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【side:千景】
せっかく謝罪のチャンスを貰えたのに、あれから仕事が急に忙しくなり全然予定を開けられずにいた。
やっと仕事が落ち着いた月曜日の夜、緊張しながらツキへメッセージを送るとすぐに返信が来た。
仕事終わりに駅前で待ち合わせをすることになった。
(なんとか謝罪して許してもらいたい……)
都希へのほのかな恋心を意識してからは、あの頃のように都希くんの笑顔をもう一度見たいと思っている自分が居た。
緊張する……
あの時はもう一度チャンスをくれたけど、時間も経ってしまったし、もしかしたら今日こそ来てくれないかもしれない。
スマホを気にしながら待つ。
「日渡さん」
聞き慣れた声がして顔を上げると、ツキが目の前に立っていた。
今までは、カウンター越しや、ベッドで過ごすことしか無かったから、直接隣に並んだツキとの身長差にキュンとしてしまう。
無表情で態度は冷たいけど、律儀にちゃんと来てくれたことが嬉しかった。
「あ、ツキさん」
「どこ行くの?ご飯?」
これまでのことが何も無かったかのように、自然にツキに話しかけられた。
来てくれるとしても、不機嫌なんだろうと思ってたのに、あまりにも自然な態度に拍子抜けしてしまった。
「え?あ、えーと……」
どうするか決めてきたのに、間抜けな態度を取ってしまった。
昔はゲームが好きだって言ってたけど。
今は分からないし、そんなことを急には聞けない。
外で会いたいと自分から言ったのに、ツキのことを何も知らない……今更その事実に酷く落ち込んだ。
◇
「まずは飲みに行こう!」
普段のツキの様子から捻り出した結果、雰囲気の良い個室のある居酒屋を予約しておいたのでそこへ行く。
「……いいよ」
そこならきっと大丈夫。そう、思っていた──
「ここ、おすすめの店なんだ。酒も、料理も美味いから!」
(ツキ、喜ぶかな……)
酒の好みを話しながら美味しい料理を食べて、少しでも笑ってくれるツキを想像しながら決めた。
ここから今までのわだかまりを少しでも解く事が出来たら…と、期待しながら店へ入った。
◇
席に着いてメニューを開いていると都希が話し始めた。
「……実は僕、お酒飲めないんだよね。と、いうか飲まないようにしてて、仕事中はマスターにも禁止されてるんだよね。僕、酒癖悪いらしくて」
めちゃくちゃショックだった。
バーで働いてるから、てっきり飲めるんだとばかり思っていた。
まさか飲めないとは……
「そうか、知らなかった。ごめん……」
それしか言葉が出てこなかった。
そんなことも知らずに、バー常連を気取ってた自分が恥ずかしい。
「でも、居酒屋のご飯は好きだから。ここで大丈夫。何がおすすめなの?」
気を遣わせてしまった気まずさで落ち込んでしまい、正直、あまり会話も弾まなかった。
仕事の営業成績はトップなのに、そんなことは全く役立たない。
何でも食べられると言っていたので、色々と頼んだ。
「美味しい」
ツキは取り分けた皿の料理を食べながら、つぶやいている。
初めてツキと外食をしていることを噛み締めながら、ツキを観察した。
箸の持ち方が綺麗だ……
前は気付けなかったツキの一面を知って、込み上げてくるものがあった。
他にはどんな一面があるのか……ツキのそんなとこばかりをグラスを持ちながら探していて食欲もあまり湧かなかった。
「食べないの?」
不思議そうに聞かれた。
「酒飲めれば良いから!」
と、俺は酒に逃げ、モグモグ食べているツキを肴にビールを飲んだ。
(……やばい、酔ってきてる)
普段は調整出来るのに、緊張してちょっと飲み過ぎてしまった。
でも、次こそ挽回しなくては!
そう思いながら居酒屋を出た。
◇
「次はここなっ!」
「わかった」
再会してからは、ツキと身体を一緒に動かすのはベッドの上だけだったので、居酒屋の次は本当に「健全な運動」が出来る場所へ来てみた。
楽しく運動している内に、ツキの得意なことや、好きな物がもっと知れるかもしれない。
今の所知ったことは──
酒は飲まない。
箸の使い方が綺麗。
好き嫌いは無い。
もっとツキを知りたかった。
ところが、店内へ入ろうとすると、少し申し訳なさそうにツキが俺の服を掴んで引き留めてきた。
「え?どうした?」
「あのさ、運動系ってあんまり得意じゃないんだけど、それでも良い……?頑張るけど」
「へ?あ、そうなの?」
何から何まで外した。
「じゃあ、じゃあやめよ!なんか、またごめん……」
酒が回っていることもあって、居酒屋の時とは違い、極端に明るく振る舞いながらもショックを受けていることが顔に出てしまった。
「この前から、謝ってばっかりだね」
と、少し困った顔ではにかみながら都希が笑っていた。
(俺の必死さが滑稽だったんだろうか……それでも、こうして笑ってくれるのが嬉しかった)
このタイミングで笑いかけてくれたことに、ちょっと泣きそうになった。
「あのさ、僕の行きたいところも行っていい?」
まさかのツキからの提案で、ついて行く。
先を歩くツキの少し後ろを歩いていると、散歩されてる大型犬と飼い主の位置にしか見えないだろう。
落ち込み過ぎて、今の俺はツキの隣すら歩けない。
他のセフレ達が、楽しそうにツキと歩く姿を急に思い出して羨ましくなった。
何もかも外してしまった俺は、ツキを笑わせてあげることも出来ていない。
もう、終わってしまう。
……最悪だ
ちゃんとした謝罪も、二人の関係性をやり直すことも、何も出来ずに明日からは知り合い以下の他人になってしまう。
良いところなんて何にも見せられなかった。
本当に俺は最悪な奴だ──
◇
ツキが行きたい場所……どこなのか、今の俺には予想することすら出来ない。
特に会話することも無く、ツキの靴のかかと見つめながら暫く歩いた。
「着いたよ。ほら、ここ」
顔を上げると、高層ビルの夜景と、空で輝く月がちょうど良いバランスで見えた。
「なんか、月が大きく見える気がする」
目の前の風景が、まるで額縁で切り取った絵のように見えて、思ったことを口にした。
「僕、月が好きなんだ。本当にたまになんだけど、気が向いたら見に来たりしてる」
そう言って、また少し笑っているツキを見て、兄貴を引っ張り出してツキのせいにしたことを心底悔やんだ。
──そして
俺の目の前に立つこの人を、完全に好きだと思った。
「今まで本当にごめん…。」
「……もう良いよ。何であんなに怒っていたのか分からないけど、バラさないって謝ってくれたから。なんか今日も頑張ってくれてたし。僕がちゃんと付き合えなくて申し訳なかったけど。」
──そう、怒ってたよ。自分勝手に。
本当にごめん。
言えないことだらけだけど、これだけは伝えておかないと──そう思って、何とか小さな声で言葉を搾り出した。
「……まだ関係を終わらせたくない」
本当に情け無い。
一番伝えたい言葉を、小声でしか縋り付けないなんて。
断られたら終わりだ。
もしそうなったら、どうしたら良いんだ。
すると、少し考えるように間を置いてからツキが話し始めた。
「そっか……でも僕、君とは何回もしたけど、本当は一回きりって決めてるし、本命は作らない主義だから。……そうすると、セフレになっちゃうよ」
気付いていたものの、あまりにもサラっと言うので驚いた。
でも、答えは一つしかなかった。
「それでも良い」
すぐに答えた。
他人にならないで済むなら、何だって良い。
もう、嫌われるようなことはしたくない。
都希くんとの時間が欲しくて堪らなかった。
間髪入れず、さっきより大きな声で答えるとツキが緩く笑った。
「ふふ。今までは脅されてたから優先的に君の処へ行ってたけど、セフレでも本当は断る時もあるし、気付いてるだろうけど、他の人もいるから。日渡さん一人じゃないけどそれでも良いの?」
日渡さんか……
「千景。千景って呼んで。俺、二十六だから年下だし。そう呼んで欲しい。」
(名前を呼んでくれ……)
「まぁ、僕は三十路も超えてるから確かにお兄さんだね」
(これからも一緒にいたいんだ……)
「わかった。宜しくね、千景。──じゃあ、はじめまして。僕は東 都希。僕も都希でいいよ」
『はじめまして』
そう言ったツキの笑顔は、俺の知っている、あの頃の都希くんのままだった。
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