そしてザンビー艦長は提督の正面に立って背筋をピンと伸ばし、姿勢を正した。
「本艦はクラーケン本体への直接攻撃を主眼に置いた、攻撃型レーザー光線砲を搭載した巡洋艦であります」
そしてザンビー艦長は右手を額の横に素早く上げ、波風の音をかき消すような腹に響く太く低い声で提督に言う。
「国連海軍、オセアニア・ブロック代表。オーストラリア、ニュージーランド海軍連合所属。攻撃型イージス巡洋艦、アンザック・スピリット。万能艦隊への合流を許可願います!」
「許可します」
提督も素早く敬礼を返し、下ろした手でそのまま握手を求めた。
「クラーケンを直接攻撃できる手段は限られていました。心強いですわ」
「光栄です。では、ご希望通り食堂へどうぞ」
それから一行は艦内の士官用食堂に案内された。若い水兵たちがプラスチックの四角いトレイに乗った料理を提督と艦長たちの前に置いて回る。そこには色とりどりの生野菜と何種類もの肉料理がすこしずつ盛ってあった。
ザンビー艦長がカンガルー、ワニの肉もあると説明すると、一同感心した声を上げた。オーストラリアでも国民の肥満が社会問題にまでなっていて、そういう低カロリーの肉を食べる事が推奨されているのだという。
「飲み物はこれを試していただきましょう」
そういってザンビー艦長は小さな段ボール箱をテーブルの上に取り出した。その箱に書いてある文字を見た守山艦長があわてて言った。
「いや、お気持ちはありがたいですが、航海中は一切禁酒が海上自衛隊の決まりでして」
空母エヴィータのフィツジェラルド艦長も困った顔で言葉を添えた。
「上陸もしていないのにワインはちょっと……」
「はは、ご心配なく」
ザンビー艦長は豪快に笑って箱の一角に書いてある文字を指差した。そこには「アルコール・フリー」と記されていた。空母クレオパトラのマフムード艦長がいぶかしげな顔で確かめる。
「アルコール分抜きのワイン? そんな物があるのですか?」
「はい、これならイスラム教徒の方も問題ないでしょう」
そう言って箱を開け中身をザンビー艦長が取り出すと、一同はまた驚きの声を上げた。それは金属缶だった。
「缶入りのワインですか?」
ピョートル大帝号のソラリス艦長が呆れたように言う。ザンビー艦長は相変わらず笑いながら缶の一つのプルタブを引き抜いた。
「缶の内部は特殊なコーティングが施されていて、ワインを酸化させません。この技術は十五年ほど前、オーストラリアの企業が実用化したものでしてね。もっとも……」
ザンビー艦長はそこで顔をヘリ空母ジャンヌ・ダルクのポルナレフ艦長の方に向けて子供のようにいたずらっぽい笑顔になった。
「ヨーロッパの、特にある国の方々には『邪道だ』と言われそうですが」
ポルナレフ艦長は真面目くさった顔で鼻を鳴らしたが、その目は明らかに笑っていた。
「この戦いが終わったら、ぜひわが国の本物の、ゴホン、ほ、ん、も、の、の……ワインをご馳走させていただきましょう」
食事が終わって紅茶を飲みながら、ペンドルトン提督がテーブルに海図を広げて今後の作戦を説明し始めた。
「もし本当にクラーケンがエルサレムから護送中の、あの二人の少女を追っているのなら、このままユーラシア大陸に近づくはずです。おそらくベンガル湾へ向かうはず。そこで万能艦隊はスリランカ沖に展開し、クラーケンをこちらの方角へ誘導します」
海図の上を滑ったペンドルトン提督の指先を見て艦長全員が驚きの声を上げた。フィウジェラルド艦長が顔をしかめて言う。
「なぜです? なぜ、よりにもよって海上交通の要衝へ?」
「それは私にもまだ知らされていません」
提督は穏やかだがきっぱりとした口調で異論を遮った。
「いずれにしても、あのエルゼとラーニアという少女たちを追っているのなら、クラーケンは東進します。この方角での再度の撃退戦は避けられないのです」