「そう言えば、このお部屋にも、お店の方にも薔薇の花がたくさんありますね。結婚式でも薔薇がいっぱい飾ってあったし、いつ来ても綺麗に咲いたものが飾ってあるので、不思議だなって思ってたんです。枯れない品種とか…ですか?」
結婚式を終えた翌日から、一週間ほど店を開けて、俺は翔太と旅行に行ってきた。
そのお土産を渡すついでにと、俺はまた阿部を小さなお茶会に誘った。
快く会う約束をしてくれた阿部と、お土産に買ってきたクッキーを食べていると、 阿部は自宅の出窓に飾っている薔薇を眺めながら、唐突にそう尋ねた。
翔太は、告白とか、プロポーズとか、いつも何かのタイミングで毎回薔薇をプレゼントしてくれる。
しかし、毎日水を変えていても、生花だからいつかは枯れてしまう。
「あぁ、薔薇はね、ちゃんと枯れてはいるんだよ」
「枯れてはいる…?でも、綺麗な薔薇しか見たことがないですが…」
「ふふ、おまけの昔話、聞きますか?」
「!はいっ、聞きたいです!!」
俺は、ミルクティーをスプーンでかき混ぜながら、「あれはね…」と話し始めた。
お店をオープンさせてから、一週間が経った頃のことだ。
ここを建ててくれた大工さんたちが本当にお店に来てくれて、お仕事が休みの日に康二が遊びに来てくれた。そのおかげさまで、俺はなかなかに濃くて忙しい一週間を過ごさせてもらっていた。
今までお世話になった人や、今でも仲良くしてくれる旧友に、自分にできる形で恩返しできることが、ただただ嬉しかった。
一週間前、翔太からお店の真ん中でプロポーズをされた時にもらった薔薇の花束は、二階の部屋に飾りきれないほどに大きかったので、せっかくだからとお店の方にも飾った。
毎日水は変えていたけれど、切り花だからそう長くは保たない。
暖かい気候になってきたこともあって、萎れてしまうのがすごく早かった。
そろそろダメになってしまうかな、寂しいな、もう水からあげて、またドライフラワーにしようかな、なんて考えながら閉店作業のために、テーブルを一つ一つ拭いて回った。
全部の天板を拭き上げて、床の掃除を始めたころで、お店のドアが開いた。
翔太が帰ってきたようだ。
「涼太、ただいま」
そう言いながら、翔太は俺のところまで近付いてきて、その右腕でぎゅっと抱き締めてくれた。
「翔太、おかえり」
と返すと、俺の首に回された腕の力が少しだけ強くなって、翔太の背後からカサッと音が鳴った。
「?」
音のする方を見ると、翔太の手には何かの包みが握られていた。
「あぁ、これ」と思い出したように、翔太がそれを俺に手渡してくれた。
それは、薔薇の花束だった。
「今日、何かの記念日だったっけ?」
誕生日とか、記念日とか、俺と翔太との間にある大事な日を、大体は覚えているつもりだった。
しかし、今日は何かあったかと考えてみても思い当たらなかったので、俺は気になったまま翔太に尋ねた。
「ううん。記念日じゃないよ。でも、俺的にはちゃんと意味がある。」
「意味…?」
「うん、この間渡したのがもう枯れそうだったから。」
「見ててくれてたの?」
「うん。大事にしてくれるのが嬉しかったし、涼太が大事にしてるものを、俺も大切にしたいから。」
「ありがとう、すごく嬉しい」
どこまでも俺を大切に思ってくれて、それを行動で示してくれる翔太に、好きって気持ちが溢れてぎゅうぎゅうと胸に詰まっていった。
翔太は真面目な顔をしながら、俺の目を見て言った。
「これから先も、俺、ずっと、涼太に薔薇を贈り続ける。枯れちゃう前に、萎れちゃう前に。この家でずっと、涼太に枯れない薔薇を渡していくから。」
その日から、翔太は花が朽ちてしまう前に、欠かさず薔薇を買って帰っては、贈ってくれるようになった。
もらったものはなるべく形に残しておきたかった。
俺は、枯れてしまう前にプリザーブドフラワーやハーバリウムを自分で作ってみたり、ネットから注文できるお花の加工サービスをやっているお店に頼ってみたりした。
そんな生活は今でもずっと続いていて、気付いたときには、家も店も薔薇だらけになっていた。
この家の中で輝く薔薇たちは、翔太が尽きることのない俺への愛を伝えてくれるたびに、新しい命の炎を灯して咲き誇り続けている。
枯れてしまうことなどないように、俺も俺の愛で形を保って、朽ちてしまう前に永遠を閉じ込め続けている。
それはなんだか、俺と翔太そのままの姿のようにも思える。
翔太が与えてくれる愛を、俺が受け取った先で大切に守っていく。
崩れてしまいそうな時も、俺が補って、保っていく。
そしてまた、翔太が新しい愛を注いでくれる。
その繰り返しが、俺たち二人の愛の形なんだ。
そこまで話し終えたところで、阿部は机に突っ伏してしまった。
ゴンッ、と鈍く痛そうな音が部屋中に響くと同時に、下からドアベルの音が聞こえてきた。
あ、そうだ。今日は帰りが少し早いって言ってたな。
「翔太帰ってきたみたい、ちょっと待っててね」
そう声を掛けると、阿部は額を板に預けたまま俺にひらひらと手を振った。
玄関の前で翔太を出迎えると、翔太は俺を抱き締めてから、左手に持っていた花束を俺に差し出した。
「ただいま」
「おかえり、いつもありがとう」
君が贈ってくれる「枯れない薔薇」は、君と俺との、愛の証。
待たせた君に枯れない薔薇を
END
コメント
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うわわわわわそういう意味があったんですね!!!??!!ほんっとうに感動しました…😭ありがとうございます😭✨✨
タイトルにそんな意味が…!! もうゆり組最高だよーーーー😭😭💙❤️