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笑みを浮かべたウェイトレスが、スマートフォンのカメラを構えた麗に向かってゆっくりと蒸籠の蓋を開いた。


「わあっ!」

湯気がフワッと広がり、麗は思わず小籠包が動くわけでもないのに連写した。

明彦に以前、お下がりでもらったスマートフォンには高画質カメラがついているものの、普段はあまり使わないので、いい機会とばかりに写真を撮りまくる。

スマートフォンの待受は最も美しく写った小籠包で決定である。

麗はスマートフォンを置き、お箸を右手にレンゲを左手に持った。


「いただきます!」

麗はそっと小籠包の頭を箸でつまみ、レンゲに乗せた。


「熱いから気を付けろよ」

「はーい」

テーブル席の反対側に座った明彦の忠告など麗の耳には入ってこない。

まずは何もつけずにそのままを楽しもうと、箸で小籠包の端を破った。

ジュワっと肉汁のスープが溢れ、レンゲを少しでも傾けたらこぼれてしまいそうだ。こんなに小さいのによくぞここまで肉汁を貯めていた。

麗はそっとレンゲに口をつけた。


「あつっ!」

唇と舌が少し痺れ、慌てて水を飲む。

「大丈夫か?」

「へーき」

麗は言うや否やもう一度口をつけた。


外気に触れて少しだけ冷めた肉汁のスープが口の中で広がる。全て飲み干し、残った皮と肉を一気に口にいれた。

「はあ……美味しい」


麗は恍惚とした。

流石は世界でトップ10に入るといわれるレストランだ。

正直に言うと、外観は普通の古いビルで、前に小籠包らしきマスコットが置いてあるものの、大して儲かっているようには見えない。

朝食を食べずに早い時間に行ったので、あまり待たずに入れたが、二階の窓際の席から下を見てみると、どんどんと人が店の前に増えていき、麗の期待値も上がっていった。

そして今、これは、麗の予想を遥かに上回る美味しさである。


「そりゃ、良かった」

明彦がクスりと笑いながら小籠包を箸にとった。

(しまった)

小籠包に夢中になって我先にと勝手に食べ始めてしまった。

「うん、確かに上手いな。麗、冷めるから早く食え」

明彦は麗の無作法を気にしていないようで二つ目に箸をつけたので、麗も詫びて雰囲気を壊すよりかはと追随する。

今度は生姜を乗せて食べる。

濃い肉汁のスープにさっぱりした生姜が絡まり、やっぱり美味しい。

「幸せ……」

麗は感動すら覚えていた。


ほう、と余韻すら堪能していると、ウエイトレスがエビチャーハンを運んできてくれた。

注文の時にご飯ものは食べるかと明彦に聞かれたが、麗はそんなに食べきれないと断ったので、三つ目の小籠包に口をつけた。

小籠包は小さいので、麗はつるりと食べてしまう。

一方の明彦は箸休めには胃に重そうなチャーハンを食べている。

エビチャーハンだけあって、見ただけでもエビの量がすごい。

チャーハンの主役は米じゃない、エビである俺だ! と主張しているかのようだ。


「美味いからこれも食ってみろ」

明彦がヒョイとチャーハンの乗ったレンゲを麗の前に持ってきた。

スキンシップは多いが、そこまでのことはしたことがなかったので、一瞬迷ったものの、素直に口を開け、そのまま食べさせてもらう。

「ほんとだ、美味しい」

エビの風味が凄い。

やはり、エビが主役だと麗は確信した。

脇役の米と卵は名俳優で、油っぽすぎたりせず、ほどよく薄味でいくらでも食べられそうだ。


「ほら、もっと食え」

「うん、ありがとう。こんな経験は二度とできへんからいっぱい食べるわ」

「馬鹿言え、日本にも支店があるらしいし、本店が気に入ったならまた台湾まで連れて来てやる。お前は一生俺といるんだから」


麗はふっと真顔になった。

明彦がまた麗を連れてくれる。少し年を重ねて中年になり、また年を重ねて老人になる。

明彦と劇的な恋に落ちる女刑事なんて登場させず、明彦の歴代の恋人達も、まして姉すら登場させず、明彦と麗が二人で美味しい物を食べているところを想像してしまった。

「……うん、ありがとう」

あまりにも分不相応な空想を麗は早々に忘れることにした。

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