テラーノベル
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面会場所は、ここの事務所の個室を借りる。
「体調はどう?」
「今週は吐いてないので、ずいぶん調子よくなってると思います」
「そうか……まずは第一段階クリアか…体、しんどかったね」
ここへ来て1週間ほどは、夕食を食べると吐いた。
朝と昼は大丈夫だったので、仕事に助けられていたのかもしれない。
夜一人になると涙が溢れて、夕食に食べたものを吐く。
そしてぐったりとして眠ったんだ。
「ご両親からの伝言。‘帰って来いとは言わない。良子が会ってくれる時にはいつでもどこへでもすぐに行くから連絡して’と」
「……はい、ありがとうございます」
「伝言ある?」
「そうですね……いい職場で今日はスーパーのお買い得情報を教えてもらった。心配しないで…そう伝えて下さい」
「いい伝言だね。職場のこととスーパーのこと……仕事をして、ちゃんと食べてるとわかると親は安心する」
「…はい、お願いします」
「あとね、間宮兄弟がね……毎日欠かさず事務所に来るんだよ」
「へっ?毎日?」
「そう毎日」
知らなかった……私の体調が良くないから、先生は電話で言わなかったんだね。
「佐藤さんの、連絡先を教えてくれ。教えられないなら、教えられることを何でも教えてくれ。仕事は出来ているのか、倒れていないか、眠れているのか、寂しくないか…ってね。彼らは平日が休みだろ?一度私のあとをつけて来てね。行き先が裁判所だったんだけど、佐藤さんのところへ行くかもしれないと思ったのだろうね。とても熱い青年たちだよ」
佳ちゃん、颯ちゃん……
「二人には感謝しているし申し訳ない気持ちでいっぱいです…でも会えない……まだ話が出来るとは…」
「思えないよね?彼らは忘れさせてくれない存在でもあるから」
その通りだ。
「彼らは私から見てもいい子たちだ。佐藤さんにとっても大切な存在だろうと思う。忘れさせてくれない存在というより大切な存在という意識が強くなるよ、必ず。そこは時間が解決してくれる。時間経てば薄れる記憶と、時間が経てば経つほど大切に思う記憶なんだから。今はこのままで大丈夫だよ」
「先生……佳ちゃんと颯ちゃんがまた来たら、両親への伝言と同じように伝えて下さい」
「わかったよ」
「それから…自転車を二人の店で預かっておいて欲しいと……伝えて下さい」
「確かに伝える」
あの自転車は大切なものだ。
私の就職が決まった時に、間宮のおじちゃんとおばちゃんと佳ちゃん颯ちゃんの4人からと言ってプレゼントしてくれた。
おばちゃんは
「うちの子は二人とも大学に行かずに働いているでしょ?こういうお祝い事が人より少なかったのよね、大学の入学も卒業も…就職だってまずはお父さんの店だったからね。だから、おばちゃん張り切って良子ちゃんの自転車は黄色って決めたのよ」
そう言って笑っていた。
4人と私の両親にわいわいと囲まれる中で、颯ちゃんが
「リョウ、乗ってみろ。サドルは下げたから大丈夫だと思うが、ブレーキ握ってみろ」
サドルは下げた?
ブレーキ…そんなの握れるに決まってるでしょ?
私155センチだけど大人なのよ?
でもこの口調の颯ちゃんはちょっと怖いんだ。
とりあえず言われたように乗ってみて
「大丈夫」
と言うと
「指のかかりが浅いな。手が小さいんだ。ちょっと放せ」
颯ちゃんはブレーキを握る私の手を退けて、ハンドルグリップとブレーキの幅を狭めてくれた。
「すごい…握りやすくなった」
「当たり前」
颯ちゃんたちは大学に行ってないとおばちゃんは時々言うけど、自転車職人で自分たちのお店を持つ二人はすごいと思う。
大学なんて関係ないよ。
弁護士事務所にいるといろんな人の相談を耳にするけど、学歴があっても最低な人は最低だしね。
その夜、私は黄色い自転車に乗っている夢を見た。
コメント
2件
又、黄色い自転車🚲に乗れる日が来ると良いね😊
三岡先生の言葉が胸にくる…今はこのままでね…。 自転車にそうゆう素敵な思い出があったのね🥹2人に預ける事にした事と伝言を聞いて2人は感極まっちゃうと思う。リョウコちゃんの思いを受け取って…😭