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Side.桃
「ねーパパ、遊ぼ」
服をぐいぐいと引っ張ってくるが、あいにく今は手が離せない。
「ごめんね、まだ終わらないんだ」
パソコンに目を向けたまま言う。仕事を家に持ち帰ったものの、思ったより時間がかかってしまいそうだ。
「ねえ優吾、今日は学校で何したの?」
優吾は特別支援学校に通っている。
短期記憶が苦手だからたぶん覚えていないだろう、とタイピングをしながらあまり期待せずに訊いてみる。
優吾は黙ってしまった。でも静かに答えを待つ。
すると、「……お友達とね、えーっと、本読んだ」
「お、そうなの。何の本読んだの?」
やはりだんまりとなる。んー、と頭を抱えてしまった。
「絵本、わかんない!」
ごめんごめん、と優吾の髪をなでる。「本を読んだんだね。よかった」
遊ぼっか、とおもちゃ箱からお気に入りのバイクのおもちゃを2つ取り出す。
「パパとレースしよう」
「レース、する」
「じゃあここがゴールね」
黄色のリボンをカーペットの少し離れたところに置く。
「いくよ、よーい…どん!」
片手にバイクを持ち、四つん這いの姿勢で走らせる。「ぶんぶーんっ」とご機嫌だ。
「ゴール!」
僅かに優吾のほうが速かった。
大学生の頃はバイクで走り回ってたな、なんて考えてふと時計を見上げると、もう6時だった。
「やべ、晩飯作らなきゃ」
慌てて立ち上がる。が、「って…」
腰に痛みが走り、うずくまる。
「ああ……痛った」
ちょっと変な動きしちゃったからかな、とさすりながらゆっくり腰を伸ばす。そういえば最近はデスクワークが多くて、あまり運動していないことを思い出した。
「パパ…どうしたの?」
心配そうな声で優吾が訊いてきた。「大丈夫だよ。今からご飯作るから遊んで待ってて」
昨日の残り物で夕食を作ると、一人でバイクのおもちゃを走らせている優吾に声を掛け、食卓で向かい合う。
「はい、手を合わせて」
と言うと、「おててのしわとしわを合わせて、いただきます」
何それ、と笑いがこぼれる。
「学校でご飯を食べるときにね、先生が言うの」
「へえ。平和な世界だな」
思わずぽろりと言葉が出た。優吾はきょとんとする。
「平和っていうのはね、みーんなが幸せなことだよ」
抽象的な説明で分かりにくかったかな、と思ったが、優吾はにこりと笑った。
「うん!」
とりあえず、給食のときの挨拶を覚えられたのも一つの進歩かな、と嬉しくなった。
何より、美味しそうに笑顔で食べてくれるだけでも僕にとっては幸せだ。
続く