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〜第1幕〜ー開演ー
「うーん…これだと自然すぎるかも。もうちょっと目線、泳がせて。」
「わかった。」
第一の『餌』、『若井滉斗の失踪の報告動画』。若井滉斗の失踪の事情を本人が動画で説明し、それをSNSで投稿するというシナリオだ。動画の内容としては、「この失踪は若井滉斗が自分でしたことなので心配しないで」といったもの。
でも、この動画にも違和感を忍ばせておく。若井がまるで誰かに強制されてこの動画を撮っているように見せかけるんだ。「誘拐」の線を濃厚にするために。そうすれば藤澤は、まんまと若井滉斗は誘拐されたんだ、と信じ込むだろう。そのために今、若井にはわざと目線を泳がせたり、抑揚のない、緊張したような声色で話してもらったりしている。
「じゃあもう1回いくね。5、4、3…」
0、のタイミングで手で若井に合図を出すと、若井が口を開いた。
「…どうも。小説家の若井滉斗です。今回の私の失踪の件についてですが、全て自分の意思で計画・実行したものです。誘拐などでは決してなく、第三者とは全く関係がありません。少しの間、外界から身を遠ざけたかったんです。なので皆さま、ご心配なく。探索等も結構です。よろしくお願いいたします。以上です。」
見慣れないスーツ姿の若井が、聞き慣れない声で話す。不思議な感覚だ。
彼が話し終えたことを確認し、録画をストップする。
今回の録画を見返すと、適度な違和感が出ていてとてもいい出来だった。流石、彼は『脚本家』としてだけでなく『演者』としても一流のようだ。
「若井、今回の良いじゃん。」
「良かった。…じゃあこれで、事前準備は終わりでいいかな。」
「うん、いいと思う。」
これで『舞台設計』は完了した。
ついに___開演の時が来た。
ー主役の登壇ー
「すみません、大森元貴さんですか?」
あのあと、俺達は若井滉斗が失踪したと公表し、その『数日後』にあの動画を投稿した。あえて時間差を作ってやることで、さらに誘拐らしさを演出する。
すると多くの記者がオフィスに押しかけてきた。だが彼、藤澤涼架が来るまでは適当にあしらった。他の記者が変な記事を書いてくれたりでもしたら面倒くさくなる。
そして今俺に声をかけてきた記者。長い前髪を斜めに流していて、後ろ髪はお団子にして一つにまとめている。下ろせば肩の下までは余裕でいくだろう。ベージュのジャケットの上から、左腕に腕章を付けている。まさに「記者といえば」、という風貌だ。
…調べた通りだ。ようやく来たか。
「はい、そうですが…」
「良かった、!〇〇社の記者の藤澤涼架と申します!若井滉斗さんの失踪の件で取材をさせて頂いてもよろしいでしょうか…?」
そう言いながら名刺を差し出してくる記者。…いや、今回の『ターゲット』。俺は今まで訪れた記者との対応とは打って変わって愛想良く振る舞う。まず最初のステップとして、彼にとっての「大森元貴」の印象を良いものにしなくてはいけない。
「すみませんね…若井の件で色々ご心配やご迷惑おかけしちゃってるみたいで…」
ロビーの椅子に腰を下ろしながら、思ってもいないことを言ってみる。
この前はちょっとしくじっちゃったからね。ボロが出ないようにしないと。
「いえいえ。こちらこそ本人があんな動画出してるのに詮索しちゃってすみません…」
申し訳なさそうに軽く頭を下げる彼。
こちらとしてはむしろ彼にはもっと首を突っ込んでもらわないと困るくらいなのだが。でも無事彼が引っかかってくれて良かった。
そう思うと無意識に口角が少し上がってしまった。気づかれなければいいけど。
「では早速取材を…」
彼は胸ポケットから小さなメモ帳とペンを取り出し、取材する態勢を整えた。
「彼が、若井滉斗さんが失踪する直前、不審な行動などはありませんでしたか?」
「若井が失踪する直前ですか?そうですね…そんなにいつもと変わらない感じではありましたが、若干元気がなかったかもしれません。普段から大人しいので分かりづらいんですけどね笑」
文章の節々に『親友感』を出しておく。
「他のスタッフさんから聞かれたかもしれないんですが、僕と若井は幼馴染であり親友なんです。実家も近くて、ほぼ双子みたいな笑 あいつ、昔から物静かだし、自分の意見をはっきり言えないタイプなんです。優柔不断だしね。今でも小説書くとき、僕以外には全然相談しないみたいで…ちゃんといつも言ってるんですよ?『親友だからって僕ばっかに頼る癖やめたほうが良いよ〜?』って。でも無理みたいです笑 あいつらしいっちゃあいつらしいんですけどね。」
そして次は、はっきりと親友であることを言語化する。これで彼の印象に残ってくれるだろう。
「なるほど…本当に仲良しなんですね。羨ましいなぁ…笑」
「あと最後にもう一つよろしいですか?今、若井滉斗さんがどこにいるのかご存知で?」
まぁそれを聞きたいよな。それならもちろん知ってる。
でも残念、生憎演技は得意な方なんだ。
「いやぁそれが…僕も知らないんですよ。候補はいくつかあるんですけど…彼、前日まで普通に仕事してたのに、急にいなくなっちゃって。それから連絡つかないし…僕も、表では平静を装ってるけどやっぱりすごく心配で…あいつ、今どこで何してるんだろう…僕が今まで通りちゃんと声かけてあげられてたら、こんなことにはならなかったのかもしれないですね…」
最初は単純に若井のことを心配してる風に。目線も下の方に向けてみる。でも最後に、少し不穏な一文を入れてみる。この塩梅にも慣れてきた。
俺の思惑通り、彼は最後の一言を聞いて少しだけ顔をしかめた。ちゃんと違和感を拾ってくれたみたいだ。一度疑い始めれば、あとの違和感にも気づくだろう。良かった。『台本』通りに事が進みそうだ。
そんなこんなで、取材が終わった。その後は適当に仕事をして帰る。もちろん自宅じゃなくて彼のところに寄ってからね。
「若井ー。戻ったよ。」
少し重い扉を開きながら、中に居るであろう彼に声をかける。すると見慣れたグレーのパーカー姿の若井が振り向いて口を開いた。
「おっ、おかえり。…いつもより元気いいね。なんかあった?」
そんなに浮かれている雰囲気を出していたつもりはなかったのだが、彼にはお見通しらしい。
「よくわかったね。今日、ようやくあいつが俺に取材しに来た。」
俺がソファに荷物を置きながらそう言うと、彼は驚いたように少し目を見開き、ずっと着けていたイヤホンを外した。
「…本当?」
その声は明らかに喜びの念を含んでいた。
「本当だよ。しかもちゃんと会話に仕込んだ違和感にも気づいてくれた。」
若井は満足げにほほ笑み、今までよりもワントーン下がった声で言った。
「それはよかった。やっぱりこの『キャスティング』は間違ってなかったみたいだね。」
俺もうん、と力強く頷いた。
もう今から、終演の時が楽しみで仕方がない。若井も同じ気持ちのようで、もう一度着けたイヤホンから流れる音楽に合わせて体を揺らしている。
そして、長らく触れていなかったであろうパソコンのキーボードに手を置いた。
「…今なら書ける気がする。」
彼は俺の方を振り向かずに言ったけど、顔を見なくてもそれが嘘ではないことくらいわかった。もう既に手が動いていて、カタカタとタイピング音が聞こえる。
「良いね、その調子。…じゃあもうこんな時間だから。俺帰るね。」
彼は言葉を返さなかった。昔から若井は、何かに集中し始めると周りが見えなくなるタイプ。俺の声すらも聞こえないらしい。俺は彼の集中を途切れさせないよう、できるだけ気配を消しながら彼の元を去った。
そして夜道を歩きながら、独り言を呟いた。
「…いよいよ『第2幕』の開幕だ。」
コメント
7件
仕事早すぎて...いつもお疲れ様です〜😭結構3人の服装も細かく書かれていて助かりますーーー😭やはり❤さんと💙さんは策士ですな...最高ですっ!第2幕.....!次回も楽しみです‼️
はぁぁぁぁ今回も最高でした…!!どこまでいっても余裕感(?)が強い❤️さんがもう…!!😭✨️更新ありがとうございます!!