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強く抱きしめられているのに、優しい海風のように囁かれてしまい、その落差加減で倒れてしまいそうだ。
蒼波様は軍人だと言われたが、色男の素質も充分だ。
元より目を見張る美貌の持ち主。
なにも言わなくても迫力があるのに、こうも密着されてしまうと、声が出ずとも閉じた貝のように何も言えなくなる。
「……うぶな反応もいいが、俺ははっきりと態度に出す方が好みだ。真那、声は出なくても俺の気持ちがわかったなら──」
そっと顎に指を掛けられて、ハッとした。
これは蒼波様を受けいれるなら、口付けをしろと言うことなのだろう。
黒瑪瑙の澄んだ瞳は私をじっと捉えて離さない。その真剣な眼差しに覚悟を決めた。
私は一度ならず、二度も、蒼波様の唇を自らの意思で重ている。三度目がなんだ。
これは夫婦なら当たり前のこと!
そう思いながら、ゆっくりと背伸びをして形の良い蒼波様の唇に──掠めるような口付けをした。
刹那の口付け。
これが今の私の精一杯。
なのに刹那に触れた唇が、火傷してしまいそうに熱い。
蒼波様の柔らかな唇の感触の余韻が、私の唇と心に張り付いている。
それに蒼波様からは石鹸の良い香りもしている。
口付け一つで私は情報の海に溺れてしまいそうだと、ゆらりと体を傾けてしまうとガシっと蒼波様が受け止めてくれた。
そのお顔は涼しげな夏の海のように、爽やかで精悍な表情をしていたが瞳だけは、熱を孕んでいるように見えた。
「真那の口付け、しかと受け取った。真那、これから先、真那の医学の知識は真那の好きなように使えばいい。だがその愛らしい唇と稀人の力を使うのは俺だけ。俺と絶対の約束だ」
──どこか束縛めいた言葉が、こんなにも胸の奥に響くなんて。やはり蒼波様はとても色男だ。
でも気が付けば私はゆっくりと、口を動かして『は』『い』と、形作って蒼波様に見惚れていた。
「よし。真那は素直でいい子だ。では、もう寝ようか」
そう言うと、蒼波様は軽々と私を横抱きにして、部屋の明かりを消した。
さっと訪れる優しい暗闇に身を固くすると、蒼波様が苦笑した。
「いきなり無理強いはしないから、安心していい。真那を抱くのは祝言を上げてからだ」
「!?」
「そんなに驚かなくても。自分の妻を抱かない夫がどこにいるんだ?」
照れもなにもなく、当然のように言い放った蒼波様に身を硬くする。
──た、確かに蒼波様が言われたことは夫婦の営みとして健全だろう。
けど、直接言われると恥ずかしくて仕方ない。
蒼波様はなんというか、電光石火。迅雷疾風の判断力に行動力。性格は竹を割った性格なんだと思った。
「そうそう。森であった出来事も、何故真那があそこにいたのか、ちゃんと話しあいたいとは思ってはいるが──今宵は俺達の初めての同衾。その話題は色気に欠ける。血生臭い」
私が森にいた理由を知ったら、蒼波様はがっかりしてしまうのではないか。いや、それどころか、死を選ぼうとしていた私を軟弱ものと嫌うかもしれない。そんな不安が過ぎる。
でも、今は生きたい。
もう二度と死を選ぶことなんかないと、ちゃんと伝えようと思った。きゅっと蒼波様の浴衣を強く握る。
「心配しなくても乱暴なことはしない。今日はゆっくりと寝よう。軍人は情緒も何もないと嫌われたくはないしな」
どうやら、蒼波様は私が強く浴衣を握った理由を同衾が怖いと思ったらしい。
本当はそうじゃない。蒼波様は凪とは違う。怖くない。けれども、さすがにこの思いは口の動きだけでは伝えきれない。
早く声が戻ったらいいのにと思っていると、すとんと寝台に優しく寝かされた。
こんなことは生まれて初めてなのに、不思議と怖くは無かった。
そればかりか胸の鼓動がまた早くなって、今日はちゃんと寝れるだろうかとか思い始める始末。
ぱさっと蒼波様も布団に入ると、きしっと寝台が軋んだ。その音にぴくっと反応すると、布団の中でも蒼波様に抱きしめられた。
「寒かったら、俺に抱き付いて寝ればいい。怖いことがあれば俺を頼れ。不安なことがあれば一緒に解決していこう。俺が真那を守るから」
薄暗闇に広がるなんて暖かな言葉。
涙が出そうになった。
その言葉に先ほど抱いていた不安は消えた。
万年筆で紙に書いて、止まったしまったその続きも言える。私が死を選んだ理由をちゃんと打ち明けられる。
蒼波様なら全部、その広い心できっと受け止めて下さる。
だから涙など不要。
蒼波様に涙は見せてはならないと思って、こつんと蒼波様の暖かな胸に額を寄せるのだった。
コメント
1件
第17話、拝読しました……! もうもう、蒼波様のギャップがすごいですね。軍人らしい強さと、真那さんへの優しさ。「抱くのは祝言を上げてから」なんて言われたら、かえってどきどきしちゃいますよ。声が出せない真那さんが「はい」と口を動かす姿にじんと来ました。二人の距離が確かに縮まった大切な夜の描写、とても好きです。続きが気になりますね……🌷