【side:千景】
せっかく謝罪のチャンスを貰えたのに、あれから仕事が急に忙しくなり全然予定を開けられずにいた。
やっと仕事が落ち着いた月曜日の夜、緊張しながらツキへメッセージを送るとすぐに返信が来た。
仕事終わりに駅前で待ち合わせをする事になった。
『なんとか謝罪して許してもらいたい…』
都希へのほのかな恋心を意識してからは、あの頃の様に都希くんの笑顔をもう一度見たいと思っている自分が居た。緊張する…。
あの時はもう一度チャンスをくれたけど、時間も経ってしまったし、もしかしたら今日こそ来てくれないかもしれない…。スマホを気にしながら待つ。
「日渡さん…。」聞き慣れた声がして顔を上げるとツキが居た。ほぼカウンター越しやベッドで過ごす事しか無かったので、マジマジと隣に並んだツキとの身長差にキュンとしてしまう。無表情で態度は冷たいが律儀にちゃんと来てくれた事が嬉しかった。
「あ!ツキさん…。」
「どこ行くの?ご飯?」
これまでの事が何でも無いかの様に自然にツキに話しかけられた。来てくれたとしてもきっと不機嫌かもしれないと思っていたのに、あまりの自然な態度に拍子抜けしてしまった。
「え?あ、えーと…。」どうするか決めてきたのに、間抜けな態度を取ってしまった。昔はゲームが好きだって言ってたけど…。今は分からないし、そんな事は聞けない。実はツキの事を何も知らない…。昔も今も。外で会いたいと自分から言ったのにどうするのか考えた時に今更その事実に気が付いた。
「まずは飲みに行こう!」
「…いいよ。」普段のツキの様子から捻り出した結果、雰囲気の良い個室のある居酒屋を予約しておいたのでそこへ行く。
「ここ、おすすめの店なんだ。酒も、料理も美味いから!」
『喜ぶかな?』お酒の好みを話しながら美味しい料理を食べて少しでも笑ってくれるツキを想像しながら決めた。ここから今までのわだかまりを少しでも解く事が出来たらと、期待しながら入った。
・・・・
席に着いてメニューを開いていると都希が話し始めた。
「実は僕、お酒飲めないんだよね。と、いうか飲まない様にしてて、仕事中はマスターにも禁止されてるんだよね。僕、酒癖悪いらしくて…。」
めちゃくちゃショックだった。バーで働いてるからてっきり飲めるんだとばかり思っていた。まさか飲めないとは…。
「そうなの?知らなかった。ごめん…。」それしか言葉が出てこなかった。
そんな事も知らずにバー常連を気取ってた自分が恥ずかしくなった。
「でも、居酒屋のご飯は好きだから。ここで大丈夫。何がおすすめなの?」気を遣わせてしまった気まずさで落ち込んでしまい、正直、あまり会話も弾まなかった。仕事の営業成績はトップなのに、そんな事は全く役立たない。
何でも食べられると言っていたので色々と頼んだ。
「美味しい。」
お箸の持ち方が綺麗なんだが…。前は気付けなかった一面を知って込み上げてくるものがあった。
他にはどんな一面があるのか?ツキのそんなとこばかりをグラスを持ちながら探していて食欲もあまり湧かなかった。
「食べないの?」不思議そうに聞かれた。
「酒飲めれば良いから!」と、俺は酒に逃げ、モグモグ食べているツキを肴にビールを飲んだ。
・・・・
やばい酔ってきてる。
普段は調整出来るのに緊張してちょっと飲み過ぎてしまった…。でも次こそ挽回しなくては!
「次はここなっ!」
「わかった。」
再会してからはツキと身体を一緒に動かすのはベッドの上だけだったので、本当に健全に運動が出来る場所へ来てみた。楽しく運動している内にツキの得意な事とか好きな物がもっと知れるかもしれない。
今の所知れた事は、酒は飲まない。箸の使い方が綺麗。好き嫌いは無い。もっと知りたかった。でも店内へ入ろうとすると、少し申し訳なさそうにツキが話し始めた。
「あのさ、運動系ってあんまり得意じゃないんだけど良い…?頑張るけど。」
「へ?あ、そうなの?」
何から何まで外した。
「じゃあ、じゃあやめよ!なんか、またごめん…。」
酒が回って来ていた事もあって、居酒屋の時とは違い、極端に明るく振る舞いながらもショックを受けていると、「この前から謝ってばっかりだね。」と、少し困った顔ではにかみながら都希が笑っていた。
このタイミングで笑いかけてくれた事にちょっと泣きそうになった。
「あのさ、僕の行きたいところも行っていい?」
ツキからの提案で付いて行く。
先を歩くツキの少し後ろを歩いていると、散歩されてる大型犬と飼い主の位置にしか見えないだろう。落ち込み過ぎて今の俺は隣を歩けない。他のセフレ達が楽しそうにツキと歩く姿が羨ましくなった。何もかも外して俺はツキを笑わせてあげられていない。
もう終わってしまう。最悪だ。ちゃんとした謝罪も2人の関係性をやり直す事も何も出来ずに明日からは知り合い以下の他人になってしまう。
良いところなんて何にも見せられなかった。
最悪。本当に最悪だ。
・・・・
ツキが行きたい場所…どこなのか今の俺には予想すら出来ない。特に会話する事も無くツキの靴のかかと見つめながら暫く歩いた。
「着いたよ。ほら、ここ。」
顔を上げると夜景と月がちょうど良いバランスで見えた。
「なんか、月が大きく見える気がする。」思った事を口にした。
「僕、月が好きなんだ。本当にたまにだけど、気が向いたら見に来たりしてる。」
そう言ってまた少し笑っているツキを見て、兄貴を引っ張り出してツキのせいにした事を心底悔やんだ。
そして完全に目の前のこの人を好きだと思った。
「今まで本当にごめん…。」
「……もう良いよ。何であんなに怒っていたのか分からないけど、バラさないって謝ってくれたから。なんか今日も頑張ってくれてたし。僕がちゃんと付き合えなくて申し訳無かったけど。」
そう、怒ってたよ。自分勝手に。本当にごめん。
「…まだ関係を終わらせたく無い…。」
情け無い。小声でしか縋り付けないなんて。断られたら終わりだ。もしそうなったらどうしたら良いんだ。
「そっか…でも僕、君とは何回もしたけど、本当は一回きりって決めてるし、本命は作らない主義だから。セフレになっちゃうよ。」
気付いていたものの、あまりにもサラっと言うので驚いた。
でも答えは一つしかない。
「それでも良い。」すぐに答えた。他人にならないで済むなら何だって良い。もう嫌われたくない。都希くんとの時間が欲しくて堪らない。
「ふふ。今までは脅されてたから優先的に君の処へ行ってたけど、セフレでも本当は断る時もあるし、気付いてるだろうけど他の人もいるから。日渡さん1人じゃないけどそれでも良いの?」
日渡さんか…。
「千景。千景って呼んで。俺の方が26だから年下だし。そう呼んで欲しい。」
名前を呼んでくれ…。
「まぁ、僕は30歳超えてるから確かにお兄さんだね。
分かった、宜しくね千景。はじめまして。僕は東 都希。僕も都希でいいよ。」
『はじめまして』と言ったその笑顔は、俺の知っている都希くんの笑顔だった。
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