テラーノベル
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夜の九時過ぎ。今日も消灯時間の前に、月呼と侑加はベッドで横になる。ふたりは暗闇の中で見つめ合った。
「寝ないの?」
月呼が聞く。
「前沙さんが寝てから」
「えー。寝顔を見られたくない」
月呼は寝返りをうつ。
「こっちを向いて」
すかさず侑加が後ろから抱きしめた。月呼は侑加の焦りにうれしさを感じる。
「うん」
月呼はもう一度振り返る。侑加は額にキスをした後、唇にもキスした。
「今日はもう朝にキスしたよ。忘れた?」
「キスしたいからキスした」
侑加はもう一度月呼の唇にキスをする。
昨日生まれて初めて人とキスした人間とは思えないほどの積極性だ。侑加のふるまいは月呼の心をときめかせる。言葉や行動のひとつで、月呼を甘いひとときへといざなう。
ただ、これがすべて演技の可能性もある。侑加にとって、自分が三億円以上の価値があるとは思えない。自分の恋心を利用すれば、彼の賞金は六億円になる。ゲーム開始から二日目。自分に見せてくれる侑加のすべてを心から信じることは、月呼にはむずかしかった。
そして、月呼には理解しがたかった。もらえる金は多いにこしたことはないが、そんなに三億円ではだめなのか、と。自分を好いてくれた人間が目の前で失意の底に落ちても平気、そういう思考の人がいるのなら、その心は相当非情である。
それが恋愛詐欺師なら、感情に左右されず、最初から割りきった行動ができるだろう。そして、侑加は十九歳にして恋愛詐欺師の可能性もある。母親あたりの女性にひどい扱いをされた経験があって、女を憎み、復讐の化身として生きると胸に誓った、というバックボーンが考えられた。
なにも、六億円を望む人間のすべてが金のために動いているとは限らない。金の他に、人を傷つけてまでも得たいもの。人によっては演技力か?と、月呼はふと思う。侑加は役者の卵で、演技力を磨く必要があるのかもしれない。芸能事務所に命じられてここへ来た、というパターンもありえる。それがどんなに辛いことだとしても、一流の役者になるために目の前の女を騙せ、と。
また、ゲームの最中は本気でパートナーを愛していたが、やっぱり金がいいと、最後に心変わりするという展開も予想される。気介が前回の自分のパートナーがそうだったと信じて疑わない様子で、月呼とくるるは信ぴょう性が薄いと思ったが、そういう人間が本当にいてもおかしくないと、今なら思えた。
自分が傷つきたくないのなら、侑加に深入りするべきではない。親の会社が倒産寸前という現実を考えると、賞金が欲しくなる。今ならまだ気持ちを切りかえられると。だが、侑加はうそをなにひとつついていなく、自分が間違って疑っていたとしたら――彼への罪悪感で胸が苦しくなる。彼のことは信じていい、いや、わからない、月呼の頭の中はそのくり返しだ。
一度疑いだしたらきりがない。結局、物事は深く考えないのがいちばん楽だ。ゲームが終了するまで時間はまだある。今は後先を考えずに侑加に溺れてしまいたかった。
月呼は侑加に視線を向ける。侑加は飼い主の指示を待つ子犬のような目で月呼を見ていた。こんな純粋無垢な瞳を持つ青年を自分は疑うなんて――と、月呼は罪の意識にかられる。
それから、ふたりは抱き合って眠った。
「侑加くんに抱きしめられると、安心する」
本当のことがわからなくとも、侑加のぬくもりはうそではないのだ。ゲーム二日目にして、月呼に長年愛用していた抱き枕は必要なかった。
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コメント
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この第28話、月呼の「疑いたくないけど信じ切れない」揺れがすごく丁寧に描かれていて、引き込まれました。特に「侑加のぬくもりは嘘ではない」という着地の仕方、切実で美しかったです。三億で足りるのか六億必要なのか、という金銭感覚の違いも、この世界ならではの設定の生かし方だなあと。感情と打算の境界が曖昧なゲームだからこそ、月呼の自問自答が胸に刺さります。次が気になります。