北斗は家のソファーに寝転がっていた。
その手にはスマホがあり、指がせわしなく動いている。
今日はオフで、一日中家にいる予定だ。ソファーで完全にリラックスしている。
と、そのスマホが着信音を告げた。画面を見ると、ジェシーからの電話だった。
北斗「はい」
ジェシー「もしもーし」
「どうしたの」
「いや、たまには電話したくなって。だって北斗、今日オフでしょ? 最近電話とかしてないから」
北斗は、すぐに返答できなかった。また、声が聞こえなかった。
いつものように右耳で電話をとったが、全くといっていいほど何も聞こえない。
スマホの故障か? そう思い、「ジェシー、そっち声聞こえてる?」と尋ねてみる。
「え、全然大丈夫。聞こえるよ。どした?」
慌てて左耳に変え、「ごめん、何て?」
「聞こえてるよ。何、スマホ壊れた?」
「わかんない」
しかし、左は何ともなかった。ジェシーの声も聞こえるし、機械の故障ではないらしい。
ということは…。
「右耳が…」
思わず声に出してしまっていた。
「ん、北斗? 今なんか言った? ていうか、ちょっと、さっきから変だよ? 反応遅いし、聞こえるか訊くなんて」
「いやごめん、何ともないから。…あ、それで何か用件あった?」
「特にないよ。暇だから連絡しただけ。…じゃあ切るね」
「あ、うん、じゃあな」
何だか、ジェシーに申し訳なかったな。せっかく連絡してもらったのに。
でも、それよりも右耳のことが気になって仕方がなかった。
北斗「どうして…」
試しに、左の耳に指を入れてみる。
と、テレビなど、周りの音がほとんど全て消え去った。
「えっ」
動揺して、何も考えられない。
やはり、右耳が聞こえなくなっていたのだ。一体、何で……。
今度は右耳に指を突っ込んだ。両耳で聞いているときの音量と変わらなかった。
「やっぱり、右だけが聞こえてない」
誰かに相談してみようか。家族か、マネージャーか、メンバーか。
一番に思いついたのは、樹だった。グループの中で一番信頼できる人だ。
樹に電話をかける。つい右耳に当てそうになり、あっと気付いて左耳に当て直した。
しばらくして、応答があった。
樹「もしもーし」
北斗「もしもし樹、今大丈夫?」
「大丈夫だけど。どうした? 何か口調が慌ててるっていうか、急いでるよ」
さすが樹、何でもお見通しだ。
「ああ…、ちょっと相談があって」
「ん? なに?」
「………実は…、さ。2、3日前くらいから、…右耳が聞こえにくくて」
「え」
樹は黙り込んでしまった。
「なんか耳栓付けてるみたいに、音がこもる感じで。ちょっと耳鳴りもするんだよね」
「……み、右だけ?」
「うん」
「…そうか…。前から、聞き返したりすることが増えてたもんな。ちょっとおかしいとは思ってたけど、まさかそこまでとは…。病院行った?」
「いや、まだ」
「行ったほうがいいんじゃないのか」
「うん…。でも、怖い。病気とかが見つかるのが怖くて。これからのこととか考えないといけないし」「大丈夫だって。俺だって怖いよ、心配だし。あっ、ほかのメンバーには言った?」
「それもまだ。樹に最初に相談しようと思って。まあ、誰かにバレてるかもしれないけど」
「そう。じゃあ、とりあえず今度病院行きな。酷くなったらダメだから」
「…そうする。ありがとね樹。ごめん、心配掛けちゃって」
「大丈夫だって。このくらいいいから。はい、んじゃ切るよ、またね」
「また」
電話を切る。
その後、近くの耳鼻科を検索した。
だが、近くにある医院は、あいにく今日は休診日だった。日曜日だから、仕方ないか。
「大丈夫かなぁ…」
診てもらうのが先送りになるのは心配だ。
スケジュールを確認すると、5日ほどは仕事が詰まっていた。病院に行けそうにはない。
「行けるとしたら、最低でも5日後か…」
はあ~っと溜め息をつく。
閉じたスマホをもう一度開き、自分の症状を検索した。
『耳が聞こえにくい 片耳』
色々な医療系サイトが出てくる。見てみると、病名が書いてあった。
「片耳難聴…? 突発性難聴…? メニエール病ってのもある…。なんかおしゃれな名前。でも、俺の症状とよく似てる」
とりあえず、仕事には支障が出ないように気を付けよう。そう結論付け、スマホをしまった。
その日は、YouTubeの撮影だった。
事務所のスタジオでやる企画。動画の仕事は好きなので、浮き足立って現場入りした。
北斗「おはようございまーす」
スタッフらが挨拶に答えた。メンバーも気付き、手招きした。
ジェシー「見てみて! 今日、このボール使うんだって」
北斗「ん、ボール?」
荷物を置き、みんなのもとに行く。
その時、ふと右耳のことを思い出して立ち止まった。今日一日、大丈夫かな。乗り切れるかな…。
大我「北斗?」
北斗「あっ、ごめん。え、ボールってなんの」
樹「俺今日の朝ごはんに卵焼き作った」
北斗「全然関係ねーし。俺の質問聞こえた?」
慎太郎「俺目玉焼き作った!」
高地「え、作れるの?」
慎太郎「舐めんなよ~、そんくらいできるよ!」
北斗「それで、ボールって?」
樹「なんか、ボールを蹴り合って、協力して得点を競い合う…みたいな。ざくっと言うとそんな感じ」
北斗「ざくっと言い過ぎじゃない?」
樹「まあ、詳しい説明は後でするから」
スタッフの合図を受け、本番が始まった。
ほとんど揃わない挨拶から始まり、ゆるーく進んでいく。
樹の説明を聞き、始めようか、となったその直後。いきなり、北斗の視界がぐるりと回った。
周りが高速で回転し始め、立っていられない。北斗は、崩れ落ちるようにうずくまった。
樹「ほ、北斗?」
ジェシー「どした、おい!」
その様子を見たみんなが、口々に叫んだ。スタッフも駆けつけてくる。「カメラ止めて!」
途端に、その場が騒然となった。
大我「え、ちょっと…」
慎太郎「な、北斗、どうした」
高地「ちょっ、とりあえずお水お願いします!」
スタッフから水をもらうと、「北斗、飲めるか?」
が、北斗はゆらゆらと首を振った。
高地「無理?」
目の前のメンバーの顔も、視界が歪んで見えない。声で、やっと水を差し出してくれたのは高地だと気づいた。
樹「とりあえず一旦座ろう。肩支えるから」
両方から、樹とジェシーに支えられ、壁際の椅子に座る。若干頭はクラクラするが、景色は元通りになっていた。
樹「今どんな感じ?」
北斗「……フラフラ、する。…ちょっと、気持ち悪い」
慎太郎「えっ」
高地「え、吐く?」
北斗は首を横に振る。「…大丈夫」
ジェシー「どうした、何があった?」
北斗「……きゅ、急に、視界が回って。遊園地のコーヒーカップに乗ってるみたいな感じ。…で、酔ったみたいな感じになって、立ってられなくて」
大我「え…」
ジェシー「あの、前、電話したじゃん。そのとき、聞こえないみたいなこと言ってた気がするけど…」
樹「あっ、俺のとこにも電話掛けてきた。そこで、右耳が聞こえにくいって言ってた」
高地「えっ」
慎太郎「何で」
大我「……!」
樹「耳鳴りとかがあって、耳がこもったような感じだとも言ってた。今はどう?」
北斗「耳鳴りはあんまりないけど…、耳栓付けてる感じは続いてる。聞こえにくい」
慎太郎「え、病院は行った?」
北斗「まだ。もうそろそろ行かないと、酷くなったらあれだから、行こうとは思うけど仕事が…」
大我「行ったほうがいいよ、心配だから」
北斗「…ありがとう。スケジュールが空いたら、ちゃんと行くよ」
後日、北斗は病院を訪れていた。
心の中は、不安と恐怖でいっぱいだった。周囲の音も、水の中で反響するようになって不快でしかない。耳栓を持ってきたはいいものの、話しかけられたり、呼ばれたりすると聞こえないので使えなかった。
せめて、マネージャーに付いてきてもらったらよかったかもしれない。
不安は、高まるばかりだった。
メンバーの携帯が、それぞれ着信を告げた。
それは、北斗からだった。グループラインにメールが届いていた。
『検査結果出た
突発性難聴っていうんだって
急に難聴の症状が出るらしい
俺の場合、右耳
治療は、通院しながらすることにした
まあ薬だけだから、そんなに忙しくもならないだろうし、心配いらないよ
軽い方らしいし』
北斗らしい、句点のないシンプルな文面。
心配いらない、と付け加えているのも、気遣いの出来る様子が見える。
が、そのメールをそれぞれ見た面々は、血相を変えた。
ジェシー「な、難聴⁉ え、そんな…」
大我「……⁉ 堂本くんと一緒…。大丈夫なのか…⁉」
樹「嘘だろおい…。治るの、それって」
高地「薬で治療か…。大丈夫かな、出来るかな」
慎太郎「とっぱつせいなんちょう…って。聞いたことないけど、え、治る⁉ 心配だよ、早く会いたいよ」
そして各々、グループラインに返信した。
ジェシー『難聴⁉ ほんとに? 治る?』
樹『え… 大丈夫か? 辛かったら、ちゃんと言えよ』
慎太郎『そんな! 治るのかな、大丈夫かな?
とりあえず、頑張れよ!』
高地『そうか…。芸能活動はどうするの?
北斗、出来る?』
大我『心配だよ、無理だけはするなよ』
みんなの気持ちが伝わり、ほっと安心する。
北斗『ありがとう
完治は、もしかしたら難しいかもって
薬飲みながらの治療だから、活動は続けられそう
仕事の量は減らすつもりだし、無理はしないよ』
樹『うん
俺らも出来る限りサポートするからな』
高地『そうだよ、だから安心してね』
ジェシー〈ズドン!スタンプ〉
大我『何でだよw』
慎太郎『出すとこ違うだろ』
北斗『お、慎太郎が珍しく突っ込んでる!』
慎太郎『ダメなの?』
北斗『まあいいよ』
ある日のSixTONESの楽屋。音楽番組の収録がある。
最後に北斗が入り、全員揃った。
北斗「ごめん、遅くなった」
高地「大丈夫だよ、気にすんな」
樹「一人で来た? 送ってもらった?」
北斗「うん、マネージャーさんに。ちょっと、一人はまだ怖いから…」
樹「そっか」
いつものように、笑顔で自由に迎えてくれたことに安心感を覚えた。
大我「今、俺らと喋ってる声は聞こえてるの?」
北斗「え」
急に大我が話し出し、いささか驚く。
「いや…前とか、左にいる人の声は聞こえるけど、やっぱ右側が聞こえにくい。ジェシーの声とか、もうほんとギリ聞こえるくらい」
ジェシー「じゃあ俺大声で喋ろうか!(大声で)」
北斗「…うるせぇ」
高地「はははw」
ジェシー「何だよ、聞こえてんのかい!」
慎太郎「俺の声は聞こえてる? 右側だけど」
北斗「…お前も元々声でけぇからうるさい」
慎太郎「……なんかすいません」
樹「はは笑。なんで謝るんだよ」
ジェシー「AHAHAHA!」
北斗「でも、今で丁度良いわ」
高地「じゃあいいじゃんw」
北斗「…あと、仕事に支障が出るようだったら、補聴器とか使おうってお医者さんに言われた。まだ大丈夫だとは思うけど…」
樹「でも、それこそ今日の収録とかどうするの? イヤモニ使うだろ。左しか聞こえないんじゃないの」
北斗「うん…。それをちょっと考えてる。音量上げてもらうとかは出来るかもしれないけど、大きい音とか、耳に負担がかかることはやめましょうって言われたし」
高地「それは大事だね」
ジェシー「ていうかそもそも、スタッフさんには話したの? 病気のこと」
北斗は首を振った。「いや…」
ジェシー「まず理解してもらわなきゃ。イヤモニとかをどうするかも、相談してみなよ」
北斗「うん。そうだね、ちょっと行ってくる」
樹「行ってらっしゃい」
北斗が出て行くと、その場がしんと静まり返った。
みんな、それぞれなりに北斗のことを真剣に考えていた。
大我「もし……出来なかったら、どうする?」
高地「えっ、何が」
大我「もし、だよ。北斗に、歌の仕事が、どうしても出来なかったら」
慎太郎「無理はさせたくないよね」
樹「でも、もし俺らがやめとけって言っても、北斗は振り切ってやるんじゃないかな」
ジェシー「うん…」
樹「仕事熱心だから。自分で何とかして、やろうとするんじゃないかな。まあ、出来る限りやらせてあげたいし、俺らとしても一緒にやってほしいし」
高地「でも、北斗の症状がこれから進んでいくのか、治療の効果が出て和らいでいくのかはわかんないし。今の時点じゃ、これからのことを決めるのは難しいよね」
大我「でも第一としては、本人の気持ちを最優先すべきだと思う」
うん、とみんな頷いた。
と、北斗が戻ってきた。
樹「お、どうだった?」
北斗「あの、イヤモニはどっちも着けて、で、右の音量をちょっとだけ上げてもらうことにした。安全な範囲で」
慎太郎「そうか」
5人はほっと安堵する。
時計の針が、正午近くになった。
渡された弁当を巡り、いつものようにじゃんけんが始まる。
大我「――よっしゃ、俺一人勝ち!」
ジェシー「くそっ、今度こそっ」
北斗「――やった」
樹「よっしゃあ」
慎太郎「じゃんけんほい! おし、じゃあ俺これね」
ジェシー「よし勝った! じゃ、こっち」
高地「まあ残り物には福があるっていうからねぇ」
それぞれ席に着き、食べ始める。
ジェシー「うま!」
慎太郎「うまいな、これ」
大我「トマトあった‼ やった!」
高地「嬉しそうw」
樹「トマトあげる」
大我「あ、ほんと? あーとー」
北斗「俺のもいるか」
大我「えっいいの? ありがと」
ジェシー「めっちゃ大我の目がキラキラしてる」
樹「今日は特に、トマトの大収穫だからな」
慎太郎「二つももらっちゃって」
そして、昼食のあとはメイクや着替えを終わらせ、本番へ向かう。
スタジオへ行く途中の北斗の顔は、ほかの5人とは違い沈んでいた。
それに気づいた慎太郎は、声をかけた。
「どうした、顔暗いぞ。緊張してる?」
北斗「……別に」
慎太郎「もぉ、そんな強がらなくていいから。耳のことは気にしない。俺らの前じゃん」
北斗「強がってはない」
樹「北斗っ」
語気を強めた樹の声に、北斗は思わず肩をすくめる。「え」
樹「お前はいっつもそうやって無理する。俺らのこと、信頼してないのか? そんなことないよな」
北斗はぶんぶんと首を振る。
「そんなことないよ。信頼しきってる」
樹「――ありのままでいいんだよ」
樹は、優しく微笑んで言った。
「緊張するのは当たり前だし、俺だって今もちょっと緊張してる。もし、途中でなんかあっても、俺らがいるから」
高地「そうだよ。怖がらなくていい。アクシデントは、成功への近道だから。笑顔でいこう!」
樹「いや、曲的に笑えないだろ」
高地「そっかそっか笑」
みんなの明るいやりとりに、思わず頬が緩んだ。
「そうだね」
その後、難なく本番を終わらせ、楽屋へ戻る。
ジェシー「北斗、耳大丈夫だった? おかしくなってない?」
北斗「うん、大丈夫」
大我「このやり方で、今後もいけるかな」
北斗「え、ごめん、何て?」
大我「あ、そっか聞き取りづらいんだ。〈声を大きくして〉このやり方で、これからもいけそう?」
北斗「うーん…どうだろう。今回はダンスもあるから、イヤモニにしてもらったけど、本当はスタッフさんに。『ヘッドホンにするか』って提案された。ほら、堂本くんもやってるじゃん」
慎太郎「確かに。そのほうが、耳に負担がかかりにくいって言ってたもんね」
樹「踊らない曲では、なるべくヘッドホン使うとか、そういう配慮は必要だよね。…いや、ダンスない曲、少ないな」
高地「まあ、あるじゃん」
北斗「うん…。ま、これから主治医の先生とも相談して、決めてくよ」
北斗はみんなに向けて、頷いた。
続く
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