テラーノベル
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今作『舞台裏の親友』は、『舞台上の記者』と同じ世界線となっております。よろしければ『舞台上の記者』を先に読んで頂けると幸いです。
〜プロローグ〜
「……笑」
俺はスマホの画面を前にして一人、ほくそ笑んだ。そうしていると、もうすっかり顔見知りになったあの男がビルから出てきた。
…彼には、感謝を伝えないとね。
〜開演前〜
ー計画立案の夜ー
「…ごめん元貴、俺、やっぱりもう書けないかも。」
「フィクションには…もう飽きた。」
人気のない小さなカフェ。目の前の男、若井滉斗が弱音を吐く。執筆作業をする時だけかけている眼鏡をそっと外していた。開いていたパソコンの光に照らされたその顔からは、申し訳なさが滲み出ている。この場面、彼が正常な人間なら俺に助けを求めるのだろうが、彼は今、「自分はどうするべきなのか」という指示を求めている。まぁ、『親友』ならわかって当然だよね。
「そっか〜。…じゃあさ、実際に『リアル』の人間がどんな行動を取るのか…観察してみない?」
俺がそう言うと、若井は少しだけ目に光を取り戻し、小さい声で、でも確かにこう言った。
「…良いね。その『台本』なら、俺もまだ書けそう。」
「良かった。」
「さて、今回はどんな『役者』が釣れるかな。」
ー面白くなってきた今晩ー
あの夜以降、俺達は本格的に『台本』を書き始めた。
「今回はさ、結構大掛かりに仕掛けてみようよ。…若井だってそろそろ飽きてきたでしょ?」
「了解。…じゃあこんなのはどう?」
若井は眼鏡をクイッと直し、小説家らしい素早いタイピングを披露した。ほんの数十秒で入力し終えたようで、俺の方にパソコンの画面を向けてきた。そこに綴られた文章にざっと目を通す。
「…なるほどね。」
「『小説家:若井滉斗の失踪』…良いじゃん。このくらい大事にしたら、一人くらい食いつくよ。俺らが求めてるような人材が。」
若井は力強く頷いた。
今までの奴らは正直微妙だったからね。もっと思い通りに動いてくれる奴が引っかかってくれると良いんだけど。
「具体的な『舞台設計』としては、こんなの考えてる。」
若井の作ったシナリオをまとめると、
1、世間に「若井滉斗が失踪した」と公表する。
2、ターゲットが釣れるまで待機。
3、ターゲットが釣れたら、少しずつ違和感という名の『餌』を散りばめる。
4、ターゲットはこの『台本』に誘導され、「大森が怪しい」と感じ始める。
5、もうここまで来れば時間の問題。ターゲットが『勝利(=真相を暴けたということ)』を確信してまんまと記事を出す。
6、大森か若井のどちらか、もしくは両者がターゲットの前に現れ、このドラマの全貌を明かす。
※「ターゲット」は記者を想定。
なかなか良くできている。だが問題は、
「誰をターゲットに…『役者』にキャスティングしようか。」
若井は目を伏せた。特に当てがないようだ。
「…しょうがない。二人でいろんな記者の記事、読み漁ろう。」
「わかった。」
準備に時間も手間もかかりそうだが、過去一と言っても良いほど面白くなりそうだ。そんなことを考えながら、俺も若井も作業に取り掛かった。
ー舞台裏に響く笑い声ー
ある一つの記事が目に留まった。的確に読者の興味を引く見出し。メディアによくある、金に目がくらんで無理にこじつけた記事、という感じも全くない。記者本人の感情と事実の記載の比率が絶妙。読者の共感を呼びつつ確かな根拠を提示することで、スムーズに自分が導き出した『真相』を読者に納得させている。
でもその根本にあるのは、彼の正義感や良心といったものだろう。注視しなければわからない程度だが、言葉の節々にそんなところが見え隠れしている。例えば…ここ。
「私は被害者のAさんを救うべく、〜〜〜」
さり気なく入っているのであまり気にならないが、彼はかなりの善人であるのだろうということが伺えた。その記者、藤澤涼架のそれ以外の記事を見ても同じような文面が見られた。確定だな。こういう「良い人」は大体、騙されたと分かった時の絶望を人一倍味わってくれる。
…彼こそ今回の『主演』に相応しい。
「若井、この記事見て。」
そう言って若井にスマホを差し出す。若井はそれを黙々と読み始めた。そして読み終えると、少し口角を吊り上げながら言った。
「…彼、藤澤涼架。ターゲットにぴったりだ。元貴もそう思うから見せてくれたんでしょ?」
「もちろん。最高の『熱演』を見せてくれそうじゃない、彼。」
若井もこのキャスティングに納得しているようだった。
そうなれば次の段階だ。『餌』の内容を考えないと。
「誘導の流れはどうしようか。こんなに良い『役者』が見つかったんだ。慎重にいこう。」
若井に問いかける。彼はもう一度記事を一瞥し、
「彼の良心に訴えかける感じの構図にすれば、彼、勝手に食いついてくると思うな。」
「つまりは、『若井滉斗の失踪』を『第三者による誘拐』だと思わせれば良いんだよ。俺を、若井滉斗を助けなきゃって思わせる。」
なるほど。確かに、藤澤涼架のような人間にとっては、良心や正義感が一番の『餌』になりえるのかもしれない。
「なるほどね。その『第三者』っていうのは、俺…大森元貴にしたほうが良いよね。関係ない人を巻き込むとややこしくなる。彼、編集者の俺のところには確実に取材に来るだろうし。」
「だね。じゃあそう思わせるためにはどうすれば良いかだけど、前提として、『違和感』は小出しに、曖昧にする。向こうに、ちゃんと『これは自分で違和感を感じ取って暴いた真相だ』って思わせなきゃいけない。」
俺達は互いに案を出し合い、議論をしながら少しずつ『台本』を書いていった。そうこうしている内にとうとう『台本』が書き上がり、あとは実行あるのみとなった。最終確認として2人で『台本』を見直す。見直し終わって若井の方に目を向けると、彼も終わったようでこちらを見ていた。
「うん。大丈夫そう。」
「俺も。」
この罠に藤澤涼架が嵌る姿…最高だろうな。無意識に俺の口から笑い声がこぼれる。
「…ふふっ、」
そしてそれとほぼ同時に、若井も笑った。
「…あはっ」
その笑い声は、俺と若井しか居ないこの薄暗い部屋に、大きく響いていった。それは、この劇の開幕を歓迎しているかのようだった。
コメント
6件
うおー!更新お疲れ様です‼️まさかの「舞台上の記者」の前の話が出てくるとは!いや文章力凄い!!!🫵🥰ここまで読んでみるとタイトルが「舞台上」とついてるのも「あぁ...そういうことか」と納得してしまった...!そして❤さんと💙さんの会話の節々に親友!って感じが溢れてる...お互いを深く知って信頼してるからこその重い友情といいますか...なんと言えばいいのだろうか🙄とにかく最高です🫶🫶🫶