これは、文学リアリティーショーの運営スタッフとオーディエンスの物語である。
某中学校3年3組。ここでは今、国語の授業が行われている。一ノ木都比(いちのき みやび)は授業中、ノートは取るだけとって、あとはずっと窓から陽の光でいやにギラギラする川を眺めていた。同時に隣の席の魁令夏(さきがけ れいな)に声をかけようと気づかれないように目を合わせて。そう過ごす時間は都比には何倍にも長く感じる。
いよいよ休み時間。彼女にはずっと声をかけたかった。令夏に声をかける決意をする都比。 令夏と目が合う。
都比「魁さん」
令夏「ああ、一ノ木さん?」
都比「えっと…」
令夏「な、何…?」
令夏にかけたい言葉が都比の中で震える。
都比「ラショウモンってどういう字、書くんだっけ?芥川龍之介の」
令夏は左に握っていたシャーペンの芯を出し、ノートを開く。ノートの上の方、線で区切られていない部分に絵でも描くように「羅生門」と書いて見せた。
令夏「ん」
都比「あ、ありがとう…」
令夏「近代文学、興味あるの…?」
都比「ああ…演劇部で恋愛もの、やるんだけど、近代文学要素あればマニアに受けるかなって!」
令夏「何でまず羅生門から入るの…じゃあ…見てみる?」
都比「え?見てみる?」
令夏「家、図書館だから…放課後とか…どう?」
都比「えー!魁家、図書館なの?」
一度は駄目だよとうろたえる都比。令夏が首を傾け、見上げながら「そうなの…?楽しいよ」と。
お互いに声をかけあった甲斐あり、連れて行かれたのは図書館。放課後、自転車通学の令夏は自転車を引き、徒歩通学の都比がその後ろを歩く形で進んでいく。やっと見えてきた魁図書館。本当に小さな図書館だ。入り口の時点で全てを見渡せてしまいそうなほど。すでに左側の絵本コーナーも、その向かいのカウンターも、中心にある検索用のパソコンと椅子も、その向こうに続く近代文学も置いてあるであろう絵本以外の棚も見渡せる。
都比「こんにちはー…」
令夏「ようこそ、一ノ木さん」
いきなり入り口の方に向き直る令夏。よく見ると入り口の左側にまだ狭いスペースがあり、トイレと向かい合う部屋へ連れて行かれる。 中には光を放ち、自分でページをめくる本。
令夏「行って」
背を押されると、そのまま光を放つ本に吸い込まれていった。
都比「わ!」
目を開けるとそこは明らかに図書館ではない。自分達は何故か石段の一番上に尻を据えている。耳に伝わってくるのは雨のざあざあ言ってる音、 鴉のような鳴き声。
都比「ここ、どこ?」
令夏「平安京…だったところ。廃れに廃れて、復興のための財力も気力も失った貴族に捨てられたの。狐狸だとか盗人だとかが住みついたり、死人を捨てていったりだとかそんな習慣もできた。『羅生門』の舞台」
都比「羅生門の舞台…え⁉︎俺達、本の中にいるの⁉︎」
令夏「この図書館には実際に中に入れる本がある。私達は色々な形で物語の顛末を楽しむ。今回は主人公になったみたい」
令夏との質疑応答はずっと淡々としていた。主人公はどんな人?貴族に仕えてた人。今は捨てられたけどね。さっきから気になってるんだけど右頬が変にボコボコしてるのは何で?ニキビ。本当は触りすぎるの良くないけど、離しちゃ駄目だから…。
結局、百聞は一見のなんとやらということでハシゴを上っていく。上った先 には無造作に捨てられている生きていたであろう死体。都比は薄目で、令夏は先を見据えているような目で進んでいく。
令夏「何がいる?」
都比「…猿みてぇなババア。死人の髪引っこ抜いてる」
令夏は都比に今日は初めてだから見ていてくれればいいとズケズケ老婆の方へ向かっていった。令夏に気づいた老婆はうろたえる。
令夏「落ち着け!私は役人でも何でもない!ただ何をしてるのか教えてくれればいいんだ!」
老婆「髪を抜いて…カツラにするんじゃ」
都比「えー!」
鴉のような鳴き声が耳に伝わってきた。二人の中で失望と冷ややかな憎悪が心の中に入ってくる。老婆は口ごもりながら続ける。
老婆「こいつ、蛇を干魚だと言って売るような女じゃぞ!」
都比「えー!」
老婆「役人は美味いと言ってよく買っていたぞ」
都比「えー!」
老婆「ワシはこいつがしたことを悪いとは思うておらぬ」
都比「えー!」
老婆「だからワシがしていることも悪いこととは思わん」
都比「えー…」
令夏の右頬から手が離れる。老婆の衣類に飛びかかり…
令夏「よこせ!」
都比 老婆「えー!」
令夏「その人から奪ったんだ。私に奪われても仕方ないよ、ね?」
都比は手を引かれ、ハシゴを飛び降りていった。彼らの行方は誰も知らない。
気づくと図書館に戻っていた二人。
令夏「お疲れ」
都比「ふう…とんだ目にあった…」
令夏「これが文学リアリティーショー。ようこそ。歓迎するよ。一ノ木さん」
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