テラーノベル
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小さな洋食屋さん 2人の過去編
だてなべがお付き合いするまでのお話
なべさんが同性愛者設定
濡れ場はありませんが
それを仄めかす表現があります
【カプ要素】
だてなべ、いわ←ふか要素あり
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✱渡辺視点
物心ついた時から、そいつは俺の隣にいた。
“宮舘涼太”
それがそいつの名前。涼太は俺の幼馴染で、俺のことを誰よりも、きっと俺よりも理解してくれる、唯一無二の存在。生まれた病院、幼稚園。小中学校は学区が違って離れたけど、習い事は一緒で、よく家族同士で遊びに行ったりもしていた。そして高校が同じ。俺たちは、ずっと一緒にいた。涼太が横にいることが当たり前だった。そんな俺は、とんでもないことを自覚した。中学2年生、いわゆる思春期真っ只中。思春期の殆どの男子は女子に対して好意やら興味やらを持つのが”普通”だ。でも俺は女子に興味を持てなかった。彼女が欲しいと思わなかったし、エッチなものにも惹かれないし、むしろ「気持ちが悪い」とさえ思ってしまっていた。元々潔癖症だったからかなとも思ったが、それにしても女子への興味がちっとも沸かない。だが男子には興味があった。いわゆる、そういう興味が。俺は、ゲイだった。俺は凄く戸惑った。家族にも、どうしても言えなかった。折角産んでくれたのに、大切に育ててくれたのに、たくさんの愛をくれたのに、どうして俺は男に興味があるんだろう。きっと俺は”普通”じゃない。両親に申し訳なくて、こんな”異端”な息子でごめんなさいと、来る日も来る日も独りで泣いた。流石に不審に思ったのか、ある日母に泣いていることがバレてしまった。俺は泣きながら謝った。「普通じゃなくてごめんなさい」「気持ち悪い息子でごめんなさい」と懺悔した。母は抱き締めてくれた。「あなたは変じゃないよ」「私のかわいい翔ちゃん」「打ち明けてくれてありがとう」と。俺はその日、干からびるのではないかと錯覚するほどに泣いた。
自分の性的嗜好を自覚してから初めて涼太に会った日。俺はかつて無い胸の高鳴りを覚えたと同時に、きっとこの想いが実ることは無いのだろうと絶望した。涼太がゲイである保証はどこにも無い。いや、むしろ俺が珍しいのだ。涼太は相変わらず俺のことをこれでもかと甘やかしてくる。それがどうしても心地良くて、同時にすごく虚しくて。俺が黙っていると、涼太は「嫌なことあったの?」と聞いてくる。顔色や雰囲気だけで、俺を全部理解してくれる涼太。でも、お前にも感じ取れないものがあるんだよ。
“渡辺翔太は、宮舘涼太のことが好き”
「うぅん、なんでもない」
俺はちゃんと笑えていただろうか。心なしか涼太の顔が曇っている、気がした。俺は性格が良くないんだ。優しい涼太を、俺が独占したい。俺以外を見ないでほしい。ずっと、俺に愛を囁いてほしい。お互いの命尽きるまで、側にいてほしい。大好きでたまらない。お願い、手を握っていて。あなたが好きで好きで、とても苦しい。悲しいよ。どうして俺は男で、涼太も男なの。どうしても一緒になれないよ。女だったら、涼太に好きだよって言えたの。結婚して、涼太の子どもを産んで、父と母になる。一緒に年を取って、一緒に眠るんだ。ごめんね涼太。こんな幼馴染を、どうか、赦して。
涼太は高校を卒業すると、料理の修行のために単身でイタリアへ渡った。「必ず戻ってくるからね、翔太」そう言って、俺から去っていった。「小さなごはん屋さんを持ちたい」と、涼太は夢を語ってくれた。俺もその夢に協力したいと思うと同時に、いつか、あなたは俺の元を去っていくのだろうとさえ感じた。「夢が叶うときは、絶対に教えろよ」。俺はそう言うしかなかった。一緒に行かせてほしいと、何度思ったことか。俺は涼太の負担にはなりたくない。唇を噛み締めて耐えるしかなかった。
俺は大学へ進学した傍ら、美容ライターとしての活動を細々と始めた。こう見えて根っからの美容オタクだったので、理にかなっている活動ではあった。涼太がいつも「翔太は綺麗だね」と言ってくれるのがすごく嬉しくて、自分磨きに時間を惜しまなかった。そういうこともあって、肌荒れなんて無いし、無駄毛なんかも全く無い。そこら辺の女子なんかよりも綺麗な自信がある。自分の身長から計算して、一番美しく見える身体作りだってした。健康のために色んなものを食べるようになったし、メイクの勉強もした。お陰様で、学園一美しい男と呼ばれるまでになった。男女問わず、交際やワンナイトのお誘いは耐えなかったが、俺は全て断ってきた。俺が想うのは”宮舘涼太”ただ一人。それ以外の奴らなんて、俺にとってはゴミに等しい。心の底からどうだっていい。それでも「高嶺の花感が堪らない」と、群がる奴は多かった。気色が悪い。
雑誌社での仕事は嫌いだったが、化粧品やスキンケア用品のイベントへ参加し、レポートを書いたりするのは楽しかった。相変わらず、多種多様な奴らに声をかけられる毎日だったが。俺は涼太以外に全く興味が無かったので、色んな意味で無敵だった。何かあれば「もう、恋愛は懲り懲りなんです」と悲しげに微笑むと、大体の奴らに同情を誘うことができる。「でも、どうしても忘れられなくて」と言えば、お手軽悲劇のヒロインの誕生だ。俺はそこそこ顔が良いとも思っていたからそれをうんと利用してやった。俺の交友関係は、高校の同級生だった岩本、深澤、佐久間と連絡を取り合うくらい。深澤とはよくショッピングへ行く。その時に岩本への想いを聞いているのだが、もっと積極的にアピールしてもいいと俺は思っている。深澤は自分に自信を持つべきなのに、きっと周りの環境がそれを許さない。俺は芸能界が嫌いだ。佐久間は相変わらず我が道を行くスタンスを貫いている。あいつの実家は東京でも有名な建築士の家だ。楯突けばどうなるかわからないし、親の七光りなんて言われないよう、佐久間は建築系の勉強を惜しまなかったし、同時に様々なダンスやアクロバットを身に着けた。だから皆、佐久間を蔑ろにし、潰すことができないのだ。岩本は消防士として働いている。元々筋トレバカだったのが功を奏して今の職に着いている。あいつ自身いつも冷静だし、落ち着いて行動できるタイプだから、きっと向いていると思う。涼太、今、あなたはどうしていますか。
「は?」
「だから、媚でも身体でも売ってこいってんだよ。そのためにそうやって綺麗にしてるんだろ?」
涼太がイタリアへ渡って6年。目の前の現実に思わず目眩がする。どうやら相手方のお偉いさんとやらがどうにも色んなところに影響力を持っている相当な権力者なようだ。俺がずっと自分を磨いてきたのは、涼太に少しでも綺麗だと思ってほしいから、それ以外の何ものでもないのに。気味が悪い。心底軽蔑する。目の前が真っ赤に染まっていくのを抑えられない。思う存分暴れて、辞表を叩きつけてやる。拳をこれでもかと強く握りしめ、大きく息を吸った。意を決したその瞬間、ポケットに入れていたスマートフォンが震えた。電話だ。
「失礼します」
「おい渡辺!話はまだ終わってないぞ!」
編集長の言葉にフル無視を決め込み、俺は編集部を出る。スマートフォンの画面を見るとそこには。
“宮舘 涼太”
「あっ…」
思わず想いが溢れる。長かった。仮面を被り、偽り、別人のように過ごした6年は永遠とも感じた。1日、1時間、いや、1分、1秒たりとも忘れたことなんてなかった。大好きでたまらない涼太。震える手を何とか抑えて応答ボタンを押した。
「はい…もしもし」
“翔太?”
「りょう、た…?」
“はい、渡辺翔太の、宮舘涼太です”
「涼太…っ」
“…泣かないで、翔太”
6年ぶりに聞いた涼太の声は少し大人びていて、それを聞いた己の胸の高鳴りが鎖骨の辺りからブワッと身体全体、爪先や指先、髪の毛の先まで光の速さで走る。言いたいことがたくさんあって、聞きたいことが山ほどあって、今まで会えなかった時間を、どうにかして涼太に埋めてほしくて、上手く言葉にできない。やっとこさ言葉にできたものを渾身の力で絞り出した。
「…あい、たい…っ」
“うん、俺も翔太に会いたい”
「会いたい…涼太ぁ…」
“じゃあ会おうか。いつ会える?俺はいつでも大丈夫だよ。もちろん今からでも”
「えっ…」
今から涼太に会える?俺、涼太に会えるの?喜びにどうにかなってしまいそうで、俺は感情に任せて返事をしてしまった。
「今から会う、今すぐ」
“ふふっ、俺はいいけど、翔太仕事は?”
「早退する」
“そっか。じゃあ、どこで会おうか”
「俺が迎えに行く。どこにいる?」
“実家にいるよ。場所は変わってない”
「わかった。すぐ行く」
“待ってるね”
名残惜しいが電話を切る。逸る気持ちを抑えて、俺は編集部へ舞戻った。
「体調悪いんで早退します」
「へぁ!?お、おい!渡辺!」
「失礼します」
お大事に〜と声をかけてくれる同僚たちに笑顔で挨拶をして颯爽と編集部を後にする。「今日も素敵」「ほんと綺麗な肌」という声に「当たり前だろ。こっちは涼太のために命賭けてんだ」と思いつつ、しっかり結果が現れているという実感が湧く。嬉しい。俺は今綺麗でいれているんだ。綺麗な姿で涼太に会える。俺は自然と小走りで駐車場まで向かった。
久々の宮舘家。その前には、涼太がいた。俺は車から降りて、ただ涼太を見つめた。
「翔太、久しぶり。会いたかった」
ふっと優しく微笑んだ涼太をみて、堪えきれずに涼太に抱き着いた。
「…ただいま、翔太」
泣くことしかできない俺を、涼太は何も言わず、ただひたすら抱き締めてくれた。
「大丈夫?」
「ゔん…」
一頻り泣き、なんとか冷静さを取り戻し、俺は車を走らせていた。
「涼太は、なんか大人っぽくなったね」
「そうかな。翔太は変わらないね」
「はぁ?これでも頑張ってんだけど?」
「ふふ、本質が変わってないってこと」
「ふーん?」
「すっかり垢抜けちゃってさぁ。妬いちゃうよ?」
「や、妬くことないだろ、別に」
「妬くに決まってんじゃん。俺がいない間、翔太の周りでどんな人間関係があったのかなって」
「そんなの…何も無いよ」
「…無さそうだね」
「仲良いって言ったら、照にふっかに佐久間くらいしかいないよ。言い寄ってくる奴らばっかりだったから、いつも独りでいたし」
「へぇ、一人ずつ殴りに行こうか?」
「うはは!めっちゃ短気じゃん!」
話し方や間のとり方、間違いなく涼太だ。
「でも嬉しい」
「…なにが?」
「翔太が、誰にも靡いてないのが」
「っ…」
低くて甘くて、優しい声で囁かれる。やめて涼太。そんなこと言われたら、俺期待しちゃうから。
「ばか涼太お前、俺が女の子だったら勘違いしちゃうだろ?さては女の子何人も泣かせてきてんな?」
わざと戯けてみせた。そっちの方が自分を守れると思ったから。
「そうなんだよ、って言いたいところなんだけど…残念ながら違うんだよね」
「ふぇっ」
こんな間抜けな声が出るのかと、俺は感動した。
「ずっと、翔太のこと考えてた」
「ま、待って…えっと…あ、事故っちゃうから、その…どっか停めるから…!」
「うん、そうしよ」
今の俺はきっと、絶対に真っ赤だし、汗だくだし、前のめりで運転してると思う。鼓動が速い。”俺は事故らない”という言葉をひたすら自分に言い聞かせ、子どもの頃によく家族ぐるみで一緒に来た運動公園まで無事に辿り着くことができた。
「少し歩こうか、翔太」
「…うん」
俺たちは車から降りて、滑り台がある遊具の方へと歩き出した。涼太の少し後ろを歩いた。とにかく、赤い顔を治したかった。涼太の言葉の真意がわからなくて、勘違いしてしまいそうで、期待してしまいそうで、違う違うとなんとか言い聞かせて、辛うじて冷静かな、といったところ。
「翔太」
「はっ、はい」
「ぅっ…ふふ…あはは!」
突然先生に呼ばれた小学生のような返事に、涼太は吹き出してしまう。こんなに大人びて、すごくかっこよくなっているのに、笑った顔は変わらない。やっぱり涼太だ。俺の発言や行動で、いつも腹を抱えて笑ってくれる。
「わ、笑いすぎだろ…っ」
「い、いや…ごめん、翔太だなってさ…ふふっ」
「なんだよ、それ」
「ふふ…ごめんね、許してくれる?」
「…許す」
涼太は昔から、こうやって俺に言ってくる。そして俺は、それに対してこう答えていた。またこのやり取りができる日が来たこと、心から嬉しく思う。
「翔太。俺、来年から店を持つことにしたんだ」
「えっ」
「夢だった、小さな洋食店。利益は気にしない、ごはんで幸せを与えるお店」
涼太は俺の目を真っ直ぐ見る。
「…おめでとう」
「それでなんだけど…」
涼太は少し目を逸らして、もう一度俺の目を捉えた。
「翔太も、一緒に…どうかな?」
「えっ…?」
突然の誘いだった。同じ、夢を背負わせてくれるってこと?涼太がずっと追いかけてきた夢を、俺も一緒に見てもいいってこと?
「もちろん無理にとは言わないよ。翔太の人生なんだから、翔太のやりたいことをやってね」
嬉しくて、脳の処理が全く追いつかない。
「俺、一人でイタリアに渡ってさ、言葉はもちろん全然わからないから、全部体当たりで覚えてさ。すごい速さで物事が進むからめちゃくちゃ大変で、思い通りにいかなくて塞ぎ込んだことも沢山あったんだ。でもやり甲斐も感じて、すごく楽しかった…でもね、いつも心には、ぽっかり穴が空いてて。満たされない、何かが足りないって、ずっと思ってた」
「うん…」
「ああ、翔太がいないんだ、って」
「……」
「俺の中で、俺が思っていた以上に、翔太は大きな存在だったんだって、そう感じた」
心臓の音が、聞こえる。
「だから決めた。俺は絶対にかっこよくなって、翔太のところに帰るって」
「涼、太…」
「そして必ず、翔太を誘おうって。俺の夢に巻き込んでやろうって、これは俺の我儘」
ねぇ涼太、俺、この恋に希望を持っちゃうよ。俺、傷付きたくないよ。違うなら違うって言って。
「俺は、翔太の側にいたい。翔太に、側にいてほしい。ねぇ、翔太。聞いてくれる?」
「…っうん」
「渡辺翔太さん」
「…は、い」
「私、宮舘涼太は、渡辺翔太さんを、愛しています」
「っ……」
「どうかあなたと、この先の時間も、共に歩ませていただけませんか」
「あっ…涼太…っ」
涼太は俺の前に跪いて、指輪を差し出した。綺麗な桃色のような、少し橙色が混じっているかのような、珍しい色だなと思った。
「で、でも…おれ…っ」
「断ってくれても構わない。そうなったとしても、俺たちはずっと幼馴染のままだから」
本当に、これは現実なんだろうか。まだ疑心暗鬼というか、ドッキリを仕掛けられているんじゃないかという疑ってしまう。これは俺が見ている、都合の良い夢なのではないか。
「涼太…聞いてくれる?」
「もちろん」
涼太は一旦指輪をしまって、ベンチの方へと俺をエスコートする。俺たちは並んでベンチに腰掛けた。俺は深く息を吸い、ゆっくりと吐く。俺は、腹を括った。
「俺、中学の頃から今日までずっと好きな人がいる」
「うん」
「そんで、これからもそれは変わらないと思う」
「うん」
涼太は極めて穏やかだ。
「俺……その…」
「大丈夫、ゆっくりでいいよ」
「…俺、実は…ゲイ、なんだ」
「うん」
「その…驚かないの…?」
「どうして?」
「だって…普通じゃ、ない、から…」
「普通って?」
「それは…男と女が…」
「じゃあ俺も異常だね」
「違う!涼太は…違うよ…」
俺の理論で行けば、涼太も普通ではないことになる。
「確かに俺は恋愛対象が女の人だよ。でも俺は翔太が好きなんだ。男とか女とか、俺にとって性別なんて些細な問題なんだ。俺は、翔太がいい」
「涼太…っ」
「翔太が想ってる相手に嫉妬しちゃうな〜これ。翔太の性的嗜好がそうなら、俺だってチャンスあったのに」
涼太は遠くを見つめる。冷静を装っているが、明らかに動揺しているのがわかる。ここまで取り乱す涼太は初めて見た。
「ふぅ…ごめんね翔太。好きでもない人に好意を向けられるのは気持ちいいもんじゃないでしょ。ごめんね。今日のことは、どうか忘れてね」
「待って、涼太」
涼太は立ち上がって俺から去ろうとする。
「翔太ごめん。ちょっと、喋ってないとヤバいから…ほんとに、ごめん。今日はありがとう。俺は家まで歩いて帰るよ」
「俺の話最後まで聞いて!」
俺は涼太の腕を掴む。振り向いた涼太の顔は明らかに曇っていて。
「俺、涼太が好き」
「……え?」
「ずっと、涼太だけが好き」
「翔太…」
「俺が…俺がずっと自分磨きしてきたのは…涼太に少しでも綺麗って思ってほしかったから…!」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている涼太。
「俺…涼太のこと…1秒たりとも忘れたことなんてなかった…!ずっと会いたかった…でも、涼太の負担になりたくなかったから…ずっと…ずっと…好きで好きでたまらなくて…おかしくなりそうで…涼太がいなくなってから、俺死んじゃいそうだった…!お願い、もうどこにも行かないで…もう…嫌だよ…全部閉じ込めて生きるの…俺を…独りにしないで…大好きなの…涼太が…だいすき…っ!」
「翔太…!」
涼太に抱き締められる。空気すら存在を赦さないくらい、きつく、きつく。俺は同じように抱き締め返す。
「翔太…俺も、大好き」
「おれも…っ好き…好きっ」
「もう離さない。絶対に離さない。覚悟してね翔太。浮気なんかしたら、相手殺して翔太閉じ込めちゃう」
「ねぇ涼太。もっと涼太で縛って。俺が逃げられないように…浮気なんかしたら、涼太を殺して俺も死ぬから」
「…ねぇ翔太、指輪、しても?」
「うん、涼太が俺に着けて」
涼太は俺の左手の薬指に、さっきの指輪をはめてくれた。綺麗な色、冬の夕焼けのような、秋頃の朝焼けのような、でも桜のような淡いピンク色でもある、不思議な宝石。
「パパラチアサファイアっていうんだよ」
「さ、サファイア…!?高かったんじゃ…」
「散歩しててさ、ストリートの角にジュエリーショップがあって。ショーウィンドウに並んだ石を見てて、この石が目に止まってね。この石を見た時、翔太に似合うだろうなって思ったんだ。だから、この石が使われた指輪を渡すって決めてた」
「っ…ありがとう、大事にする」
俺は、左手ごとそれを抱き締めた。そして涼太は、俺ごと全部抱き締めた。優しくて、あったかい、大好きな涼太の腕の中。
「俺、ずっと叶わない恋をしてた。苦しかった。惨めだった。いつか、涼太に彼女ができて、結婚して子供ができたりなんかしたら、多分、俺死んじゃうんだろうなって…ここを離れることも考えた。でも、どうしてもできなかった。涼太が”必ず帰る”って約束してくれたから。涼太に会って、お別れが言えたら、もう会わないって決めてた」
「…うん」
「こんなに、幸せなんだね。好きな人と、通じ合えるって」
「俺も、幸せだよ、翔太」
「涼太…」
涼太を見上げると、涼太の瞳は夕日に照らされてキラキラと光っていた。涼太の表情は、ああ、心から嬉しいと思っている顔だ。
「翔太」
「ん?」
「翔太は今、心から嬉しいって思ってくれてるんだね」
「…ん」
「翔太」
とびきり低くて甘くて鼓膜を擽り、忘れていた性欲を蘇らせるような声。
「…キスがしたい」
涼太は昔からあまり自己主張をしない。それこそ、”いつか自分の店を持ちたい”という夢くらい。ずっと一緒にいた俺にですら「これ持ってて」と鞄を渡してくることくらいしかなかった。そんな涼太が俺に”キスがしたい”と強請る。どうか、それが俺だけの特権でありますように。
「俺も、したい」
「嬉しい」
俺は涼太の方を向いてその瞳を改めて見つめる。長い睫毛、少し吊り上がった目尻。きりりとした眉毛に、スッと通った鼻筋。ぷっくりとした唇。何度も触れたいと思っていた場所。少しずつ、涼太が近付く。俺、今から涼太とキスするんだ。なんだか不思議な感じ。まだ、夢の中にいるみたい。涼太の腰に手を添え、俺は目を閉じた。涼太の吐息を感じる。腰に手を回されて、身体が密着する。一瞬にも、永遠にも感じる時間。どうせ感じる永遠なら、こっちがよかったな、なんて。次の瞬間、唇が、触れた。世界一、いや、宇宙一柔らかいか?どんどん自分の顔が熱を持っていくのがわかった。
「ん…」
別に感じているわけでもないのに、吐息が漏れた。涼太はそれに喜びを感じたのか、軽く俺の口を吸い、おそらくわざとちゅ、と音を立てて唇を離した。ゆっくりと目を開くと、涼太と目が合った。急に恥ずかしくなって目を逸らしてしまう。
「翔太、かわいい」
「っうるせ」
俺、今真っ赤なんだろうなぁ。黄昏時だったことが救いかもしれない。
「その…これからは俺も、涼太の夢を一緒に追いかけさせてもらえるってことで…いいんだよね」
「”翔太と一緒に、小さなお店を持つ”これが本当の夢」
「……」
「”そのお店で出す料理で、少しでも多くの人を笑顔にする”それが今の夢」
「涼太らしい夢だね」
「翔太の夢は?」
「”涼太と、ずっと一緒にいること”」
「じゃあそれは叶うね」
「俺の愛、めっちゃ重いけどいい?」
「俺はけっこうがっしりしてるからいいけど、翔太は俺の愛持ち上げれる?」
「ばーか、こう見えて鍛えてんだよ」
「じゃあ大丈夫だね」
「うはは!」
帰ろっか。そう言って来た道を引き返す。
今度は涼太の横に、恋人として手を繋いで。
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「わっ、渡辺おま…っ辞めるってどういうことだ!」
「叶えたい夢があるんで辞めます、それだけです」
「コラムの連載だって…」
「それはもう書き上げて提出してます」
「お前の記事は人気が…」
「惜しまれるうちが花ですので」
「ぐぅ…」
編集部の扉が開く音がした。なかなか戻ってこない俺を心配したのか、ロビーで待っていたはずの涼太が颯爽かつスマートに突入してくる。
「翔太、荷物は?」
「そこの机に乗ってるやつ全部」
「…少なくない?でもまぁ、翔太ならこんなもんか…」
勝手に一人で納得する涼太に愛おしさを感じる。と同時に編集部内外がざわつき始める。
「渡辺さんとは違ったタイプのイケメン…!」
「渡辺さんとどんな関係なんだろ…」
「足超長くない…?」
「なんかロイヤル…」
「彼女いるのかな…?」
涼太は華やかだ。今の時代そんな茄子の蔕みたいな髪型してないだろっていうヘアセット。ガタイが良いのにスラッとしていて身体の半分が足でできている。ブーツが好きなので余計に足が綺麗に見える。昔からこいつはほんとに目立つ。正直、笑っちゃうくらい、かっこいい。
「辞表出した?」
「なかなか受理されなくて」
「へぇ、そこまで干渉してくるんだ。面白いね」
「ははっ、全然笑ってねぇじゃん」
涼太は怒ると怖い。基本的にネガティブな感情は表に出さないし、大きな声も出さないから穏やかな印象を受ける。まぁ、実際穏やかで優しいんだけど。理不尽だったり、筋が通ってなかったりすると頭に血が上るみたいで。高校生の時に俺が先輩に「かわいいからヤらせろ」って囲まれたことがあって、何のセンサーが付いてるのかはわからないけど、どこからか涼太が現れて三人いた先輩たちをたった一人でボコボコにしたことがある。完膚無きまで叩きのめすってこういう事を言うんだなって思ったと同時に、涼太のお母さんの血を感じた。涼太がキレてるのを見たのはそれが最初で最後。今、その空気を少し感じている。
「労働者には、退職の自由があるって法律で定められている…誰でも知っていますよ」
涼太は俺の荷物を持って俺に向き合う。
「翔太もさ、こういうのは人事とかに出さないと」
「…あ、そっか」
「ふふっ、翔太はそそっかしいね」
「うるせー」
「何なんだお前は!部外者のくせにしゃしゃり出てきて…おまけに生意気で…」
「渡辺翔太を、護りたい人間です。ただの」
極めて冷静に、涼太は答えた。
「渡辺から話を聞きました。力で押さえ付けて、無理矢理股を開かせる…もしかしたらやりかねないって、そう思ったんですよ。駄目ですか?大事な人を護りたいって生命あるもの全てに共通した感覚だと思っていたんですが…どうやら違ったようです。僕は悲しい。あなたにもご家族がいるとお見受けします。奥様を、お子様を、輪姦(まわ)されたらどう思うんですか?仕方なかった、俺の出世のためだからって、被害者に向かって言うんですよね?というか、そんなに繋がりを作りたいなら、あなたが春を売ればいいじゃありませんか。向こうは性欲を満たせる、あなたは繋がりを作れる、部下は傷付かない…良いですね、そうしましょう」
「なっ、何言ってるんだお前…!」
「僕は、あなたが渡辺に贈った言葉をそのままあなたにお返ししているだけですよ」
正論を言われ続けた編集長は何も言えなくなってしまった。昔の涼太なら、こうはなっていないだろう。怒鳴って暴れて壊して、相手が血だらけになって「許してくれ」と懇願するまで殴り続けるに違いない。あの時、そうであったように。あの先輩たちも、一人がめちゃくちゃに殴られている様を見て恐怖で動けなくなっていたから。涼太には相手を黙らせる不思議な威圧感というのがある。お母さんから受け継いだのかな。
「さぁ行こうか。どんな組織であっても、法に触れるのは避けるはずだからね」
「うん。では、失礼します」
その後俺たちは人事部へ向かい、辞表を提出した。無事に受理され、諸々の手続きを済ませ、2週間後に俺は晴れて無職となる。雑誌社のロビーに涼太のブーツの音が響き渡る。実はこの会社に不満を持っている者は多い。特に俺の上司はパワハラセクハラの疑惑が前からあり、今回の事が決定打となってとうとう処分が下されるそうだ。先程の騒動はすでに話題になっており、たくさんの社員が俺たち、主に涼太を見ている。そりゃそうだよな。部外者でありながら、スマートに現れて諸悪の根源を叩きのめして颯爽と去っていくんだから。おまけにイケメンときた。
「涼太めっちゃ見られてるよ。有名人じゃん」
「俺は翔太の視線だけで十分なんだけど」
「ははっ、言うなぁ」
話しかけたそうな女子がたくさんいるが、申し訳ないが涼太は譲れない。
「免許取りに行かないとなぁ」
「まぁ、あった方が便利かな」
「だよね。こういう時、翔太を助手席に乗せてかっこよく去りたいし…」
「なんだそりゃ」
仕入れが、とかじゃないんだ。
「買い物して帰ろうか。お昼ご飯作るよ」
「マジ?涼太のご飯超久しぶりなんだけど」
「何がいい?ある程度のものなら何でも作れるよ」
「んー、そうだな」
二人で車に乗り込む。もちろん俺が運転なんだけど、もし涼太が免許を取ったら一番最初に助手席に乗せてほしいな。これからはずっと、涼太と一緒にいれるんだ。もう我慢しなくていい。もう隠さなくていい。俺は涼太がこの上なく大好きだ。嫌だって言っても離れてやるもんか。でも知ってるんだ。涼太は俺を拒まない。涼太は俺が大好きだから。だって涼太は、俺に逢うために早く生まれてきたんだから。
「決めた、ハンバーグとグラタン!」
「それ、俺が初めて翔太に作ったメニューじゃん」
「うわっ、覚えてたか」
「翔太のことは、全部覚えてる」
「俺のこと大好きじゃん」
「うん、大好きだよ」
そんな甘い台詞を、あなたは大真面目に言うから。
「…ばーか」
「ふふ、翔太はかわいいね」
俺はあんまり素直に言葉にできないタイプだ。どうしても、恥ずかしさが勝ってしまうから。昨日は珍しくペラペラと素直だったけど。でも、なるべく言葉で伝えるように頑張るから。
「涼太」
「ん?」
「…家に帰ったら、その…」
「うん」
「…ちゅーして、ほしい」
「ふふっ、もちろんです。俺のお姫さま」
「あとさ…今は!今は駄目だけど!二人きりだったら、勝手にキスしてもいいから…」
「……」
「涼太…?」
「なんか、素直だなって思って」
「悪いか」
「ううん。全部大好き」
「その代わり!俺もするからな!」
「ふふふっ、いつでもいいよ。嬉しい」
かっこよくて、優しくて、誰よりも渡辺翔太を理解してくれる、俺の最強の恋人。俺はきっと、この人に何度も恋をする。俺も、あなたに何度も恋してもらえるように頑張るね。だからどうか、俺のことを一番近くで見ていて。俺もあなたのことを、一番近くで見てるから。俺を魅了して、ずっと夢中にさせて。
「涼太」
「なに?翔太」
「…大好き」
涼太は、「俺もだよ」と、眉毛を下げて笑った 。
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パパラチアサファイアの石言葉
「信頼」「一途な愛」「運命的な恋」など
お読みいただき、ありがとうございました
私がゆり組を書くと共依存しがちといいますか
お互いに激重感情を抱きがちになります
さて、”僕たち腐nowMan2!”ですが
3月1日から連載をスタートする予定です
彼らの妄想内で
新たなカップリングにも挑戦いたします
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです
筆者
コメント
1件
まってます!!過去編めっちゃ良かったです!