テラーノベル
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入ってきた背広姿の教師の頭部は、人間ではなく真っ赤なデメキンのそれだった。
「あれー?金魚だ」
「ホントだ、廊下の水槽で飼ってるやつじゃん」
「先生はどうしたんですかー?」
マネキン達からの質問に、金魚は口をパクパクさせて答えた。
「内山先生はお疲れのようだったので、今日だけ役割を交代することになりました」
内山先生——五年生の時に担任だった、小太りの男性教師だ。
ということは、ここは五年生の教室か。
「さあ、授業を始め——おや?椎名さんが居ませんね」
金魚の言葉に、僕は後ろを振り返った。
一つだけ、マネキンが陣取っていない席があった。
「誰か、知っている人は?」
金魚の質問に、マネキン達が、
「知りませーん」
と声を合わせる。
「ふうむ——まあ、いいでしょう。では、今日は教科書の——」
「あ、あの、先生!」
僕は手を挙げて立ち上がった。
「ちょっと、トイレに行って来てもいいですか?」
「仕方ありませんね。どうぞ」
溜息をつき、金魚が言う。
「修、うんこかー?」
誰かが囃し立て、教室中がドッと湧いた。
勝手に言ってろ。
僕は笑い声を無視して、廊下に出た。
さて、どこを探そう。
腕を組んで目を瞑る。
しかし——どれだけ精神を集中させても、進むべき方向はわからなかった。
「ギャハハハハ!無駄、無駄!」
見れば、廊下にちょこんと一羽の鴉が立っていた。
「お前が交通事故にあうのは六年生!つまり来年だ!今のお前じゃ、いつもみてえに勘は働かねえよ!」
鴉はそれだけ言うと、閉まっているはずの窓をすり抜けて、赤い空へと飛び去っていった。
まったく、やれやれだ。
僕はうんざりしつつも、適当に廊下を歩き出した。
本来の小学校とは異なり、廊下はどこまでも、果てしなく伸びている。
扉のガラス窓から教室の中を覗いてみるが、自分の居た教室の他は、机も椅子もないがらんとした部屋が続いているようだった。
暫く進むと、廊下に設置された大きな水槽が見えてきた。
数匹のデメキンの他に、内山先生の生首が浮かんでいた。
僕と目が合った内山先生は、水の中で何かを言った。
しかし、ごぼごぼごぼ、としか聞き取れない。
僕は軽く会釈だけして、水槽の前を通り過ぎた。
やはりと言うべきか——校舎はところどころ迷路のように道が分かれていた。
もはや慣れっこのパターンではあるものの、今回は正解のルートが判別できないため、完全に運任せの攻略となる。
僕は挫けそうになる心を必死に奮い立たせ、足を動かし続けた。
両側を教室に挟まれた通路を進んでいると、左手前方に、『図工室』という室名札の設置された教室が見えてきた。
中を覗くと人肌の蜥蜴人間が、じっと突っ立ってモデルをつとめていた。
ギリシャ彫刻の様なデザインの石膏《せっこう》像達が、そのグロテスクな姿を一心不乱にデッサンしている。
と——蜥蜴人間の大きな一つ目の瞳が、不意にこちらを見た。
蜥蜴人間は僕に気がつき、鋭い歯を剥き出しにしたが、
「じっとしてろって!」
石膏像の一人に文句を言われ、渋々モデルを続行した。
「肌の質感って、表現するの難しいよなー」
「わかるわかる。静物画なら得意なんだけどなー」
石膏像達が口々に言うのを聞きながら、そっと扉から距離を取る。
「修君」
誰かに囁きかけられ、僕は足を止めた。
「こっちだよ、こっち」
見れば、図工室の外側の窓にびっしりと、生徒達が描いた絵が飾られている。
#怪異
阿炎快空
123
リユ
232
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
阿炎快空
111
向日葵やら電車やらの絵が並ぶ中、その画用紙にはマントを羽織って剣を持った白猫が描かれていた。
にゃははうぺーだ。
いかにも低学年の子どもが描いた、という感じの絵だった。
下手くそだなあと思いながら作者の名前を確認すると、「守谷修」と書かれている。
僕の名前?
はて、と首を捻っていると、画用紙の中のにゃははうぺーが、口だけを動かして僕に語りかけてきた。
「よかった。やっと波長があった」
「うわ、喋った」
「早く由宇ちゃんを探し出すんだ。彼女をこの世界から連れ出せるのは、君だけなんだから」
そんなことを言われてもなあ、と僕は溜息をついた。
「ていうか、こんな変な場所が本当に由宇の夢の中なの?」
「今となっては、由宇ちゃんだけの夢じゃないけどね。君の侵入によって、世界が変容し始めてる」
「僕の影響?」
「うん。例えば、君の記憶が反映されてたり——」
と、にゃははうぺーがそこまで言った時だった。
少し離れた教室の扉が、乱暴に開いた。
ぎょっとして目をやると、教室の中から、何かがころころころ……と廊下に転がった。
それは、一本の鉛筆だった。
「……まさか」
勘が働かない状態でも、充分に嫌な予感がした。
そして、その予感は的中した。
鉛筆に続いて、扉からは見覚えのある、丸刈りの少年が出てきた。
白目と黒目が反転した瞳。
耳の辺りまで大きく裂けた口の中に並ぶ、鮫のような鋭い歯。
右手の指と指との間に三本の鉛筆を挟んで鉤爪のようにしている。
少年は、僕を見てにやり、と笑った。
「——走って!」
にゃははうぺーにそう言われるより早く、僕は反対方向へと駆け出していた。
今の僕は、拳銃も持っていないし、仲間ともはぐれて一人きりだ。
角を何度もでたらめに曲がり、必死に凶悪な怪異——鉛筆少年から逃げ続ける。
奴はまだ、追ってきているのだろうか?
確かめる余裕はない。
くそ、夢の中のはずなのに息が切れる。
もうこれ以上走れない。
前方に、扉の開いている教室があった。
一旦、あそこに隠れよう。
僕は、まるで吸い込まれるようにその教室へと——
「——おい、修」
「え?」
突然声をかけられ、僕はポカンとして立ち尽くした。
あれだけ息を切らしていたのに、疲れは嘘のように引いていた。
ここは、どうやら五年生の教室らしかった。
しかし、元の場所に戻ってきたのではないらしい。
先生の体を借りたデメキンも、座っていたマネキン達の姿はどこにもなく、代わりに僕は、数人の男子に取り囲まれていた。
彼らの顔は全員、なんと両目の部分も口になっている。
皆は三つの口を一斉に動かし、からかうように僕に言った。
「修さー、椎名とめっちゃ仲良いじゃん」
「そうそう、よく二人で話してるしさ」
「修って、あーいう男女が好きなわけ?」
「でもさ、お似合いじゃね?こいつ、運動とか全然ダメで、女みてえだし」
「あ、たしかに!」
「何?結婚すんの、結婚」
沢山の口が、げらげら笑う。
——それは僕にとって、思い出したくない忌まわしい記憶だった。
これ以上、ここには居たくない。
僕は外に出ようと、身を翻した。
いや——翻そうとした。
だが。
意思に反して足は動かず、代わりに口が勝手に動いた。
「やめろよ!全然好きじゃないよ、あんなやつ!」
その瞬間——視線を感じ、僕は背後を振り返った。
小学生の由宇が、そこに居た。
コメント
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第64話、読みました!金魚の頭の先生とか、水槽に浮かぶ内山先生の生首とか、今回も不気味でシュールな世界観がたまりませんね。特に「修って、あーいう男女が好きなわけ?」と複数の口でからかわれるシーンから、最後の「由宇がそこに居た」の流れが胸に刺さりました。本人の前で「好きじゃない」って言っちゃう修の心情、複雑そう…。にゃははうぺーの伏線も気になります!