テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
外に出ると、陽はすでに高く、空を真っ青に染め上げていた。
10月半ばの空気はひんやりとしていて、火照った身体にはちょうどいい涼しさだった。
「あ〜あ。いいとこだったのにな」
「仕方ないだろ。もう昼過ぎだし」
早朝、まだ空も明けきらないうちに梅田に到着し、そのままホテルに直行。あれからずっと部屋にいたことに、今さらながら驚く。
……おかげで予定はめちゃくちゃだ。まあ、最初から行き当たりばったりの旅だったし、別に困ることもないのだけど。
「そういえば、お兄さんって何してる人なの?」
朝から何も食べていなかったこともあり、近くのお好み焼き屋で昼食をとることに。
食後のソフトクリームを食べながら、ふと思い出したように青年が聞いてきた。
「僕? うーん……今は舞台関係の雑用係、かな」
「へぇ、意外と地味なことやってるんだ。なんか、すごくカッコいいから芸能事務所とかに所属してるのかと思ってた」
「まさか。そんな柄じゃないよ。……それに、昔ちょっと色々あってさ。今は裏方に徹してるんだ」
「ふぅん? なんか訳ありっぽい」
青年はぼやきながらソフトクリームをひと口。蓮は、頬杖をついたまま、その横顔を眺める。
(訳ありって言うなら、こっちも大概だけどな)
普通に見えるけど、明らかに一般人じゃない雰囲気がある。
整った顔立ちに、モデルみたいなスタイル。それに、この物怖じしない態度。
大学生って感じじゃないし、芸能人……って可能性もなくはない。
でも、だったらなんで一人旅? なんであんなことした? そもそも、スタジオで見かけた記憶もない。
……ホストって感じでもないし、まさか――男娼?
「……ねぇ、今、失礼なこと考えてたでしょ?」
「えっ!? な、なんのことだ……?」
ジトッと睨まれて、思わず動揺する。
まさか、心の声が漏れてた? 適当にごまかさなきゃ――
「君が、どうして大阪に来たのかなぁって思ってただけだよ?」
青年は一瞬キョトンとした後、スプーンをくわえたまま何か考えるような仕草を見せて――ニッコリ笑った。
「内緒♪」
「……あっそ」
詮索されたくない事情でもあるのかもしれない。
たった一晩の相手に、踏み込みすぎるのも野暮だろう。
今の質問は失敗だったかな。なんて思いつつ、それ以上は敢えて聞かずに窓の外に目を向けてぼんやりと外を眺めた。
「――あ! ねぇ、お兄さん、あそこにいるのって、超有名女優のMISAじゃないかな? やば、初めて見た! 一緒にいる男って誰だろ。まさか、お忍びデートってやつ?」
そう言うと、青年は興奮気味にスマホを構え、数枚パシャパシャと連写した。
「……あんまり、そういうの良くないと思うけど」
「え、あ、はは……やっぱダメ?」
少しも悪びれた様子はなく、青年は舌を出して笑った。軽く咎めたつもりだったけれど、全然響いていない。
芸能関係の仕事をしているけど、実のところ蓮は芸能人にはあまり興味がない。
プライベートを無遠慮に撮るのはどうかと思う、という程度の話で。
(……なのに、あの反応。慣れてる、というか……)
違和感まではいかない。ただ、少し引っかかる。
気まずい空気がわずかに流れたところで、タイミングを計ったようにスマホが震えた。
ポケットから取り出すと、ディスプレイには兄・凛の名前が表示されている。
(……渡りに船、ってやつか)
青年に「ちょっと電話」と声をかけ、蓮はその場を少しだけ離れた。
「――はい、もしもし」
『今どこにいる?』
開口一番のその言葉に、少し面食らう。
普段から無口な兄だけど、今日はどこか様子が違う。いつも以上にぶっきらぼうで、どこか急いているような、落ち着かない声。
「大阪に来てるけど……どうかした?」
『悪いが、明日までに戻れないか。……お前の力が必要なんだ』
唐突にそう言われ、蓮は思わず眉をひそめた。
自分なんかが必要とされるなんて珍しい。けれど、それ以上に兄の焦ったような口調が引っかかった。
「……わかった、戻るよ」
返事をする間もなく、一方的に切られた通話に呆れつつ顔を上げると、青年が心配そうにこちらを見ていた。
「何かあったの?」
「うん、ちょっとね。僕はそろそろ行くよ。君は?」
「俺? うん、もうちょい観光しようかな。……ていうか他にも、寄るとこあるし」
「そっか。じゃあ……ここで」
軽く手を上げると、青年もひらひらと手を振って応えた。
「――またね。お兄さん」
そのひと言に、足を止めそうになった。けれど振り返らずに歩き出す。胸の奥に、わずかに引っかかる感触だけを残して。
新幹線の中。窓の向こうを流れる景色をぼんやりと眺めながら、蓮は小さくため息をついた。
(……結局、何しに来たんだか)
元恋人を忘れるための失恋旅行。
一人で気ままに街を歩いて、美味いものでも食べて、ちょっと泣いて――そのつもりだった。
けど、現実は。
「……ホテルでヤりまくって帰るだけって、我ながら終わってんな」
笑い声すら出てこない。
やってることだけ見れば、完全に性欲に負けた男だ。
(いや、待てよ……?)
旅の目的がずれていったのは確かだけど――
あんなふうに、誰かと過ごしたのは久しぶりだった。
無防備な笑顔と、どこか肝が据わった態度。謎の多さも込みで、妙に印象に残っている。
「やっぱ……名前くらい、聞いとけばよかったな」
ぽつりと呟いて、目を閉じる。
ふと思い出す。スプーンを咥えながら笑っていた顔。
ふざけてるようで、どこか寂しげだったような気もする。
(……あいつ、本当に何者だったんだろ)
スマホに連絡先は残っていない。連絡する手段もない。
それでも、またどこかで――そんなことを、ほんの少しだけ期待してしまっている自分がいる。
そんな自分に、またため息が漏れた。
「……ほんと、俺ってバカみたいだな」
車窓の外はどこまでも続く線路と、流れる景色。
いつか、どこかの交差点でまたあの笑顔とぶつかる日が来るのかもしれない――
そんなことを、根拠もなく思った。