テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
ひより
1,166
鷹槻れん

56,000
世羅 鈴🎨🎤
228,879
#ロマンスファンタジー
百はな🍑
4,538
(チッ……! 起きるのが早すぎるでしょうが!)
心の中で舌打ちしつつ、私はすぐさま顔に可憐な笑みを貼りつけた。
「まあ、殿下。魔法のお勉強と、皇族の儀式の予習をしておりましたの。少しでも、殿下の良き妻になりたくて」
「……本当か?」
「ええ、もちろんですわ♡」
(良き妻なんて、嘘も大概だけどね!)
現物資産が動かせないなら──。
(あんたには、私の逃亡計画のスポンサーになってもらうわ!)
うるっと瞳を潤ませ、羽織っていた彼の上着の襟を両手でぎゅっと握った。
「それに……殿下の上着を着ていると、なんだか安心しますの」
「安心?」
「ええ。まるで殿下に包まれているみたいで……♡」
「…………っ!」
(チョロくて助かるわ)
「ソフィア……お前は……本当に、ずるい女だ」
呆れたように呟きながら、私を抱き寄せた。腕の中にいると、まるで本当に大切にされているような気がしてしまう。けれど、前世の苦い経験から学んだ。
――距離が近いだけで、相手の心まで手に入ったような錯覚をしてしまう。
(そんなものは、ただのまやかしよ)
(勘違いしちゃ駄目)
何も期待しなければ、裏切られたときに傷つかずに済むのだから。
彼がどこか嬉しそうに目を細めた。
(……そっちこそ、そんな顔をするのはずるいわ)
そんな、私だけに見せる顔をされたら。
ちゅっ。頬へ、軽く口づけた。
「…………っ!」
たったそれだけで、カイル殿下の肩がびくりと揺れる。離れると、そこには口紅の跡が残っていた。
(これは、ただの気まぐれよ)
そう、自分に言い聞かせた。
***
しばらくして。朝から会議続きだったせいか、カイル殿下はソファへ深く身を預けていた。やがて、規則正しい寝息が聞こえてくる。
私は肩にかかった軍服の上着へ視線を落とす。 縫い付けられた大粒のサファイアと、純金のボタン。皇太子の正装にふさわしい、見事な装飾だ。
(……まあ)
私は目を細めた。
(当面の『軍資金』としては、悪くないわね)
サファイアの留め糸に指先をかける。
――ブチッ。
さらに純金のボタンへ手を伸ばす。
――ブチッ、ブチブチッ!
(よし♡)
糸くずのついた戦利品を、ドレスのポケットへ滑り込ませた。
「ん……」
その時。眠っているカイル殿下の右手が、何かを探すように動いた。私がいなくなったことに気づいたのか、指先が宙をさまよっている。
「……まったく。手のかかるワンちゃんね」
ソファの隅に置かれていた、古びたクマのぬいぐるみを手に取った。
(……物に執着しないと噂の殿下の部屋に、どうしてこんなものがあるのかしら?)
古びているのに、丁寧に手入れされている。けれど今は、詮索している場合ではない。
(ほら。私の代わりに、この子でも持ってなさい)
クマの小さな前足を、カイル殿下の手へ握らせる。すると――ぎゅっ。
「…………」
握った。
(……可愛い)
「って、何考えてるのよ、私!」
ぶんぶんと首を振る。装飾がなくなった軍服を脱ぎ、ソファの背もたれへ戻した。
頬には、赤い口紅の跡。手には、古びたクマ。本人は何も知らずに、すやすやと眠っている。
「…………」
(はあ。顔がいいせいで無駄に絵になるわね)
私は知らん顔をして、足音を立てずに執務室をあとにした。
***
「……お嬢様、おかえりなさいませ。って、――ええぇっ!? どうしちゃったんですか!?」
自室に戻るなり、アンナが目を丸くした。無理もない。ドレスの片方のポケットだけが、ボコボコに不自然に膨らんでいるのだから。
「これを秘密の金庫へ」
ポケットに手を差し入れ、サファイアと純金のボタンをテーブルの上へ置いた。
――コトコトッ。
「…………」
アンナの顔が引きつった。
「お嬢様……」
「何かしら?」
「これ……カイル殿下の軍服についていた装飾ですよね?」
「あら。よく分かったわね」
「それくらい分かりますよ!」
アンナが糸くずのついたサファイアをつまみ上げる。
「かなり大胆に取って――いえ、盗ってきちゃったんですね……! もう、びっくりですよ!」
「失礼ね」
私は胸を張った。
「カイル殿下からの、『愛する妻へのプレゼント』よ♡(大嘘)」
「絶対に違いますよね!?これ、普通に考えれば窃盗罪ですよ!?殿下にバレたらどうするんですか!」
アンナが頭を抱えた。
「大丈夫よ。殿下は気づいても、何も言えないはずだわ」
「え……どうしてですか?」
「だって、私を抱き寄せたときに取れたのかも……なんて思ったら、あの初心な殿下が確認なんてできるわけないじゃない? 一人で反省するのが関の山よ♡」
「そんなに大量に取れます!?」
「さあね」
「さあね、じゃありませんよ!」
アンナが盛大なため息を吐いた。
「……まったくもう、お嬢様ったら。とんだ悪党ですね! 殿下の純情がちょっとかわいそうになっちゃいますよ!」
そう言いながらも。その手は実に手際よく、サファイアと純金のボタンをベルベットの布で包んだ。そして秘密の金庫へと収めていく。
(さすが私の侍女)
口では止めても、仕事は完璧だ。
「褒め言葉として受け取っておくわ」
不敵に微笑む。
「さあ、プランBよ。過去三年分の『皇宮の予算明細書』を持ってきてちょうだい」
「さ、三年分ですか!? けっこうな量になっちゃいますけど……お嬢様、マジですか!?」
「ええ、本気よ」
持ち出せないお宝はいったん諦める。
(宝物庫が駄目なら――次は帳簿よ)
私は、金庫の方に目を向けた。
(これを元手に――怪しい数字を全部洗ってやるわ!)
コメント
1件
あらら、ソフィアったら相変わらずの悪女っぷりですね(笑) カイル殿下の上着からサファイアと金ボタン毟り取るところ、思わず声出して笑っちゃいました。でも、チュッて頬にキスしたあと「ただの気まぐれ」って自分に言い聞かせてるところとか、ぬいぐるみ握らせるシーンの可愛さとか、ちょっと心揺れてるのが伝わってきてニヤニヤしちゃいます。アンナとのやりとりも最高で、このコンビ好きだなあ。逃亡資金作りのために予算明細書ですか…次が楽しみすぎます!