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隼斗篇
帰宅ラッシュの時間帯で道路は交通量が増してきた。絶間なく鳴り響く騒がしいエンジン音に蝉時雨は掻消され僕の鼓膜に届かなくなった。万事を洞察したらしく鴉は電信柱の上から見下ろして「car」と鳴いた。
「英語圏の鴉か?」
車道の左右に街路樹は鬱蒼と生茂って中に雀たちが羽を寝めに集まって来た。僕は一層鴉が気になりだした。この島に生息する鴉は人間が破棄る残飯を漁ることはない。殆どは北部地方の山間に生息し果実や昆虫や小さな野鼠などを捕食する。しかし最近は少し異変が起き都心では殆ど見なかった鴉の姿がぽつりぽつりと一羽二羽現れるようになった。
鴉は喰うか喰われるかの弱肉強食で言えば捕獲者だ。それもずっと上の強者の方。何故なら誰も鴉を捕食しないからだ。鷲とて鴉は食うまい。僕は不図考えた。肉食動物とは不味いものなのか、草食動物の兎や牛は調理されても肉食動物の獅子や豹が調理された話はまだ聞いたことがない。弱肉強食とは正しいのか、単に旨い肉は喰われ不味い肉は喰われないだけの話ではないか・・・。
また僕の一癖がでた。
「考えるのはよそう」こんな煩わしい性格だから友達もできないのだ。
そうこう歩いていると道端で中学生が屯している前を通った。如何にも我儘そうな顔をしたひとりが焚いたままの煙草を指に摘んで歩道に投げ捨てた。僕の脚下まで転がってくると見過ごす訳には行かない。一応先輩として一言謂う「おい、拾え」小柄な中学生が巨漢な僕に怯んだか案外素直に捨てた吸殻を拾い火を消した。「外で吸うな」僕が一言つけ加えたら彼は急に安堵の表情を浮かべ「なんだ」と人懐っこく無邪気に笑って見せた。黒縁眼鏡の僕は生徒指導の教師か中央政府の監視員か何かと思ったのか緊張して損をした様子だった。
「外だと奴等に露見るぞ。家でな、あ、いや、大人になってからな」
「うぃーす」島の中学生は素直で可愛い。
諸方喫煙者は隅に追いやられていても、現在の処自宅まで喫煙禁止の法規制はない。近頃は大麻やドラッグが低年齢層にまで侵食して害を及ぼすようになったが考えると中高生が隠れてする喫煙や飲酒なんてまだ無邪気なものだ。
しかし身分証があって親の御使いでも彼らは煙草も酒も購入する事は出来ず自動販売機ですら指紋認証システムで弾かれる。つい最近まで顔認証システムだったのだが再生医療のマスク(人工皮膚)整形で年齢未確認判定が激増し80歳の老人も10代と誤認するようになったから現在では指紋認証か生体認証が主流となった。そして猶且煙草にかかる税負担率は十割を超え煙草は毎年1弗ずつ値上がりしているからドラッグより高価な品物になりつつある。
未成年は煙草一箱すら入手し難い、だがドラッグは年齢制限なしに誰でも手に入る極めて陰に言わず語らずとも。
禁煙席を詰将棋のように世界中が駒を指しても、禁ドラッグ席を未だに詰められないのは何故であろう。
王手をかける相手を間違えている気がするのは僕だけだろうか。
愚にも付かない思案している中、目的地に着いた。先刻の鴉もここに飛んで来て何かを狙っている。鴉の目線の先を見たら小さな子猫が路に迷っていた。
「あいつめ」
僕は慌てて道端の石を探し二、三個鷲摑んで透かさず鴉に対って投げた。そのうちの一個が的中って鴉は「あー」と捨て台詞を吐き何処かへ飛んで行ってくれた。僕は胸を撫でおろした。
僕は北部の名護街で生まれ育った。先祖は琉球王国の士族で読谷山間切の脇地頭、瀬名波親雲上だと曾祖母に聞いた事がある。だから本当は読谷道が魂の故郷。だけど123年前の戦後、米軍基地に土地を接収され親族はばらばらになってそれっきりだ。
曾祖母に海が綺麗な処だったと聞いたけど、僕は殆ど名護しか知らない。名護に棲む鴉は阿漕で猫や犬でも引き摺りまわして揶揄う油断為らない相手だ。
「はやく家に帰れ」
子猫をあまり目立たなさそうな路地裏まで連れていって其所に置いた。案の定逸れた子猫だったらしく直ぐに親猫が僕の脚に纏わりついて来て「にゃあ」礼をひとつ述べたから僕も「にゃあ」と返事をした。
「猫は草食動物じゃないのに喰うと旨いのだろうか」ふと先刻の鴉を思慮い、こんな可愛い子猫を目前に僕はとんでもない事を考える。
「鴉は何故猫を狙うのだ」また僕の途方もない妄想は迷路を余計複雑にする。もう何も考えるなと自分に云い聞かせて、直ぐに先刻の目標地点に戻った。
僕はどうしてこうも加減なく余計なことばかり沸起こるのか自分が本当に厭になる。
僕はかなり神経質な性格だ。机上に置かれた書籍の位置やペンの配置もすべて決まっていて頻繁に使うバトラー(執事型眼鏡電話)と小銭以外の所有物は何であっても整然としている。
少しでも傾きに気づくと直ぐに机の垂直線に沿って縦横揃えてないと気が済まない性分で、頭の中でも縦横右往左往あれこれ思いを巡らせるのだ。答えが出るまで考えようとしても答えなど出た試しもないのに神経衰弱を延々と繰り返すのである。
裏と表と表と裏とカードをひっくり返しては何度も失敗ばかりして、嘲笑うjokerに切札も出てこない。さてと、僕は何しに此所へ来たのだ。ふと脚が止まった。
「夕飯を買いに来たんだった」ゼミのレジュメと道路工事の掘削員と必修科目狠語の宿題と、講義の選択を少し後悔した難し過ぎる哲学の小論文と、大嫌いなテストと専攻する経済学科に関する諸々の講義と煩わしい時間割のパズルと、そしてまた増えた幾多のレジュメと高額な授業料を支払い続ける為に親なき者は必然的に強いられる闇工場のブラックバイトの残業と、僕は毎日することが多すぎて疲労が溜まっている。
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