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――――江戸界隈――――
「まさかお主に助けられるとは、改めて礼を言わせて貰おう……」
江戸市内を見渡せる山道にて、一人の男が神妙な面持ちで誰かに呟いた。その者は、かの柳生ジュウベエ。そして、黒い着流しを優雅に纏うもう一人はーー
「四死刀ーーキリト」
死亡したとされた、伝説の『四死刀』が一人、魂縛のキリトその人だった。
「あの子が世界の命運を背負って戦ったというのに、私一人が何もしない訳にはいかないでしょう?」
キリトはそう微笑した。あの子とは勿論、ユキの事。
それにしても、特異点で在るキリトは常人とは掛け離れた異質さと、女性も羨む美麗さを持つ青年だった。その左腕はかつて、狂座との戦いの影響か欠損しており、左目も失ったのかその金色の長髪で隠していた。風に靡く合間に、その痕が垣間見える。
何よりーー特異点の特徴、毛髪と呼応する金色に輝く異彩色魔眼が、ジュウベエを見据えていた。
「……かたじけない」
四死刀はかつて幕府転覆を謀った天下の大罪人だが、ジュウベエは素直に彼に頭を下げた。
それもその筈。狂座の軍団に侵攻され、江戸は正に風前の灯だった。ジュウベエも必死に応戦したが、高レベルで構成された多数の軍団相手には分が悪過ぎた。
其処に颯爽と現れたキリト。多数の軍団が彼の力で一瞬で滅していく様を見たジュウベエ以下、誰もが伝説の力に震撼するしかなかった。
「それにしても、残った軍団が一斉に消えるとはな……。あれは一体?」
ジュウベエにとって、キリトが加勢した以上に不可解な事。それは残った狂座の者達が、突如として消え去っていった事だ。
「狂座の者達は、冥王に依って刻を縛られていた。その根元を絶った為、自身の時そのものが終わったのでしょう」
「ーーと、言う事は!?」
ジュウベエの疑問にキリトが答える。そして、それが意味する事はただ一つ。
「ええ、あの子が冥王を討ったのです」
悲願の冥王討伐。狂座の終わり。
「さっ、流石はユキヤ! やってくれると信じておったぞ」
その事実にジュウベエは歓喜する。これでこの国が脅かされる事は、もう無いだろうと。
「……それはどうでしょうかね?」
歓喜するジュウベエを他所に、意味深にキリトが呟いた。
「それはどういう意味だ?」
その呟きを、ジュウベエは聞き逃さなかった。
“……まさか?”
もとよりキリトは、この世の敵。そしてユキもその仲間。ならば考えられる事は、この二人が組んで天下獲りを再開するーーその可能性。寧ろ必然とも云えた。
狂座というイレギュラーがあった為、潰し合ったに過ぎない。四死刀ーー特異点の目的は、自身の存在場所を創る為。ならば二人の次なる目的は。
その事実を思い出したジュウベエは、心底震撼した。狂座まで倒したこの二人が組めば、恐らくこの国は為す術もなく陥落するだろうと。
「何やら見当違いをしている様ですが、そんな事を言っている訳ではないですよ?」
ジュウベエの思考を読んだのか、まるで心外とばかりにキリトが溜め息を吐いた。
「……あの子の特異能反応が消失した事です」
ユキとキリトは同一の特異能を持つ。だからこそ感じ取れた。
「なっ!? それはまさか、奴がーーユキヤが死んだというのか?」
消失の意味位分かる。余程信じ難かったのか、ジュウベエは思わずキリトへ詰め寄った。
「死んだーーか。貴方達“常人”の認識では、その位の理解しか出来ないでしょうね……」
“ーーっ!?”
ジュウベエにはキリトの言っている意味が理解出来ない。
「あの子が背負ったのは、それこそ死すら超越したーー存在の消失。自分の“存在そのもの”まで全て消費して、この世の摂理から完全に消失したのですよ。欠片一つ遺さずにね……」
キリトには分かっていた。冥王を倒す為、絶対にしてはならない事を実行し、到達ーー消失しただろう事を。
「そんな……事が」
ジュウベエは愕然とした。それは勝利でも、相討ちですらない。
『ユキヤ、お主はまっすぐエルドアーク宮殿に向かい、根源たる冥王を討て』
『随分と勝手な言い種ですね……』
かつてを思い返す。彼を焚き付けたのは自分だと。最初からジュウベエにも分かっていた。彼は決して世の中の為に戦った訳ではない事を。
『このままでは、アミの身に危険が及びそうだから……』
ユキの傍らに居た少女ーーアミの為。彼の行動原理は、純粋にそれだけだった。
ジュウベエはがっくりと膝を落とし、嗚咽する。
「ぐっ……うぅ!」
それでも結果として、この国をーーこの世の全てを救った事を。それを思う程、彼の死を超えた消失という結果にやるせなくなる。
「キリトよ……どうか教えてくれ。某は、某はどう奴に報いればいいのだ?」
ジュウベエは問うた。彼のーーユキの挺身に報いる道を。
「……この世界が存続しているのは、あの子の挺身あってこそ。例えそれが、あの子の本懐ではないにしてもね」
ユキの事はキリトもよく理解している。彼の行動の結果、世界が救われたに過ぎない事を。
キリトは思い返していた。自分が故郷と決別した時の事を。其処にはまだ幼い、見習い巫女のアミの姿が一際印象に残っていた。
きっと歴代きっての巫女となるだろう、自然と精霊に愛された強くも心優しき少女。
キリトが光界玉を守るようユキへ頼んだのは、勿論彼の力が必須だという事もあるが、もしかしたらあの心優しき少女なら、彼の心の氷を溶かしてくれるかもしれないと、淡い期待を以て。
前ユキヤのみならず、四死刀にとってユキは正に自分の息子みたいな存在だったのだ。
“きっとあの子は、彼女の為にーー”
キリトはユキを想いながら、慈しむよう微笑する。彼はきっと見つけたのだーー“自分が死ぬまで生き抜くべき道、場所”をーーと。
「……ならば、貴方だけは覚えていてあげるといいでしょう。例えこの世界の存続が、あの子のおかげだという事を誰も知る事はなくても、貴方だけでもね」
キリトは踵を返し、ジュウベエに背を向け歩み出す。
「……何処へ行く?」
歩み出すキリトへ問い掛けたが、敢えて天下獲りの事は聞かなかった。恐らく彼にはもうーー
「私にとっての存在意義とは、彼らと共に在る事。この“歴史”に関わる事は、もう……無い」
歩みを止めたキリトが出した答。それは自分以外の共有の者達が居なくなった今、介入に意味を為さない事を。
「故郷に……戻るのか?」
ならばと残された道は、かつての故郷に戻る事かと。
「……それこそあり得ない。一度違えた道は戻らないんですよ。私は死ぬまで、彼らとあの子の鎮魂を祈るのみ。貴方達は“あるべき”時代を紡いでいくがいいでしょう」
それは全てからの決別を意味していた。
「改めて感謝する」
再び歩み出したキリトを、ジュウベエは敬意を以て見送っていた。
“特異点……余りにも孤高で、哀しき存在よーー”
ーーキリトが完全にその場から立ち去り、独り残されたジュウベエ。
「ユキヤ……済まん」
改めて思うは、散って逝ったユキの事。
“例えお主の挺身が歴史に記される事も、誰に知られずとも、誰に感謝される事はなくともーー某は覚えていよう”
目頭が熱くなり、片目の視界が歪む。
“名を明かす事さえ赦されぬ、奴の高潔なる生き様を某の魂に刻むのだ”
「ユキヤよ……某は決して忘れぬーー」
“愛する者の為だけに、己の全てを引き換えに戦った者が居た事を。そしてーー”
「願わくば、奴の魂に安寧を……」
…