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「……嘘だろ。何かの間違いだ。管理会社に電話してやる!」
透は震える手でスマホを操作し、書類に記載された番号へ叩きつけるように電話をかけた。
私はキッチンでゆっくりとお茶を淹れながら、その様子を観察することにした。
「もしもし! 1502号室の佐藤だ!今、変な通知が届いたんだが……は? 決定事項? オーナーの意向ってどういうことだ!俺は一流企業の……おい、切るな!」
透の怒号がリビングに虚しく響く。
管理会社の担当者は、父から「一切の妥協は不要」と言い渡されている。
冷たくあしらわれた透は、信じられないものを見たという顔で受話器を落とした。
「どうしたの? 透さん。あんなに自信満々だったのに」
「……うるさい! オーナーがボケたんだ。家賃を倍払うとでも言えば、すぐに手のひらを返すに決まってる」
「倍?月50万以上ってこと? 透さん、そんなお金どこにあるの?」
私の問いかけに、透は一瞬言葉に詰まった。
彼の貯金がゼロに近いことは、隠し持っていた消費者金融の督促状から把握している。
見栄のために買った高級車と時計のローンで、彼の給料はすでに火の車なのだ。
「……お、お前の実家だよ! お前の親父、普通に働いてるんだろ? 娘夫婦が路頭に迷うって言えば、いくらか出すのが筋だろ!」
透はついに、私が最も軽蔑する言葉を口にした。
自分の非を認めず、他人の財布を当てにする。
その卑しさが、隠しきれなくなっている。
「私の父に頼むなんて無理よ。透さんがいつも『お前の実家は庶民で話が合わない』って馬鹿にしてるじゃない」
「それは……!状況が変わったんだよ!いいか、今すぐ親父に電話しろ。金を工面させるか、オーナーを説得させろ!」
「……わかったわ。一度、聞いてみる」
私は透の前で、父に電話をかけるフリをした。
実際には、父に
「今からクズが泣きついてくるかもしれないから、適当に突き放して」
と事前に送っておいたメッセージの確認だ。
そのとき
透のスマホが激しく震えた。
画面には『リカ♥』という名前が表示されている。
透はあからさまに動揺し、「……仕事だ!」と叫んでベランダへ逃げ出した。
必死に小声で、「今はまずい」「必ずなんとかするから」と宥める声が漏れてくる。
リカ。おそらくあの30万円のバッグの主。
透は、彼女に自分が「この高級マンションの所有者」だとか
「資産家の御曹司」だとか、そんな嘘をついているのだろう。
ベランダから戻ってきた透は、額に汗を浮かべながら私を睨みつけた。
「とにかく、俺は認めないからな! 更新停止なんて無効だ!」
そう言って、彼は逃げるように寝室へ引きこもった。
私は静かにリビングの照明を落とした。
暗闇の中、窓ガラスに映る私の顔は、冷徹なまでに無表情だった。
透さん。
あなたが必死にしがみつこうとしているその「城」の鍵を握っているのは、私なの。
明日
私は「更新拒否」の正式な返答とともに、ある準備を始めることにした。
それは、透のクローゼットの奥に隠された「もう一つの秘密」を暴くための罠だ。
設楽理沙
#仕事