テラーノベル
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「お嬢様は元気にしておられます。ですが……お部屋には戻られておりません」
なんとなく言いにくそうに言葉を濁したセドリックに、大体のことを察したランディリックは、夜中であるにもかかわらず、医務室を訪れたのだった。
***
セイレン・トーカ医師の目線を追い、医務室奥へ視線を転じたランディリックは、最奥――カイルの寝台へ寄り添うようにして、椅子に腰かけ小さな身体をベッドサイドへ預けているリリアンナの姿を見つけた。
近付いてみれば、カイルの手を握りしめるようにして、目尻には泣き濡れた涙の痕跡を残したままの顔で眠り込んでいた。
その姿を見た瞬間、ランディリックの胸がきゅうっと締め付けられる。
それが、健気に恩人へ寄り添うリリアンナの姿へ胸を打たれてのものなのか、それとも彼女が自分の身体を労わらないことに対する苛立ちなのか、それとももっと〝別の何か〟なのか……。自分でも判然としない。
ただ、物凄く不快なことだけは確かだった。
眉間の皺を深くしたランディリックの傍へ立ったセイレンが、小さく吐息を落とす。
「……わたくしの言葉はリリアンナ様のお耳には届きません。かくなる上は、旦那様にこそ、どうにかしていただかねばと思っていたところです」
セイレンの言葉に、ランディリックは短く頷くと、リリアンナの華奢な身体をそっと抱き上げた。
普通、ぐったりと弛緩した者を抱え上げるのは意識がある人間を抱き抱えるより重く感じる。だが、腕に収めたリリアンナの身体は、年の割にひどく軽く感じられた。
(食事はまともにとっているんだろうか?)
思えば、ここ数日、リリアンナと食卓をともにしていない。
家庭教師のクラリーチェはもとより、専属侍女のナディエルもそばに控えていない状態だ。
もしかしたら食事もおろそかにしていたのではないかと懸念してしまう。
「しばらくの間、ここには来させない」
言って、「カイルのことを頼む」と付け加えたランディリックに、セイレンが「かしこまりました」と恭しく礼をした。
ランディリックはリリアンナを横抱きにしたまま、彼女の自室へ運ぶ。
ここ数日使われた気配のない寝台へリリアンナの身体をそっと横たえると、「んっ」と小さく吐息を漏らしてリリアンナが薄っすらと目を開けた。
「……ランディ?」
目覚めたばかりのマラカイトグリーンの美しい瞳がぼんやりとこちらを見上げ、状況を把握したいみたいに、まぶたが数度、まるで場面転換を促すみたいにぱちぱちとしばたたかれる。
「ここは……」
小さくつぶやいて周囲をゆっくりと見回してから、そこが見慣れた自室だと気が付いた途端、リリアンナは慌てて身体を起こそうとした。
コメント
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昨日の更新おかしくなっていてすみませんでした。直しました!m(_ _)m