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#学園生活
耐え内
196
阿炎快空
123
「由宇!」
僕は屈みこんで、由宇の肩を揺すった。
しかし、返事はない。
代わりに、にゃははうぺーが答えた。
「無駄だよ。彼女の心は今、一時的に眠りについてるんだ」
心が眠りに?
どういうことだ?
「一体、何があったの?」
僕が尋ねると、にゃははうぺーは視線を足元に落とし、辛そうに語り始めた。
「魔女は由宇ちゃんの精神を完膚なきまでに痛めつけようとした。だから由宇ちゃんを眠らせて、拷問の悪夢を大量に頭に流し込んだんだ。しかも、今度の夢は拷問した側の記憶じゃなくて——された側の記憶をね」
「そんな……!」
あまりのことに、僕は息を飲んだ。
「由宇ちゃんの精神は、壊れてしまう寸前まで追い詰められた。だから僕は、由宇ちゃんに必死に呼びかけたんだ。心を、自分の夢の奥深くに逃すんだ——ってね」
「心を、夢に逃す?」
うん、と頷くと、にゃははうぺーは腰の剣を抜いた。
彼の身長に合わせたサイズなので、まるでナイフのようだ。
にゃははうぺーはそのナイフ——もとい剣で、由宇を縛っている蔓を、彼女を傷つけないよう慎重に切り始めた。
周囲の木々が威嚇するように揺れたが、ヂューダが唸ると、やはり揺れはピタリと止んだ。
にゃははうぺーが蔓を切り終えると、由宇はゆっくりと横向きに倒れてしまった。
「由宇ちゃんをその辺りに、仰向けに寝かせて」
にゃははうぺーは剣の切っ先で、木から少し離れた草むらを示した。
「えーと……こう、かな……?」
僕は由宇の上体を起こすと背後に回り、両脇の下に手を入れるようにして体を引きずった。
初めて知ったが、脱力しきった人間を運ぶというのはなかなか骨が折れる。
蒼梧だったら、いとも簡単にひょいっとお姫様抱っこをしてしまうのかもしれないが——
そこまで考えて、僕は急に蒼梧達のことが心配になった。
ようやく彼らを心配する余裕ができた、とも言える。
やはり、あの扉の中に入るのは間違いだったのだろうか?
それとも、今のこの状況も、ラジオのシナリオ通りなのか?
——後者であると、信じるしかない。
不安を必死に振り払い、僕は何とか由宇を草むらへと寝かせた。
「よし——そしたら、次はこれだ」
見れば、にゃははうぺーはいつの間にか、長方形の木箱を持っていた。
見覚えのある箱だ。
にゃははうぺーが蓋を開ける。
そこにはやはり、廃ビルのゲームで使ったのと同じ、茶色い呪符が何枚か入っていた。
「すぐそこで見つけたんだ。このお札を、由宇ちゃんに使って」
僕は頷き、呪符を一枚手に取った。
使い方なら心得ている。
僕は自然と頭に浮かぶ呪文を叫びながら、呪符を持った右腕を振り下ろした。
「■■■■■■■ッ!」
由宇の額に呪符を張り付けるのは、これで二度目だ。
由宇の体が、眩い金色の光に包まれた。
やがて、光が収まり——由宇の右耳から、何かが出てきた。
それは緑色をした、不気味な気体だった。
僕らの見上げる中、気体は少しの間ふわふわと宙を漂い、徐々に薄くなって消失した。
「今のは?」
「魔女が由宇ちゃんの頭に植えつけた悪夢だよ」
「じゃあ、これで問題解決?」
「いいや、本番はここからだ」
にゃははうぺーが、呪符を剥がしながら僕に言う。
「修君、彼女の横に寝て」
「え?」
「『え?』じゃなくて。手を繋いで、由宇ちゃんの横に寝るんだよ。ホラ、早く」
にゃははうぺーの口調に、苛立ちが混じる。
「悪いけど、詳しく説明してる時間はないんだ。僕だって、いつまで実体化していられるかわからないしね」
そう言われては、従う他なかった。
そもそも彼がどうして実体化しているのか謎だが、もはやその程度の事ではいちいち驚かない。
僕は素直に寝転んで、由宇の左手を右手で握った。
視線の先ではオーロラが輝いている。
シチュエーションだけ見ればロマンチックだが、とても喜ぶような気分にはなれなかった。
「よし。それじゃあ、目を瞑って」
言われるままに、目を閉じる。
一体全体、何をしようというのか?
その答えは、にゃははうぺーの口からすぐに告げられた。
「これから僕は全ての力を使って、修君を由宇ちゃんの夢に送り込む。修君が、彼女を現実に引き戻すんだ」
にゃははうぺーはそう言うと、すーっと息を吸い込み、
「にゃーーーはーーーはーーーうーーーぺーーーっ!」
と大声で叫んだ。
たしか絵本の中でも、気合をいれる際、にゃははうぺーはいちいちそんな風に叫んでいた。
懐かしいな、などと思ったのも束の間、体がふわりと浮かび上がる感覚がした後——突如として耐え難い睡魔に襲われた僕は、あっという間に夢の世界へと引きずり込まれた。
授業開始のチャイムの音で、僕は我に返った。
そこは学校の教室で、僕はほぼ中央に位置する自分の席についていた。
先生はまだ来ておらず、室内はがやがやと騒がしい。
しかし、それはあり得ないことだった。
騒がしいはずがないのだ。
この教室にいるのは僕だけなのだから。
より正確に言うなら——僕以外のクラスメイトの席には、生徒の代わりに子供を模した小さなマネキン達が座らされていた。
皆、高校の制服ではなく、子供らしい思い思いの私服を着ている。
僕は自分の服装を確認した。
Tシャツに半ズボン。
そして何より——体が小さい。
僕はどうやら小学生で、ここは小学校の教室のようだった。
当然ながらマネキン達は身動き一つしなかったが、声だけは楽しげに室内に響き渡っている。
スピーカーでも内臓しているのだろうか。
ぼんやりとした頭でそんなことを考えながら、僕は窓の外に視線を向けた。
空は血の様な赤色で、骨だけの大きな魚が悠々と泳いでいる。
それはまるで、境の世界の空そのもの——境の世界?
そうだ、思い出した。
僕は境の世界に由宇を助けに行き、そして黒猫に飲み込まれ、ここまでやってきたのだ。
つまり、ここは夢の中?
由宇——由宇はどこだ?
僕が椅子から立ち上がろうとした、その時だった。
「ほーら、もうチャイム鳴ったぞー。とっとと席つけー」
声と共に、ガラガラと扉が開いた。
コメント
1件
第63話、めっちゃドキドキしながら読んだよ…!😭💕 にゃははうぺーの「にゃーーーはーーーはーーーうーーーぺーーーっ!」が絵本そのままで思わず笑っちゃったけど、その後の展開が切なくて…。由宇ちゃんを救うために夢の中に飛び込む決意、かっこよすぎる。そして血の空と骨の魚、マネキン教室の不気味さが最高にエモい…!二人の手を繋いで寝るシーン、ロマンチックなのに背筋が凍る感じがたまらん。続きが待ちきれないよ〜!🌸