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彼は、じれったそうに体を揺する。
「ママならわかってくれるよ」
「でも、男同士だし、年の差もあるし」
「ママは、そんなことを気にする人じゃないよ。世間の常識より、僕の幸せを一番に考えてくれるに決まっている」
「でも……」
「もう!」
彼が、伸の胸をどんと叩いた。
「僕は、伸くんに会うために、もう一度生まれて来たんだよ。今度は幽霊なんかじゃなくて、ちゃんと生きた人間として、伸くんと結ばれるように。
今まで僕は、まったく恋愛に興味がなくて、それは、マザコンだからだってずっと思っていたけど、そうじゃなかったって、今日わかった。
僕は、伸くんと結ばれるために、心も体も、今まで、まっさらなままでいたんだよ!」
「あ……」
「それでも駄目なの?」
「いや……」
それから彼は、はっとしたように伸の顔を見た。
「もしかして、好きな人がいるの?」
伸は、あわてて否定する。
「いないよ! いるわけないだろ」
「でも、誰かとした? そうだよね。あれから二十年近く経っているんだもの。そういうこともあるよね」
「……してないよ。誰とも」
なんだか、ひどく恥ずかしいことを告白している気がするが。
「本当に?」
「本当だよ」
「一度も?」
「……一度も」
彼が、なんとも言えない表情をする。
「じゃあ、伸くんも、まっさらなんだね。幽霊としか、したことないんだ」
「『しか』って……」
確かに、生まれてから一度も、普通に生きている人とセックスしたことはないのだ。もしや自分は、一般的には童貞ということになるのだろうか。
彼がにっこり笑った。その顔が、たまらなくかわいらしい。
「じゃあ、まっさら同士だね。まっさら同士で、しよう?」
「あ、いや……」
彼が、伸の手を握って強く引く。
「ねぇ、ベッドルームはあっち?」
まだ躊躇している伸にかまわず、奥まで行って引き戸を開ける。
ベッドルームというほどのものではなく、ただ、壁に寄せてシングルベッドがあるだけだ。
彼は、壁を探って灯りを点けると、つかつかと部屋に入って行き、ベッドの上にごろりと横たわった。そして、引き戸のそばに立ち尽くしたままの伸に向かって言う。
「来て」
仕方なく、のろのろとそばまで行くと、再び手を握られた。
「伸くん。お願い……」
「本当に、いいのか?」
彼は、伸の顔を見つめたまま、吐息混じりに言った。
「いいに決まってる……」
まだ戸惑いながら、伸は、彼の上に覆いかぶさるようにまたがった。あの頃、いつも愛を交わしていたキングサイズのベッドとは違い、伸のベッドは、ひどく狭い。
途中で転げ落ちやしないかと思っていると、濡れた目で見上げながら、彼が伸の手に触れた。伸は、既視感を覚える。
彼は、伸の手を、胸のボタンまで導いて言った。
「外して」
いつしか戸惑いは消えていた。伸は、一つ一つ確かめるように、彼の体に触れ、味わう。
間違いない。これは、疑いようもない行彦の体だ。白く滑らかな肌の感触も、触れたときの反応や、変化の仕方も、内腿の付け根にある、小さなホクロさえも……。
やがて伸は、我を忘れ、彼の体に溺れ、何度も昇りつめては果てた。懐かしくも淫らで愛しい時間は、長く続いた。
二人は、狭いベッドの上で、裸の体を寄せ合うようにして横たわっている。疲れて眠ってしまったのか、彼は、目を閉じたまま動かない。
伸は、その襟足の辺りに顔を寄せて、甘くさわやかな香りを吸い込む。あの頃と同じ、大好きな香りだ。
柔らかい髪に、そっと指先で触れていると、彼が目を開けた。
「ごめん。起こしちゃった?」
「うぅん」
彼は、目をこすりがら微笑む。
じっと見つめられ、間が持たなくなって言った。
「ねぇ、この香り」
「あぁ、シャンプーの香り?」
「あの頃と同じだね」
「うん。外国のブランドのシャンプーだよ。セレクトショップで見つけて香りをかいだとき、なんだか、すごく懐かしい気持ちになって、買って帰って、それ以来、ずっと使っている。
今日、思い出したけど、洋館でも、同じものをずっと使っていたんだ。お母さんが気に入っていて」
「そうだったのか……」
伸は、彼の髪に顔をうずめる。
「行彦の香りだ」
彼が、首をすくめながら笑い声を上げる。
「くすぐったいよ」
「行彦」
背中に手を当てて抱き寄せると、彼は素直に、伸の腕の中に収まった。
「伸くん、すごく素敵だったよ。あの頃と同じだった」
「行彦も」
そうやって裸のまま抱き合っていると、再び妖しい気分になって来る。だが伸は、ぐっとこらえて言った。
「時間は大丈夫?」
「大丈夫だよ」
彼は、時計を見もせずに言うが、すでに日付が変わっている。
「でも、お母さんが心配する」
「ママは、まだ帰っていないよ。ナイトクラブを経営しているから」
「そうなのか。何時頃に帰って来るの?」
「明け方くらいかな」
伸は、彼の背中に置いていた腕を外して起き上がる。
「タクシーを呼ぶよ。今日のところは、もう帰ったほうがいい」
彼は、横たわったまま、白けたように伸を見上げる。すべてをさらけ出した華奢な体がなまめかしいが、今は、あえて目をそらす。
彼の目が、何か言いたげだが、わざとはぐらかして言った。
「帰る前に、シャワー浴びる?」
だが彼は、勢いよく起き上がると、伸に抱きついて来た。