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白山小梅
12
#借金
1,754
「あの……瑠維くんはストーカーに関する本を書いたことがあるんでしょうか」
その言葉を聞いた鮎川は、興味深そうに春香へ視線を投げかけた。そのため、メイクをしていた手を止めた。
「……何故そう思われたんですか?」
「その……ストーカーに関する法律に詳しかったり、私にかける言葉が的確というか……だから安心出来たというのもあるのですがーー今はミステリーを中心に書いているって言っていましたよね。もしかしてそういう取材をしたことがあるのかなって……」
彼がそばにいてくれたおかげで、不安に怯えることはなかった。もし一人でいたら、今も自分の部屋で塞ぎ込んでいたかもしれない。
温かく包み込まれ、普段の自分でいられるのは瑠維がいてくれたからに他ならない。
「先生にはそのことを尋ねましたか?」
「いえ、私の中でもはっきりとそう思ったわけではないので……」
「まぁ聞いたところで先生は何も話さないかもしれませんね。つかぬことをお尋ねしますが、お二人はお付き合いを始めたんですよね?」
「は、はい」
「まだ別れる予定はないですよね?」
真顔でそう口にした鮎川に対して、春香は泣きそうな顔を両手で押さえると、体中から血の気が引いていくのを感じた。
「……そ、それは私が飽きられるということですか⁈」
「あぁ、そういう意味ではないです。まぁそんなふうに捉えてくださったのなら安心しました。どうぞメイクも続けてください」
不安げに首を傾げた春香だったが、鮎川に促されるまま再びメイクの続きを始める。
「"初夏"のモデルになった佐倉さんだからこそ、お伝えしておきたいことがあるんです。これは作品にはなっていないし、|公《おおやけ》にもなっていない内容なので、口外はしないでください」
これがとても重要な話であることは、鮎川の口ぶりから察することが出来た。
瑠維くんにまつわる話ーー春香は緊張した面持ちで、深く頷く。その様子を確認した鮎川も頷くと、ゆっくりと囁くような声で話し始めた。
「あれは先生が新人賞を受賞して、騒がれていた頃のことです。大学二年だったと思います。まぁあの見た目ですし、作品も実話と噂される恋愛小説。女性たちも放っておくはずがなく、かなり騒がれていました」
瑠維くんが大学二年ということは、春香と椿が再会した頃。彼がそんなふうに騒がれているとは全く知らなかった。
「鮎川さんはその頃から瑠維くんのことをご存知だったんですか?」
「えぇ、だからその時のこともよく覚えているんです。ただ先生はどんな女性にも全く興味を示さず、やはり初夏じゃないとダメなんだろうと、大抵の女性は諦めていったんですーーただ一人を除いては」
鮎川の声の調子が変わり、何か嫌な出来事を思い出すような、苦虫を噛んだような表情になる。
「大学時代に先生が入っていた文芸サークルの部長の女性が、先生が賞を取った途端に付きまとうようになったんです。受賞作を読んで惚れ込んだらしく、その才能とあのルックスを自分のものにしたくて、四六時中先生に張り付いては、寄ってくる人を蹴散らしていました。まるで先生を自分のもののように扱い、私たちの連絡も自分を通すようにと言い出したんです」
「そんな……」
鮎川はため息をつく。それはかなり酷いものだったことを物語っていた。
「酷いですよね。先生自身もそんなつもりはなく、ただサークルの部長に反論出来ず、日に日に追い詰められて……。あの頃はかなり痩せて、神経もピリピリしていたけど、私たちもどうしていいのかわからなくてーーそんな時にある事件が起きたんです」
「何があったんですか?」
「その部長が、自分の部屋に先生を監禁したんです」
鮎川の言葉は、春香の想像を超えていた。
彼がそんなに過去を抱えていただなんて知らなかった。思い出すのも苦しかったはずなのに、自分の心配をしてくれていたと思うと胸が苦しくなった。
「それまでストーカーのように電話や脅しも繰り返していたので、先生もとうとう限界が来たんでしょうね。警察に行くと行ったそうです」
「それで監禁……?」
なんて自分勝手な人だろうーー春香の中で、会ったこともない女性への怒りが込み上げてくる。
「そうです。怒った彼女は『あなたには自分が必要だということをわからせてあげる』と言って、先生を自室に閉じ込めたんです」
「酷い……」
「ええ、本当に。すぐに彼がいないことに気付いた友人が動いてくれたおかげで、場所場所は特定出来たのですが、監禁されている間に何があったのかは、警察と弁護士、当事者しか知りません。ですがこの件に関して相手の方に対して接近禁止令が出されて、示談も成立しているので、たぶん先生自身は終わったこととして捉えているのだと思います」
本当に終わっているのだろうかーー今回のことでその時の記憶を瑠維が思い出していないか心配だった。
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