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セラのライガネン王国への旅は再開となった。慧太ら傭兵は、彼女の使命を果たすために再出発を果たす。
月が出ていた。じきに深夜となる。そんな中、慧太は一同を見回した。
「じゃ、ライガネンを目指すとするか! しばらくはこの道辿っていけばいいんだよな、ユウラ?」
ゲドゥート街道。リッケンシルト王都から東へと伸びている。
「ええ、いずれ北進することになりますが、しばらくは。……で、慧太くん。ひとつ伺いますが、ひょっとして歩いて行くつもりですか?」
ユウラは、そんなことを聞いてきた。慧太は、青髪の魔術師が何を言いたいのか理解できなかった。
「他に何があるってんだ?」
ひょっとして、空を飛ぶことを言っているのだろうか。王都脱出の際、シェイプシフターの分身体であるアルフォンソを飛竜の姿に変えて空を飛んだが……。
「また飛竜に変身させようっていうなら過剰な期待だ。アルフォンソだってあのなりで長時間飛行できねえよ」
「誰が空を飛んでなんて言いました?」
ユウラは小首を傾げる。
「……アルフォンソを使うのはあってますけど、もうアレの正体を隠すもうないでしょ?」
我関せずとばかりにそっぽを向いている黒馬のもとまで行くと、その背を軽く叩いた。
「五頭の馬に分身させるか、あるいは王都脱出時のように馬車にするか……どっちが楽でしょうかね?」
目から鱗だった。そうか、もう馬鹿正直に歩くこともないのか。慧太自身がシェイプシフターであることをセラには伏せているが、アルフォンソがそれであることは教えてあるのだ。
「頭いいな、ユウラ」
「慧太くん、僕を馬鹿にしてます?」
当の魔術師の友人は、どこか不満げだった。
「前にも言いましたよね。シェイプシフターであることをさっさと明かしたほうが色々楽になるって」
そう言ったところで、ふとセラのほうを見やる。
「アルフォンソのことですからね」
「? ええ」
セラは一瞬意味がわからず、小さく頷いた。他にどういう意味があるだろうという顔だ。
慧太は咳払いした。
「とりあえず、いまは夜だし。月明かりもある。街道に沿って移動するなら馬車でいいだろう。それなら御者台の見張り以外は、休むこともできる」
「それが無難ですね」
ユウラが頷けば、黒馬に視線を向ける。
「アルフォンソ、お願いしますよ」
フン、と鼻息荒いアルフォンソ。了承なのか、面倒さの表れなのかは定かではないが、黒馬の影が伸びて、漆黒の馬車が姿を現した。四輪だが屋根はなく、車体のつくりがシンプルゆえに荷車に見えなくもない。
「よし、乗るか」
慧太は先頭切って馬車に飛び乗る。そしてセラに手を差し出す。お姫様はその手をとって馬車の客車に引き上げられる。
「あー、横になりたい」
アスモディアが言いながら馬車に乗ろうとすれば、彼女を引き上げるべく慧太は手を伸ばした。
「ほら」
「あら、優しいのね。お姫様だけかと思ったけれど」
「レディには優しくしろってさ」
一方、リアナはさっさと自力で馬車に乗って、御者台に腰を下ろした。
「最初の見張りは、わたし」
「任せる、リアナ」
夜目が利く狐人である。シェイプシフターの変身であるアルフォンソも夜道は大丈夫だろうが、索敵に関して言えば、リアナの独壇場だろう。
ユウラが馬車によじ登りながら、ふと言った。
「横になるで思い出しましたけど、荷物ってどうなってるんですかね? アルフォンソに預けて、そういえば忘れてましたけど」
「アルに預けた?」
慧太は馬車の後ろに腰を下ろしながら言った。
「だったら、アルの身体の中だろ。……アル!」
その声に、馬車を引く黒馬の胴体から、にゅっと土鍋やカバン、外套やその他荷物が出てきて、ぼとぼととその場に落ちた。……シェイプシフターの身体は、一種の保管庫にもなる。ただ自身の身体の中で保管している部分は影に入れることはできないというデメリットもあった。……慧太がとっさの変身に備えて服を着ているように見えて全裸であるのはそういう理由でもある。
大きくはなれるが、身体に入れているものより小さくはなれないのだ。
「で、あの荷物は取りに行かないといけないですかね?」
ユウラが言えば、アルフォンソはつんと顔を逸らした。お前らで拾って持っていけと言っているかのようだ。
「慧太くん?」
「公平にじゃんけんで決めないか。じゃんけんは教えたろ? あれで負けたやつが拾ってくる」
慧太が提案すれば、ユウラはアスモディアに視線を向けた。
「おいおい、ユウラ。あんた女に荷物拾いさせる気か?」
「うーん、そう言われると、ちょっと頼み難いですね」
苦笑するユウラだが、アスモディアは進み出た。
「マスター、わたくしは貴方様の下僕なのですから、何なりとお命じください!」
「はい、ドMは黙ってて」
慧太は遮った。ユウラも覚悟を決めたらしく、右手を出した。
「では、一回勝負ですよ」
じゃんけん――
・ ・ ・
日が昇る。朝の冷ややかな風が肌に刺さった。
街道といっても、舗装された道路ではなく土がむき出しになっているだけなので、四輪の馬車でも揺れた。
ただシェイプシフター馬車は、その足回りが衝撃や震動を抑えるようになっていたので、普通の馬車に比べたらそこまで酷くなく、酔った者はいなかった。
客車では、真ん中にリアナ、その左右にセラとアスモディアがそれぞれ外套に包まって川の字に寝ていた。慧太は座ったまま、左右、後方を中心に、流れ行く森の景色を眺める。ユウラはリアナと代わって御者台に座っていた。
「ねえ、慧太くん? アルフォンソはシェイプシフターです!」
「ああ、それで!?」
馬車の走行音に負けないよう、少し声を張る二人。
「もうずっと走り続けてますけど、大丈夫なんですかね? 普通だったら小休止なりしないとバテるものですが」
「そうだなぁ、普通なら大丈夫なんだろうが、昨日は変身しまくって空まで飛んだから、ひょっとしたら疲れてるかもしれない」
「じゃあ、少し休みますか?」
「そうだなぁ……」
慧太は、寝ている三人娘を見やる。
すやすやとよく眠りに鳴っている姫様たちだ。リアナの狐耳が時々ぴくぴくと動いているのがご愛嬌。ちなみに真ん中がリアナなのは、セラとアスモディアが互いに隣り合って寝るのは落ち着かないと言ったからだ。
「結構、進んだよな?」
「シェイプシフターはタフですからね。もうぶっ通しで同じペースを保っていますからそれなりに」
「オーケー、じゃあ休憩ついでに、メシにするか」
慧太がカバンに手を伸ばせば、前を見ていたユウラが、やや緊張を含んだ声を出した。
「慧太くん」
「……」
視線を正面に向ける。
左右は森の木々。街道を走るアルフォンソ、その針路上に、馬に騎乗した人が現れたのだ。
二騎。外套をまといつつも、一人は手に槍を、もう一人は腰に帯剣していた。
嫌な予感がする――慧太は右手に短剣を忍ばせた。