「全然!よく見るとキレイな模様だよな」
「ネロ…」
僕の視界が涙でにじむ。
僕の周りには優しい人がいる。家族に愛されたことはないけど、代わりにラズールが家族のように愛してくれる。僕のことを嫌っていると思っていたトラビスも、大事にしてくれる。それに…僕は誰かに愛されていたような気がするんだ。ネロが話してたように、僕は城を出ていた間、誰かと一緒にいたと思う。その人が、僕を愛してくれていたような…。それがリアム王子なのかな…。だってネロは、僕とリアム王子は半年前に会ってると言った。それにリアム王子のことを考えると、なんだか胸の奥が暖かくなるんだ。
「フィル、どうした?辛いこと思い出したのか?」
「…ううん」
痣から手を離して、ネロが僕の顔を覗き込んだ。
僕はネロの目を見て微笑む。
「ネロは、初めて会った時の印象通り、やっぱり優しいね」
「俺が?フィルやこの国を騙してたのにそう思うのか?」
「うん。やむを得ない事情があったからそうしてただけで、本当はとても優しいでしょ。僕は君にずっとここにいて欲しいと思ってる…けど、無理かな?」
「うーん…」
ネロがベッドから離れて部屋の中を歩く。ゆっくりと一周回って戻ってくると、傍にあった椅子を引き寄せて座った。
僕も布団から出てベッドの端に座り、ネロと向かい合う。
「フィルが許してくれるなら、おれもここにいたい。どうせ戻る国もないしね。でもさ、ラズールが怒らない?今でも会えば怖い顔で睨まれるんだけど」
「ほんと?ありがとう。…ラズールのことは気にしなくていいよ。僕がちゃんと話しておくから」
「まあ別にアイツに睨まれたって、怖くもなんともないんだけど」
「ネロは度胸があるというか、強いよね。きっとネロの父上や母上が、素晴らしい人物なんだろうね」
「フィルだってそうだろ?強くて優しい」
僕は俯いて膝の上に置いた両手を見つめた。
母上は強くて賢い人だった。だけど冷たくて怖い。
父上は僕と姉上が生まれてすぐに亡くなったから、どんな人かは知らない。ラズールが話してくれる父上しか知らない。ラズールは、父上が愛情深く優しい人だと教えてくれた。僕と姉上を可愛がり、永遠に続く幸せを願っていたと教えてくれた。
僕が今、強い心を持ち品位があるのは、全てラズールのおかけだ。ラズールには感謝している。
そんなラズールへの気持ちを説明しようと口を開きかけたその時「フィル様、入ります」という声と共に扉が開いて、ラズールが入ってきた。
ラズールがネロに気づいて険しい表情になる。
「おまえ、ここで何をしている」
「フィルと話してただけだけど?」
「フィル様は体調が悪いのだ。疲れさせるようなことをするな」
「はあ?心配して見に来ちゃいけないのかよ。なあフィル、俺、迷惑だった?」
「そんなことないよ。来てくれて嬉しかった。ありがとう」
「なら良かった。早く元気になってくれよ」
「うん」
ネロは僕に笑うと、ラズールを睨んだ後に顔を背けて出ていった。
しばらくラズールは、ネロが出ていった扉を睨んでいたが、僕が「どうなった?」と聞くと、すぐに僕の前に来た。
「フィル様、起きて大丈夫なのですか?」
「うん、もう大丈夫だよ。ラズールがここまで運んでくれたんだよね」
「はい。白い顔色をしてましたから心配しましたよ」
「思いもよらないことを聞いて驚いたから。大宰相達と話し合ってきたんだろ?どういう意見が出たの?」
ラズールが黙って手を伸ばして、僕の銀髪に触れた。ラズールはよく僕の髪を触るけど、僕を慰めたり元気づける時に触ることが多い気がする。
僕も手を上げると、ラズールの手の上に手を重ねた。
「…僕を、クルト王子の妃に差し出すことに決まった?」
ラズールの手がピクンと跳ねて「まさか!」と大きな声で言う。
「あなたを隣国の王子の妃になどさせません」
「じゃあどうして、そんな辛そうな顔をしてるの?」
「俺が…ですか?」
「してる。他の人が見てもわからないだろうけど、僕はラズールの些細な表情の違いがわかるんだよ」
「フィル様…」
ラズールが今度は泣きそうな顔をする。話し合いの結果、僕にとってよくない意見が出たんだろう。
僕はラズールの手を握りしめた。
「これから僕はどうするって?」
握りしめられた手を見つめて、ラズールがようやく話し出す。
「これから…フィル様は国境に行き、バイロン国のクルト王子と会っていただきます」
「うん、それで?」
「女王として、会っていただきます。直接王子と話して、向こうから断るように仕向けてください」
「そうか…難しいけど何とかやってみるよ」
「フィル様!」
「びっくりした…なに?」
突然大きな声で名前を呼ばれて驚いた。
ラズールが膝をつき、僕を見上げてくる。
「わかってますか?断り方によっては、その場で斬られるかもしれないのですよ!俺が傍にいて全力で守りますが、俺よりクルト王子の方が、あなたと近い位置で話をする。クルト王子が振り抜く剣を、俺は防げないかもしれないっ…」
「そうなったらそれは僕の運命だ。ラズール、怒りでクルト王子を斬らないでよ」
「約束できかねます…」
「そんな顔しないで。斬られないように、上手くやるから」
「はい…」
ラズールが掠れた声で返事をしながら、僕の両手を持ち上げ額にあてた。
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