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「……は?」
二月十四日、バレンタインデーの朝
いつも通りに登校し
昇降口の自動ドアをくぐった瞬間、俺はあまりの異常光景に思わず足を止めていた。
人。
とにかく、人、人、人。
いつもならまばらな時間帯のはずなのに
下駄箱の周辺には信じられないほどの女子生徒の黒山ができていた。
しかも全員が、全く同じ方向へと熱烈な視線を注いでいる。
「キャーッ! 田口くん来たよ!」
「やばい、今日も信じられないくらい顔面優勝してる……!」
黄色い歓声の、その中心に立っているのは
言うまでもなく、俺の義弟である田口直哉だった。
周囲がどれほどお祭り騒ぎになっていようとも、本人はいつものように冷めた無表情を貫いている。
その温度差が、かえって少女漫画の王子様感を際立たせていた。
そして、何より悲惨だったのは彼のロッカーだ。
「えー!もう入んない!」
「っていうか、これ以上押し込んだら雪崩起きるって!ロッカー閉まんないじゃん!」
……ロッカー。
開け放たれた直哉のロッカーの中には、色とり切りのラッピングに包まれた大量のチョコレートが詰め込まれていた。
大量、なんて言葉では生ぬるい。
もはや物理的にチョコで埋まっていて、物を入れるスペースなんて一ミリも残っていなかった。
「……うわぁ」
俺は一歩引きながら、本気でドン引きしていた。
なんだこれ。
一般の男子高校生の世界線じゃないだろ。
どこの人気アイドルが地方ドームに降臨したんだよ。
しかし、当の直哉は、そんな狂熱の渦の中心にいるくせに
まるで他人の事を見ているかのように冷ややかな目で自分のロッカーを見つめていた。
「兄さん!」
「うおっ!?」
次の瞬間、耳元でぬっと低い声がして、俺は心臓が飛び出るかと思うほどビックリして飛び跳ねた。
いつの間に背後に回り込んでいたのか、直哉がすぐ後ろに立っていた。
「お、お前いつの間に!」
「おはよ、兄さん。一緒に教室行こう?」
「バカ!今のこの状況で、普通に俺に話しかけてくんじゃねぇよ!」
ただでさえ女子たちの視線が集まっている真っ只中なのだ。
俺の抗議をよそに、案の定、周囲の女子たちが「えっ?」と一斉にざわつき始める。
「え、またあのお兄ちゃん?」
「ていうか、本当に仲良すぎじゃない?毎朝一緒とか最高なんだけど……」
(やめろ、頼むから聞こえる声で囁かないでくれ!)
俺が居心地の悪さに顔をしかめる横で、直哉は相変わらず平然とした顔をしていた。
それどころか、彼は抱えていた大きめの紙袋を、躊躇なく俺の胸元に押し付けてきた。
ずっしりとした、重い感触が両手に伝わる。
「……おい、これ何だよ。重っ」
「ん?チョコ。全部」
「多すぎだろ!ロッカーのやつだけじゃなくて、これもかよ!」
「いらないから、兄さんにあげる。全部食べていいよ」
「はぁ!?」
周囲の女子たちが、さらに一段と大きくざわついた。
「嘘、せっかくあげたのに……」
「お兄ちゃんに横流し!?」
という悲痛な声が聞こえる。
いや待て。
直哉、お前空気。空気を読め!
「お前な、せっかく女の子たちがくれたんだから、普通はもうちょい有り難がるだろ!」