誰かの噂話をするのは、とても楽しいんだろう。
クラスの女子は毎日放課後に教室でヒソヒソ話をし、その現場に朱里が居合わせた事もあったみたいだった。
放課後は部活をしている私はそういう話に加わった事がなく、密かに憧れている朱里を悪く言われて嫌な気分になっていた。
でも反論すればいじめられると思い、何も言えずにいた。
そんな私はどんな生徒かというと、成績は中の上、バスケに打ち込む毎日を送っていた。
サバサバして少年のようだからか、女子の先輩から可愛がられ、部活の仲間、クラスの女子からも某歌劇団の男役みたいな感じで慕われていた。
その時の私と朱里は、第三者から見れば陰と陽みたいな関係性にあったと思う。
でも、陽の中に陰があるように、私も綺麗なだけの存在ではいられなかった。
『う……っ、……うぅ……っ』
私は昼休み、学校の裏手まできて声を殺し、嗚咽していた。
今朝、通学途中に、生まれて初めて痴漢に遭ってしまった。
驚いたし恐いし、声を上げる事すらできなかった。痴漢は私のお尻を好きなだけ撫でたあと、脚の間に太腿を入れて閉じないようにしたあと、秘部も触ってきた。
体を硬直させて抵抗できないなか、助けを求めて周りを見ても誰も気づいていない。
結局私は泣き寝入りをし、駅で降りたあと誰にも言えないまま一日を過ごしたのだった。
〝皆の人気者〟で男子を相手にしても負けない私が、痴漢に遭ってあっけなく屈服されてしまった。それが情けなくて堪らない。
この世界は楽しくて、程度の差はあってもいい人ばかり、自分を害する人なんていない。
そう思っていた私は、現実の汚さを思い知らされたのだ。
『泣いてるの?』
『わっ』
人が来ない場所だと思っていたのに声を掛けられ、心臓が口から飛び出るかと思った。
顔を上げると、朱里が不思議そうな顔をして立っている。
『こっ、……今野さん、どうして……』
『私、昼休みは大体ここにいるの』
朱里はそう言って私から少し離れた所に座り、図書室から借りてきた本を開いた。
『……聞かないの?』
『何を?』
彼女は私を見ずに返事をする。
『…………どうして泣いてたかとか』
『誰だって泣きたい時はあるんじゃない?』
そう言った朱里の言葉が、スッと心の奥に落ちていった。
――この子は、私に『強くあるべき』とか思ってないんだ。
理解すると、急に朱里の側にいる事が楽に思えた。彼女の側にいると、頑張らなくてもいい素の自分になれる気がする。
『あの……、聞いてくれる?』
だから私は、朱里に痴漢に遭った事を打ち明けた。
『それは泣いて当たり前だよ。……っていうか、警察には言ったの?』
私の話を聞いたあと、朱里は小さく首を横に振ると溜め息をつき、私の隣に座り直してポンポンと背中を叩いてきた。
『誰にも言わないから、思いきり泣いていいよ。中村さんは女の子なんだから、そういう目に遭って〝恐い〟と感じるのは当たり前。大人の女性だってトラウマになると思うよ。……だから、我慢するより泣いたほうがいい。つらいのに無理に我慢すると心に良くないから』
――泣いていいよ。
その言葉が、私を解放した。
加えて、朱里は私の事を〝女の子〟扱いし、弱いところがあってもいいと教えてくれた。
『う……っ、うぅ……っ』
私は肩を震わせて泣き始める。
今回の痴漢事件で、自分が無力な中学生〝女子〟だと思い知ってしまった。
男子に『中村こえー』と言われても、女子に『恵と一緒にいると無敵感がある』と言われても、成人男性を前にすれば何の役にも立たない。
『お尻を触られただけ』と言う人はいるかもしれないけれど、〝たったそれだけの事〟で、私は自尊心を著しく傷つけられ心を蹂躙された。
朱里は黙って私の背中をポンポンと叩き、私が泣き止むまで側にいてくれた。
その日から、私は昼休みになると朱里を探して校舎裏へ来るようになった。
ずっと近づきたかった彼女と、図らずも個人的に話す事ができたのは嬉しかった。
痴漢に感謝なんてしたくないけれど、朱里と仲よくなるきっかけになったのは確かだ。
今まで一匹狼を貫いてきた朱里にとって、いきなり纏わり付いてきた私は鬱陶しい存在だったかもしれない。
でも彼女は迷惑がらず、私が話しかけたら普通に会話をしてくれた。
コメント
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ありのままの恵ちゃんを受け入れ 包み込むような朱里ちゃんの優しさ....素敵だね🍀✨
惚れてまうやろー❣️ってなるよね。(*´v`) 恵ちゃんを包み安心させてくれる朱里ちゃん、カッコイイわ。