テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「いいかい。マナ。チヒロの妻たるもの、貞淑で淑女で完璧な妻でないといけない。じゃないと、恥をかくのはチヒロだ」
「……はい」
私は蒼波家の洋間で力なく返事をした。
せっかく声が戻ったのに、二、三日前から口から出る声はこんな声ばかり。自分が情けない。
「チヒロは三日前に急遽、出張任務の命令が出された。今は帝都の外だ。僕は君の警護のためにここにいる。それに最近、帝都内には物騒な事件も多発しているしね。あとは、そうそう。僕達が所属する軍の基礎の説明も任された」
まさに、やれやれと言ったクリス様の態度に、お手数をおかけしてすみませんと思う。
「はい。存じております」
私の声が戻った頃に、蒼波様は入れ違いのように出張任務に行かれてしまったのだ。
またお互いの詳しい話は持ち越し。
数日前には、私は自分が命を投げ出そうとしていたが、それは二度としないとちゃんと言える。
蒼波様に出会って私は変わったと胸を張って言いたい。
蒼波様とたくお話ししたいことはあるが、お仕事では仕方ないことだが、やはり残念だ。
そう思うと顔を下げそうになるのを、ぐっと堪えて顔を上げる。
前を向くと昼下がりの明るい部屋が目に染みる思いだ。
ここは蒼波家の洋間の一室。白い壁に赤い絨毯。上からぶら下がるのは、真珠のような真っ白モダンな照明。家具や丁度品も舶来品。
部屋全体に品があり、この場にいるだけで身が引き締まる思いがする──が。
空気すらも引き締める、圧倒的な存在が前に居た。蒼波様の右腕。クリス・アラード様。
眩い金髪に、海面に反射する真っ赤な夕陽のように、艶やかな瞳。西洋人形さながら、整い過ぎた美貌。
この方も蒼波様と同じく、黒の軍服が似合い過ぎていた。
そのクリス様の声がふぅっと、息を吐いて目の前の机の表面をコツっと叩いた。
私はすぐに机の上に置いてある、二つのものから気まずくて視線を逸らす。
「チヒロの家は過去の戦争の手柄で、勲功華族になり、男爵の地位を得ている。本当は長年の手柄や功績を考えればもっと上の爵位でもおかしくないのに、チヒロのお爺様が高い爵位を断ったそうだ」
「とても立派で高潔な精神だと思います」
それは本心だが、今この場では《《そう》》言わせられているかのような……口に砂が入ったような気持ちだった。
「日本人らしいビトクってヤツだろうね。ま、僕には分からない感覚だけど」
また。コツンと机を叩く音がする。クスッと笑うクリス様の声がしたけど、夕陽色の瞳はちっとも笑ってないのだろうと思った。
「そんなところにマナは嫁入りしただろ? だったら、この焦げた物体は何か説明して欲しい。僕は昼食に焼きたてのパンを君に頼んだのだが?」
私が逸らした一つ目のものを指摘された。
仕方ないので指摘されたものを見る。机の上に置かれたもの。それは白いお皿の上に乗った、消し炭……じゃなくて。
「パン──だったものです」
#ヤクザ
夏目萌*優しい彼~コミカライズ
3,301
#異世界転移
新城かいり
976
猫とろ
382
桃下結衣
201
ちょっと、焼き加減を間違えて真っ黒になってしまったのだ。
そしてクリス様は「なるほど」と、言いながら机の上のもう一つのものを指摘した。
「では、君に頼んだシャツのアイロン掛け。なのになぜ、シャツを火に焚べたのか教えて欲しい」
「火に焚べてませんっ! しっかりとシワを伸ばそうと思ったら、何故かシャツが真っ黒に焦げて行って……! 私もびっくりしました」
わざとじゃないと弁明すると、クリス様は私を見てにっこり笑われた。そして夕日色の瞳はやっぱり、ちっとも笑っていなかった。
「そうだね、僕も|I’m shocked.《びっくり》だよ」
「す、すみません。私、家事があまり得意じゃなくて」
モゴモゴと口篭ってしまう。
だって、一人暮らしをしていたときは私一人が食べれたらなんでもよかった。
村の人達から治療代の代わりに貰っていた食料でなんとかしていた。料理をするより、本を読むことに没頭してしまった。
コメント
1件
おお、第18話読んだわ! マナが家事全般で苦戦してて、でも「もう二度と命は投げ出さない」ってちゃんと言えるようになったところがグッときたな。クリス様の「笑ってるのに目が笑ってない」感じ、めちゃくちゃ圧があって怖いんだけど、それでもマナが必死に食らいついてるところが健気で応援したくなる🔥 パンが消し炭になった話と、アイロンでシャツを焦がした話、思わず笑っちゃったけど、これからのマナの成長が楽しみだわ!