コメント
0件
Side.桃
「ねーパパ、遊ぼ」
服をぐいぐいと引っ張ってくるが、あいにく今は手が離せない。
「ごめんね、まだ終わらないんだ」
パソコンに目を向けたまま言う。仕事を家に持ち帰ったものの、思ったより時間がかかってしまいそうだ。
「ねえ優吾、今日は学校で何したの?」
優吾は特別支援学校に通っている。
短期記憶が苦手だからたぶん覚えていないだろう、とタイピングをしながらあまり期待せずに訊いてみる。
優吾は黙ってしまった。でも静かに答えを待つ。
すると、「……お友達とね、えーっと、本読んだ」
「お、そうなの。何の本読んだの?」
やはりだんまりとなる。んー、と頭を抱えてしまった。
「絵本、わかんない!」
ごめんごめん、と優吾の髪をなでる。「本を読んだんだね。よかった」
遊ぼっか、とおもちゃ箱からお気に入りのバイクのおもちゃを2つ取り出す。
「パパとレースしよう」
「レース、する」
「じゃあここがゴールね」
黄色のリボンをカーペットの少し離れたところに置く。
「いくよ、よーい…どん!」
片手にバイクを持ち、四つん這いの姿勢で走らせる。「ぶんぶーんっ」とご機嫌だ。
「ゴール!」
僅かに優吾のほうが速かった。
大学生の頃はバイクで走り回ってたな、なんて考えてふと時計を見上げると、もう6時だった。
「やべ、晩飯作らなきゃ」
慌てて立ち上がる。が、「って…」
腰に痛みが走り、うずくまる。
「ああ……痛った」
ちょっと変な動きしちゃったからかな、とさすりながらゆっくり腰を伸ばす。そういえば最近はデスクワークが多くて、あまり運動していないことを思い出した。
「パパ…どうしたの?」
心配そうな声で優吾が訊いてきた。「大丈夫だよ。今からご飯作るから遊んで待ってて」
昨日の残り物で夕食を作ると、一人でバイクのおもちゃを走らせている優吾に声を掛け、食卓で向かい合う。
「はい、手を合わせて」
と言うと、「おててのしわとしわを合わせて、いただきます」
何それ、と笑いがこぼれる。
「学校でご飯を食べるときにね、先生が言うの」
「へえ。平和な世界だな」
思わずぽろりと言葉が出た。優吾はきょとんとする。
「平和っていうのはね、みーんなが幸せなことだよ」
抽象的な説明で分かりにくかったかな、と思ったが、優吾はにこりと笑った。
「うん!」
とりあえず、給食のときの挨拶を覚えられたのも一つの進歩かな、と嬉しくなった。
何より、美味しそうに笑顔で食べてくれるだけでも僕にとっては幸せだ。
続く