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「どうして……。殴られたんだ?」
まるで虐められた理由を聞いてくれる親みたい、彼の雰囲気が変わった。
初めて会った時と同じような、俺様じゃない誠実な彼に戻ったみたい。
「働きたいって言ったの……。パートでも良いからって。そしたら立場をわきまえろって怒鳴られて……。それで……」
「殴られたのか?」
「うん」
「殴られたのは、初めて?」
「そう……」
加賀宮さんは
「美月の環境のことは前にBARで聞いて覚えてる。簡単に別れることができないことも……」
彼は私をそっと抱き寄せ
「痛かったよな」
ただ一言そう言ってくれた。
私の中で何かが溢れ出し、涙がツーと頬を伝った。
「なんで……。優しくするの?優しくなんてしないでよ……」
涙は止まらなかった。
「おい、泣くなよ。キズが酷くなる」
私の涙を見て、彼は彼らしくない反応だった。戸惑っている。
加賀宮さんでもこんな顔するんだ。
彼は私が泣き止むの待って
「よし、行くぞ?」
そう言って立ち上がった。
「どこに行くの?」
「秘密」
秘密って……。何をする気なんだろ……。
彼と一緒にアパートを出て、数分ほど歩くと駐車場があった。
そこに停めてあった、いかにも高そうな外車の助手席に案内をされる。
「これ、加賀宮さんの車?」
「そうだけど」
やっぱり不思議な人。
どうしてこんな高級車に乗れるのに、あんな古いアパートに住んでいるんだろ。何か理由でもあるのかな。
加賀宮さんの運転する車に乗るのは初めてだ。
強引な運転をしそうなイメージだったけど、そんなことなかった。
意外と安全運転。
「加賀宮さんって、運転乱暴そうなイメージだったけど、きちんと運転できるんだね」
「なんだよそれ。酷いイメージだな」
ハハっと彼は笑った。
加賀宮さんの前では……。《《普通》》に話せる。
昔から知り合いだったみたいに……。
彼は私のこと、前から知っているみたいだし……。
私が覚えていないだけで、本当にどこかで会ったことがあるのかな。
そう言えば……。
「ねぇ。下の名前教えてよ?加賀宮……なんて言うの?」
「……。まだ秘密」
まだ秘密?どうして?
まぁ、もし有名人だったら、インターネットとかで本名を検索したら出てくるもんね。いつかは教えてくれるのかな。
「着いた」
そう言われ、着いた先は……。
「あれ?ここって……」
ここの地下駐車場は見覚えがある。
エレベーターに乗り、彼の後ろをついて行くと、恥ずかしくて思い出したくもない場所に着いた。
ここは、《《Love Potion》》という不思議なカクテルを飲まされて、初めて彼に身体を預けた場所。
室内は変わっていなかった。大きなソファにパソコン、デスクが二つあるだけのシンプルなオフィス。
「ソファ、座って?」
加賀宮さんに促され、ポスっと座る。
私はここで……。
この場所で彼と……。
あんな卑猥なことしてたんだ。
「思い出したの?美月、顔が赤いけど……?」
「ちがうっ……!痛っ……」
顔の筋肉が大きく動き、頬に痛みを感じた。
「大きな声出すなよ」
「あなたが変なこと言うからじゃない……」
ここで何をする気?
少し不安に感じていた時――。
部屋をノックする音が聞こえた。
「お待たせしました」
この声、秘書の亜蘭さんだ。
「どうぞ」
加賀宮さんが立って出迎える。
そこには、亜蘭さんと中年の男性が立っていた。
この人は誰?
おどおどしていると
「すみません。先生、急に。大きなケガではなさそうなんですが……。診てもらいたくて」
加賀宮さんは軽く男性に向かって会釈をした。
「久し振り、加賀宮くん。元気にしてる?良いよ。僕は一応、君の主治医だからね。ちゃんとお金ももらっているし。それ相応の仕事をしないと……。で、この子だね?」
「はい」
なになになに!?先生!?お医者さん?いつ連絡したの?
「ちょっと診せてね」
男性は私の頬の様子を見て、軽く触診した。
「っ……」
「そうだね……。炎症してるけど、骨折とかはしてなさそうだから大丈夫だと思うよ。無理しないように。触らないようにね。一応、痛み止めとか持って来ているから。数日には腫れも引いて、頬の色が変わってくると思う。もし痛みが引かなかったらまた相談して?」
「……はい。ありがとうございます」
無言でいるわけにもいかず、お礼を伝えた。
加賀宮さんの主治医と言っていた人は、薬を渡してくれた。
「痛みがあるんだったら、今飲んでも大丈夫だよ。一応、胃薬も渡しておくから。今度から食後に飲んでね」
「ありがとうございます」
私の対応が終わると
「じゃあ。加賀宮くん。何かあったらまた言ってね?」
「はい。助かりました。ありがとうございます」
ペコっと頭を下げた。
私に接している時と態度が違う。
初めて会った時の彼みたい。
誠実で真面目そうな、そんな加賀宮さんの姿だった。