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◻︎夫の娘???
普通の会社員、性格はマイペース。
油断すると髭を剃らない不精者。同じ職場の先輩だった。
気がついたらいつもそばにいて、一緒にいると楽しくて、ずっと笑っていられた。
「真面目な男より、面白い男と結婚しなさい。そうすれば毎日笑って暮らせるからね、真面目な男なんてつまんないよ」
大好きだった祖母にそう言われて育った私は、なんとなく“この人と結婚するんだろうな”と思っていた。
「1999、7の月も俺といてくれる?」
それがプロポーズだった。
「置き去りにしないでよ」
それが私の返事だったと思う。
しばらくは同じ会社で共働きたったけど、妊娠を期に退職した。
だいたいの価値観が似ていて、子どもが生まれても笑いが絶えなくて、お金がない時代もゲーム感覚で遊びながら乗り切った。
気がつけば…というか最初から?恋愛のドキドキは少なかったかもしれない。
___だから、今になってドキドキを欲してるのかしら?
なんて自分勝手に雪平とのことを正当化しようと思っている。
娘も息子も手が離れて、これからはそれぞれの時間ものんびりできそうだね?なんて話していた。
そんなある日。
ぴろろろろろろろ♩♬♪♬
珍しく夫《隆一》からの電話…
『美和ちゃん?俺、俺!』
「詐欺か?」
『うん、そう!100万用意しといて』
「子ども銀行紙幣しかないぞ」
『それでいい、両替するから、じゃなくて!』
ひとしきりボケた後。
「電話してくるって珍しくない?仕事中でしょ?」
『うん、あのさ、ちょっと急ぎの用事。多分今日のうちに誰かが俺を訪ねてくると思うんだけど、テキトーに話を合わせてて』
「は?詐欺よりわからん」
『何を言われても“うん、はい、わかった”この三つだけでいいから』
「はぁ?さっぱりわからんのだけど」
『俺が帰るのが早ければいいんだけど、間に合うかわからないから。とにかく誰が来ても相手の話を否定しないでね』
___どういうこっちゃ?
「それ…新手の詐欺?」
『違う、けど説明してる時間ないから。あ、来るのは多分若い女の子。じゃ、よろしく』
そんな訳の分からない内容の電話だった。
時間は午後3時をまわったところ。
仕事を終えて、買い物してやっとのんびりできる時間なのに、一体誰が来るというのか?
考えても仕方ないので、いつも通りに家事をこなしていく。
今夜は息子の聖もご飯を食べると言っていた。
夫のためじゃなく、息子のためだと思うと料理にも気合いが入るのは世の母親のならわしか。
聖の好きなエビマヨを作ることにして、海老の皮を剥き始めた時、玄関のチャイムが鳴った。
急いで手を洗ってインターホンに出る。
「はい?」
『あ、あの、こちら田中さんのお宅ですか?』
モニターには、遥那より少し年下くらいの女の子がうつっていた。
___この子?パパが電話で言ってたのは
「はい、そうですが、どちらさまですか?」
『娘の奈緒です』
「えっ?どなたの娘さん?」
『田中隆一の、です』
___うん?はい?わかった?
夫の隆一に言われてた返事はどれも当てはまらないのだけど。
「ちょっと待ってて、今、手がめっちゃ生臭いの」
『……』
私はさらに丁寧に手を洗ってから、玄関へ向かった。
頭の中にはハテナマークをいっぱい散りばめながら。
できるだけ落ち着いて、玄関ドアを開ける。
___田中隆一の娘…だと?
夫に限ってそんなことはない!と思いたいのだけど。
ドアの向こうには、バッグをぎゅっと握りしめた女の子が立っていた。
「えっと、お名前訊いてもいい?」
「小林《こばやし》文香《ふみか》です」
「小林さんね、ここじゃなんだから、とりあえず入って」
「…お邪魔します」
リビングに通してお茶を淹れる。
サイドテーブルに飾られた何枚かの家族写真を、しげしげと見ている。夫の顔を確かめているのだろうか?見て見ぬふりしてお茶を出す。
「はい、どうぞ」
「あ、あの…」
「ん?」
「訊かないんですか?その、娘とか言ってるのに」
「うーん、訊きたいのはやまやまなんだけどね。もうすぐ帰ってくるから、田中隆一が。それからにしよう。お茶でも飲んで待っててくれる?」
「…はい」
___詐欺師というわけでもなさそうなんだけどな
かと言って、隆一に隠し子がいたなんて話は信じられない。
車のエンジン音がガレージで止まった。
足音がして玄関から走り込んでくる夫。
「た、ただいま、間に合った?俺」
少々息が上がっている。
「間に合うがどういうことかわからないけど、まだ何も始まってないから間に合ったと思うよ。はい、お水どうぞ」
「ありがとう」
一気飲みして、お客さんに目を向ける。
「えっと、君が小林さん?」
「はい、小林文香です。田中隆一さんですよね?」
「うん、そうだけど。簡単には聞いたけど、もう一回話してくれる?美和ちゃんも聞いて」
隆一にうながされ、私もソファに座った。
これからどんな事実を聞かされるのだろうか?と思ったけど、不思議と焦りや不安はなかった。
それはきっと、隣にいる隆一が落ち着いているからだ。
___思い当たることがあれば、もっとアタフタしてるだろうし
「これ、見てください」
文香が手帳から取り出したのは、古い写真の一部のようだ。
昔よく撮った集合写真の中から切り取ったらしい構図だった。
男女二人が並んでいる。
差し出されたそれを手に取ったのは隆一。
「なるほど、俺だね、これは」
裏返して見ると“田中隆一さんと♡”と書かれていた。滲んだボールペンのインクが時の流れを感じさせる。
「この女の人は誰?もしかして?」
「多分、お母さんです」
隆一と文香の話を聞いても何が何だか。
「ごめん、話が全くわからないんだけど、最初から話してくれる?」
私は隆一と文香に向かって言った。まったくもって話が見えないのだ。
「はい。えっと…私は、施設で育ちました。いつからそこにいたのか記憶にはなくて、気が付いたらもうそこで何人かの年齢もバラバラの子供たちと暮らしていました。だから、お母さんの記憶もありません」
「それで?」
「そこは18になったら自立して出なくてはいけないんです。で、そこから出る時に、園長先生に呼ばれて、これを受け取りました。私がここに預けられた時、封筒にこれが入れてあったと。もしかしたら両親かもしれないと言われました」
なるほど。
___よく再現ドラマとかであるやつだ
って、これはドラマじゃない!
聞いている話はどこか現実感がなく、心の中でノリツッコミをしていた。