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「ごめんねぇ。電気代もったいなかったね……」
玄関を開けたときの義弟の緊張っぷりに、いたたまれないものを覚えつつ星歌はヒョコヒョコと室内へ入っていった。
「いや、姉ちゃんのソレには慣れてるからいいよ」
「ソレって何だ?」
スーツの上着を脱いだときに当たったのか、行人の耳の横の毛が跳ねている。
普段、取り澄ました顔が緩んでいるのが分かった。
「姉ちゃんのソレ」が気にかかるものの、星歌はふたりの間に生じた僅かな隔たりが霧散したことに安堵していた。
ソレってナニかなーと唄いながら、朝フローリングの上に脱ぎ散らかしたジャージのズボンをいそいそと履いている。
「ユキトのソレが気にかかる~♪」
アニメの主題歌のメロディに合わせての三度目の問いに、これまでスルーしていた彼も苦笑を返す。
「星歌の頭には、脳味噌じゃなくて綿が詰まってるって話」
「そ、それはどういう……」
微かな舌打ちが、星歌の耳朶を穿つ。
「何から何までフワフワだからね!」
「………………うむぅ」
己の発言が、意図せずキツく受け止められたと気付いた行人、一瞬視線を泳がせる。
「や、違くて……」
「じ、自覚はね、あるんだよ……。借金もあるしね。頼りない姉っていうのは分かってるんだ……」
地雷だったのだろうか。
星歌の眼球が揺れている。
フローリングの木目を目でなぞりながら、ジャージの腿のあたりの布を握りしめたり放したりするその様子。
見れば、彼女の指先は色を失っていた。
咄嗟に、という動きで行人はその手をとって、己の両の手で包み込む。
そっと擦るその動作は、まるでぬくもりを分け与えるようで。
「ごめん。こんなことが言いたいんじゃなくて……」
低く、あたたかな声が降ってくる。
彼の睫毛の影が、自分の指先でやわらかく震えている様を見つめるうちに、星歌はジワジワと感情が緩むのを自覚した。
すぐ近くにある、女性よりもきれいな整った顔を見つめる。
形の良い耳の横で跳ねる、すこし硬い髪の毛。
聡明な光をたたえる双眸に映る己の顔。それが思ったより大きく見えて、星歌は息を呑んだ。
筋の通った鼻と、厚い唇。それが思いのほか柔らかいことを、彼女は知っている。
──もういちど。
それに触れたい……。
星歌の指は無意識の動きで彼の口元へ吸い寄せられていった。
そのときだ。
夜の甘やかな空気を裂く電子音。
星歌は全身を震わせた。