テラーノベル
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私とアニータは使われていない空き教室へと移動した。ここなら自分たち以外は誰もいない。話をしても問題ないだろう。
アニータはここへ向かう最中もずっとしかめっ面でぶつぶつと何か呟いており、その様子に若干の恐怖を覚える。そういえば、アニータとふたりきりで話すのは初めてではないだろうか。彼女の側にはいつもマルクや他の令嬢たちがいたから……
アニータのただならぬ雰囲気に尻込みしそうになるけど、ひょっとしてこれはチャンスなのではないかと思い直した。彼女がこれまで私に対して行ってきた数々の不可解な行動の理由を聞けるかもしれない。ギャラリーもいないふたりきりの今なら……彼女と腹を割って話すことができるのではないだろうか。
「さあ、ここでなら大丈夫でしょう。アニータ嬢の話の続きを聞きましょう。どうして私があなたに婚約解消を撤回しろだなんて言われなければならないのですか」
当然であるがお断りである。不可能だと思って諦めていた悲願が成就したのだ。落ち着いたらステラと一緒にこっそり祝杯でも上げようとすら考えていたのに撤回などするはずがないだろう。
「だって、リナリア様も本当は解消なんて望んでおられませんでしょう? あんなにもマルク様と仲睦まじかったではないですか。その場の勢いで取り返しのつかない過ちをなさるのを知らんぷりなんてできません」
今ならまだレシュー伯爵もマルクも許してくれるはずだと、アニータは熱弁する。
空いた口が塞がらないとはこういう時のことを言うのかもしれない。よりにもよって彼女から……アニータからこのような言葉を聞くことになるなんて……
私はもう婚約に未練などないし、後悔なんてするはずがない。それなのにレシュー家に頭を下げて解消を無かったことにして貰うだなんてとんでもない話だ。腹の底からふつふつと湧き上がる怒りを抑えられなかった。アニータの主張はそれほどまでに私の神経を逆撫でさせた。白々しいのはどっちだというのか。
確かにアニータの言う通り、最初はマルクとの関係は良好であった。私も彼との婚約に乗り気だったのも認める。しかし、それを壊したのは目の前にいるアニータに他ならない。私とマルクの婚約が駄目になってしまった原因のひとつであるのは間違いないだろう。彼女にだけは私の現状をとやかく言われたくはない。
「……過ちですか。アニータ嬢は私とマルク様の婚約にあまり良い印象をお持ちではないと感じておりましたが……それは私の思い違いだったのでしょうか。てっきり貴女には私の選択を支持して頂けると思っておりましたのに……」
アニータは婚約解消に反対の姿勢を見せている。解消するのは愚かな選択であると譲らない。それならどうしてあれほどまでに私とマルクの親交を阻んだのか。学園で広まった噂を否定もせずに放置し続けたのだ。明らかに婚約解消を後押しするかのような行動を取っていた説明がつかないじゃないか。
まさかとは思うが……彼女は私に対して悪いことをしてきたという自覚が無いのか。無意識であんなことができるとしたら……とても恐ろしい人だ。
私の問い掛けにアニータはなかなか答えない。婚約解消に反対しているのだから口先だけでも『そんなことはない』と言うのだろう。息を詰めて彼女の出方を待った。すると、アニータは天井を仰ぎながら大きなため息を吐いた。
「はぁ……もういっかぁ。面倒くさい。この人の前でいい子ぶっていても無駄みたいだし」
アニータの視線が私に戻った。彼女は笑っている……しかし、その笑顔は私が今まで見てきたものとは明らかに性質の異なるものだった。ひどく挑発的で……まるでこちらを小馬鹿にしているかのような嫌らしさも感じた。マルクや他の生徒たちがいる場では決して見ることの出来なかったであろうその表情は、私の心をざわつかせる。
アニータの豹変ぶりに驚愕はしたが、それと同時にそんな彼女の様子が妙にしっくりときてしまった。これまで漠然とアニータに対して抱いていたすわりの悪さとでもいうのだろうか。それが消えたのだ。
この時、私は理解した。今まで私が……いや、私たちが見てきたのは本当の彼女ではなかったのだ。偽りの表情が取り払われ……ようやく対面することが叶った。彼女が本来の『アニータ・ルザネ』なのだ。
「そりゃあ、面白くないでしょ。今までマルク様にとっての一番は私だったのに、後から出てきた婚約者なんかにその立場を脅かされるなんてさ」
「……なるほど。それが貴女の本心ですか。やはりマルク様のことを好いていたのですね。だから私に幼稚な嫌がらせを繰り返していたと……」
アニータはマルクに好意を抱いていた。婚約者になった私の存在が疎ましくてたまらなかったのか。理由としてはさんざん予想していたもので、正直肩透かしを食らった気分だった。しかし、アニータは私の言葉を受けて鼻で笑ったのだ。
「はっ、私がマルク様を? まさか!!」
「えっ……だって、自分が彼の一番じゃなきゃ嫌だって……さっき」
「それと恋愛感情は別。私はマルク様に異性としての好意は持っていない。でも、彼の一番は私じゃなきゃ許せないの」
アニータは別にマルクと一緒になりたいなんて思っていないのだという。婚約相手は私で構わないのだと。ただ、一番は自分。そこだけは譲れないのだと主張した。
「勝手なことを……」
素直にマルクが好きだからという理由だったらどれほど良かっただろう。それなら理解はできたのに……
アニータはマルクをまるで自分の所有物のように語るのに、私から婚約者の地位を奪う気はさらさらない。マルクと添い遂げるつもりはないにも関わらず、彼の中で最も大きな存在が自分であることに拘り、執着している。『リナリア』と『アニータ』を天秤にかけさせ、アニータを選ぶマルクを見て優越感に浸っていたのだ。
なんて自分勝手で歪んだ独占欲だろう……
彼女らは幼少期を共にした幼馴染であり、兄妹のように育ったとは聞いている。もしかしてブラコンを拗らせているのか……私は一人っ子だから兄妹にそんな物騒な想いを向ける感覚は分からない。いや、兄妹みたいとはいってもアニータとマルクは実際は違うじゃないか。きっとアニータが特殊なのだろう。私には彼女の主張は永遠に理解できそうになかった。
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