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The Russian Roulette Of Feelings.
隼斗篇
僕の棲息する処は陽の当たる表通とは違って通路の整頓を失い無秩序に種種な住居が怠惰なく侘しい。
他処から訪う者は方向感覚すら狂ってしまう道程に先を往くのを阻まれる。都市計画から外れた路地裏は窮迫の細民が潜むように暮らしていた。
僕の部屋は第二次世界大戦の終戦直後に建てられた鉄筋コンクリートの所謂外人住宅で半分間借りして約半年になる。過酷な天候に晒されたコンクリートの風化は壁に貼りつく塗料の記憶を失い黒黴た滲みが虚しさを増殖する。こんな侘しい建物が昔は米軍基地の関係者が住居として使っていたらしいが築百年以上も経過すると寂寥の箱詰めだ。得体の知れない害虫が地下から湧き出してきて部屋の壁を徘徊している。
壁を蠢く虫を眺めて煙草を燻らせる。尖いだ唇で吐き出した紫煙は側壁の虫を威嚇させた。名も知らない虫だ。近頃急に見かけるようになったから外来種に違いなかった。
視線の先にある暦は7月半ば四日分捲り忘れている。何故捲らなかったのか事情を返り見る暇はない。僕は大学の宿題に追われて精神的な余裕を失っていた。
「ごほん、ごほっ、ごほっ」慣れない煙草に咽ながら卓袱台に無雑作に置かれた小銭と眼鏡を摑んで外へ出た。
一頻り蝉時雨の刻、強烈な太陽光線を避けて部屋に籠るのは日光過敏症なる僕の自己防衛だ。陽の下を歩くなら日が暮れかかった頃合からだが「いま何時だ」『現在の時刻18時57分38秒です』音声アシストで時間を確かめても実感が湧いてこない。「Heyロイ、日の入り時刻を検索して」『了解2068年7月15日日の入り19:24:50です』
「これに先刻の時間を60進法で計っても日没まであと27′12″か」
もう直ぐ7時になるのに空はまだ真昼のように明るく少し外を歩いただけでも首筋から大量の汗が流れ出た。四方コンクリートに囲まれた街は日中温存した熱を放射し夜も容赦ない。
いまから19年前、地球温暖化を食い止めようとして碧京議定書が採択されたが世界はこれに従った訳ではなかった。ここより更に南方の孤島は30数年前海底に沈んで完全に消滅した。僕が生まれるずっと前だから古過ぎて検索してもヒットせず島の名を知るのは容易ではない。ここは大量の土砂が大陸から搬入されたと聞いた。海進で沈みかけた島を救済したのが狠民連合国である。寧ろ以前より島土が広くなり当時の島民は泣いて喜んだと義務教育で習ったが事実かどうか怪しいものだ。歴史を調べようにも検索サイトはネット検閲で制限され、島の保有していた図書館や博物館は当の昔に廃止機構となり現在は狠国の管轄する新たな教育データバンクが建設中だ。生き字引の長老に尋こうにも近頃では国家のプロパガンダが成功して自主規制が流行っているから最早この国で真実は探せない。
しかし温暖化彼是とやかく言っても僕に策はなし、いまさら灼熱地獄に狼狽えたって、どうせ地球は海進海退を繰り返すのだから人間がどう足掻いてもその時はやって来る。人類は地球規模の海水準変動にまで影響を及ぼし海進の時期を促進したが、神の領域まで力を及ぼした人類は氷河期に頭を突っ込んで冷やさない限り反省もない生物だ。次の海退まで待つしかない・・・僕はいったい後何千年何万年先を思い浮かべて地質時代のことまで妄想しているのだろう。
僕は根っから不真面目にできていて直面した物事を深刻に捉えない惰性がある。僕らのような無責任な人間がいま此の様な事態を引き起こしたのだ。あの時代もっと真剣に環境問題に取り組んでいたら世界は幾分ましだったのだろうが、少なくとも現在の此処よりは。
珊瑚は殆ど絶滅しかかって海洋はサメしか見かけなくなった。僕の幼少期にはまだイルカやマナティやナポレオンにも出会えたのに海は年々遠くなる一方だ。島の海はいま死に直面している。