テラーノベル
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第3話 誰にも渡したくない
朝食を終えたルカは、いつものようにリンデンの執務室で仕事を手伝っていた。
書類を整理し、必要なものを確認し、次の予定をまとめる。
まだ慣れないことも多いが、少しでも殿下のお役に立ちたい。
その一心で、ルカは一つひとつ丁寧に仕事をこなしていた。
「……これで、よろしいでしょうか?」
整理した書類を差し出すと、リンデンは目を通し、小さく頷いた。
「問題ない。よくできている」
「……!」
思いがけない言葉に、ルカの手が止まった。
褒められた。
たったそれだけのことなのに、胸がいっぱいになる。
「ありがとうございます、殿下。もっと精進いたします」
「ああ。期待している」
リンデンは淡々と答えた。
けれど、ルカが嬉しそうに書類を片づける姿を、しばらく目で追っていた。
そのときだった。
「おや、君が殿下の新しい側近かい?」
開いた扉から、一人の青年が顔を覗かせた。
華やかな衣装をまとった、若い貴族だった。
「初めまして。ルカ・エースと申します」
ルカはすぐに姿勢を正し、丁寧に頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。僕は侯爵家のアドリアン。よろしくね」
「はい、アドリアン様」
「へえ……噂には聞いていたけれど、本当に綺麗な顔をしているんだね」
「えっ?」
突然の言葉に、ルカは目を丸くした。
「殿下が新しい側近をそばに置いたと聞いて、どんな人物なのか気になっていたんだ。君みたいな子なら、確かに目を引くね」
「そ、そんな……私は、ただの側近ですから」
ルカは困ったように微笑んだ。
その様子を、執務机の向こうからリンデンが静かに見ていた。
「アドリアン」
「おや、殿下。いらっしゃったんですね」
「ここにいるのが見えないのか」
「これは失礼しました。ですが、せっかくですから、もう少しルカ君とお話ししても?」
「必要ない」
即答だった。
アドリアンは一瞬きょとんとしたあと、面白そうに笑った。
「これはまた、ずいぶんと大切にされているようで」
「仕事の邪魔だ。用件が済んだなら出ていけ」
「はいはい。では、またね、ルカ君」
「は、はい。失礼いたします」
アドリアンは軽く手を振り、部屋を出ていった。
扉が閉まる。
静寂が戻った執務室で、ルカはそっとリンデンを振り返った。
「あの……殿下。アドリアン様は、何かご用事があったのでは……?」
「大した用ではない」
「そう、なのですか……?」
「それより、ルカ」
「はい」
「お前は誰にでもあのように笑うのか?」
「……え?」
思いがけない質問に、ルカは首を傾げた。
「誰にでも、と申しますと……?」
「先ほどの男に向けていた笑顔だ」
「そ、それは……ご挨拶をしただけですので」
「ふうん」
リンデンは書類へ視線を戻した。
表情はいつもと変わらない。
けれど、どこか機嫌が悪いようにも見える。
ルカには理由が分からず、ただ困惑するばかりだった。
「……殿下?」
「仕事に戻れ」
「は、はい!」
それ以上、尋ねることはできなかった。
数時間後。
「ルカ、こちらへ来い」
再び呼ばれたルカは、リンデンの前に立った。
「何か、ご用でしょうか?」
「これを着ろ」
差し出されたのは、綺麗に畳まれた衣服だった。
白を基調とした上着に、淡い青と金色の刺繍が施されている。華美すぎず、それでいて上品な仕立てだった。
「……こちらは?」
「お前の制服だ」
「私の……?」
「ああ。側近として必要なものを用意させた」
ルカはそっと衣服を受け取った。
滑らかな布地も、細やかな刺繍も、どれほど丁寧に作られたものなのか一目で分かる。
「こ、こんな立派なものを……私がいただいてもよろしいのですか?」
「お前のために用意したものだ。ほかに誰が着る」
「ですが、私は……」
「ルカ」
リンデンの声が、優しくも有無を言わせぬ響きを帯びた。
「お前は私の側近だ。胸を張って着ていろ」
その言葉に、ルカは衣服を抱きしめるように持った。
「……ありがとうございます、殿下。大切にいたします」
着替えを終えたルカが戻ってきたのは、それからしばらくしてのことだった。
「……殿下。いかがでしょうか」
少し緊張した様子で、ルカはその場に立った。
白い上着は黒髪によく映え、淡い青の刺繍が彼の柔らかな雰囲気を引き立てている。
控えめでありながら、目を引く姿だった。
リンデンは、しばらく何も言わなかった。
「……殿下?」
「……よく似合っている」
ようやく返ってきた言葉に、ルカの頬がぱっと明るくなる。
「本当ですか?」
「ああ」
「ありがとうございます……!」
嬉しそうに笑うルカを見て、リンデンは静かに立ち上がった。
そして、ルカのすぐ前まで歩み寄る。
「殿下……?」
リンデンは何も言わず、ルカの襟元にそっと手を伸ばした。
わずかにずれていた襟を整え、刺繍の位置を確かめる。
指先が近づいた瞬間、ルカは驚いて肩を揺らした。
「……動くな」
「は、はい……」
リンデンは襟元を整え終えると、ルカの顔を見つめた。
近くで見ると、彼の瞳は思っていた以上に澄んでいる。
自分の言葉一つで、こんなにも嬉しそうに笑う。
自分が用意した服を、宝物のように大切に抱える。
――ああ。
リンデンは、ようやく自分の気持ちを認め始めていた。
この少年を、もっと大切にしたい。
誰よりも安心させてやりたい。
そして。
自分以外の誰かに、あの笑顔を向けてほしくない。
「ルカ」
「はい、殿下」
「これからも、私のそばにいろ」
昨日と同じ言葉。
けれど、今度の声には、ほんのわずかに違う響きがあった。
「……はい。私は殿下の側近ですから」
ルカは疑うことなく頷いた。
その無防備な返事に、リンデンは目を細めた。
「そうだな」
そして、心の中で静かに告げる。
――私のそばにいる以上、誰にも渡すつもりはない。
まだ何も知らないルカは、ただ嬉しそうに微笑んでいた。
その笑顔を見つめながら、リンデンは決めていた。
この少年が、自分のそばで安心して笑えるように。
そしていつか、その笑顔が自分だけのものになるように。
皇太子の静かな独占欲は、もう止まりそうになかった。
ゼイス

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コメント
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みぅ🤍🥀です。 第3話読了……。 リンデンの独占欲が静かに、でも確実に深まっていく感じ、たまらなかったです。アドリアンに笑顔向けただけなのに「誰にでもあのように笑うのか」って訊くシーン、もうここだけでヤキモチがにじんでて。 制服を用意して「お前のために用意したものだ。ほかに誰が着る」って言い切るのも、重くて温かくて。 最後の「誰にも渡すつもりはない」、リンデンの心の中でそう告げるところで背筋がぞくっとしました。 ルカが無防備なまま笑ってるのが対照的で切ない…… この静かな独占欲、続きがすごく気になります。