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白山小梅
12
#借金
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催事場で物産展をやっていたためか、午後になると買い物を終えた客が店にやってきて、少しばかり忙しくなる。
それが落ち着き始めた夕方に、店先に見覚えのある女性が立っているのが見えた。それは昨日のスーツ姿とは違い、白いニットにデニム、トレンチコートを着た鮎川だった。
驚いた春香は鮎川の元へ駆け寄るが、何故彼女がこの店を知っているのか不思議に思い、少しばかり警戒してしまう。
瑠維くんが伝えたのだろうかーーだとしても、どうして彼女が私に会いにくるの?
春香が鮎川に向かって頭を下げると、彼女も軽く頭を下げた。
「鮎川さん、ですよね? あの、昨日は瑠維くんのことを教えてくださってありがとうございました」
「いえ、こちらこそ突然すみませんでした。本を読んでくださったそうですね。先生から伺いました」
「つい気になって……あれからすぐに買いに行ってしまいました」
それから春香の疑問に答えるかのように、鮎川が口を開く。
「何故私が来たのか不思議、という顔をされてますね。あなたのことを先生に聞いたわけではないのでご安心ください。たまたま隣のお店で化粧品を購入してるんです。買い物に来たら佐倉さんのお姿が見えたので、こちらに立ち寄らせていただきました」
「そうだったんですか」
満面の笑顔の裏で、鮎川がライバル店の客だということが気になってしまう。
いや、あちらの会社のアイシャドウのパレットは使い勝手がいいし、ファンデーションのカバー力は素晴らしい。
でもうちの会社の口紅は長時間でも落ちにくいし、ファンデーションのきめ細やかさは、どこのものより毛穴を目立たないし、艶やかな肌にしてくれる。
是非うちのも使って欲しいーーそう思うものの、瑠維の仕事の関係者だし、そこまで踏み込んでいいのか迷ってしまう。
すると鮎川は棚に並んでいたアイシャドウのパレットを眺めながら、
「この商品、コマーシャルで見てから気になっていたんです。試すことはできますか?」
と春香に話しかける。
「も、もちろんです! コマーシャル見ていただけたんですね。嬉しいです。どちらのお色味がお好みですか?」
「そうですね……あまり派手なのは好きじゃなくて」
「ではこちらのマットなカラーのものはどうでしょう。きっと肌色にも合うと思いますよ」
鮎川は春香が紹介した商品をじっと見つめてから頷く。
「じゃあこちらでお願いします」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
春香は商品を手に取ると、鮎川をカウンターへと案内した。
鮎川をカウンター前の椅子に座らせると、春香はメイクの準備をしていく。
「それにしても驚きました。まさか佐倉さんのお勤め先がこちらだったなんて」
「就職してからはずっとこの店舗に勤務しているんです。それなのに瑠維くんが近くに住んでいることも最近知ったくらいなのでーーあっ、アイメイクを落とさせていただきますね」
目を閉じた鮎川の目元のメイクをそっと落としていくと、彼女が小さく口を開いた。
「お二人が上手くいったようで安心しました。何しろ『Love is blind』のラストは謎に包まれていましたから」
「えっ、でも身を投げたって……」
「そうです。身を投げたところで終わっているんです。だから読者の中ではその後について様々な論争が繰り広げられていて、そのまま死亡説、一命をとりとめて新たな人生を歩む説、そして初夏と結ばれる説」
「そうだったんですか……私はてっきりそのまま亡くなってしまったと思っていました」
「読み手もそれぞれの想いを持っていますから。こうあって欲しいという希望を重ねるんでしょうね」
目元にベースメイクを施しながら、鮎川の言葉に耳を澄ませる。きっと彼女自身もあの作品を読み、自分なりの思いを重ねているに違いない。
「先生がラストを曖昧にしたのは、佐倉さんとの未来を夢見ていたからだと思うんです。いつか再会して、結ばれる日が来ることを願っていたーー」
鮎川は目を開くと、鏡越しに春香を見つめる。
「私もそのラストを願っていた読者の一人なので、お二人が結ばれたことに喜びしかありません」
「……そんなに彼が想ってくれていただなんて知らなかったんです。でも今回……実は私がストーカーのことで悩んでいて、手を差し伸べてくれたのが彼でした」
すると鮎川は目を見開き、驚きというよりは恐怖に近いような表情になった。その様子の変化に春香の方が戸惑ってしまう。
「あの……ストーカー、ですか?」
「あっ、でも逮捕されたんです。部屋に侵入してきた男から瑠維くんが助けてくれて……だから今は安心なんですがーー」
鮎川は眉間に皺を寄せると、何かを考え込むように下を向いた。
ストーカーという非現実的な話題のせいで引かれてしまったのだろうか。でも鮎川に聞きたいこともあった春香にとって、今がちょうど良いタイミングに思えた。