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『血塗られた戦旗』が次の刺客を送り込もうとしている頃、帝都にある『ライデン社』の本社ではちょっとした事件が問題となっていた。
一ヶ月ほど前、帝国北部にある『ライデン社』の工廠のひとつが賊の襲撃を受けたのである。幸い警備のために雇っていた傭兵団の奮戦もあり工廠設備や技師達に被害は出なかったが、開発中であった試作品の一部が紛失したのだ。
事態の発覚が遅れた原因は現地スタッフによる確認不足と、純粋に帝都と工廠との距離にあった。
その為事態を本社が知ったのはまさに昨日であった。
諸君、ご無沙汰だ。『ライデン社』社長のハヤト=ライデンである。現在我が社は少しばかり騒がしくなっている。事の発端は昨日知らされた北部工廠襲撃事件と、それに関連する被害情報である。事件発生から一ヶ月が経過していた。もちろん距離的な問題もあるのではあるが、北部の担当者が責任逃れのために隠蔽を行っていたと言うのだから救いようがない。全く恥ずかしい限りである。
不幸な事故で起きた損失について、我輩は追求したり糾弾したりするつもりは一切無いのであるが、組織が肥大化した弊害とも言えよう。
「それで、被害は?」
「詳細については、後程北部担当者が自ら説明すると。また、今回の件について副社長が説明を求めています」
「頭が痛い問題であるな。副社長を呼びたまえ。報告の前に話をしておこう」
「はい、社長」
秘書を下がらせた我輩ではあるが、正直頭を抱えた。副社長とは、我輩の娘である。
我輩、こちらの世界にやって来たのは四十手前。地球でも女性に縁が無かったものであるが、財力とは恐ろしいものである。五十を過ぎた辺りで徐々に『ライデン社』が大きくなり、様々なパーティー等で多種多様な美人達が言い寄るようになった。
無論ハニートラップの類いも多分に含まれていたのは言うまでもあるまい。が、我輩女性に縁の無い人生でな、五十を過ぎて悔いを残さぬよう厳選した上で一人の女性を選んだのである。背後関係も調べて、ハニートラップの類いではなく純粋な資産目当てであることが分かったためである。
当然相手に愛は無いのであろうが、まあなんだ。極上の女体を味わえるならば、それで良いかと半ば諦めを感じながら結婚したのである。
……夜の方もかなり消極的だし、早々に好き勝手するようになったのは閉口したのであるがね。資産目当てなのは承知しているが、もう少し猫を被るべきである。
離婚される可能性を考えていないようだ。まあそんな小物だから心配なく妻としたのであるが。
そんな妻が産んでくれたのが、副社長。我が娘マーガレットである。
母と同じ空のように蒼く美しい髪を持ち、些か目付きに鋭さはあるものの誰もが羨む美貌をもって産まれた我が娘。我妻はそんな娘に我輩の悪評を教え込んでいたようであるが、どうやら蛙が鷲を、いや龍を産んだようだ。
幼い頃から聡明だった我が娘は、我妻の言葉を鵜呑みにせず我輩との良好な関係の維持に努めた。いや、娘らしく我輩に甘えてくれたのだ。
打算を抜きにして我輩としては可愛い愛娘であるし、我が娘もオツムの軽い妻より我輩に懐いてくれた。
そしてマーガレットが十五歳の誕生日を迎えた日。我妻が我輩を亡きものにせんと密かに画策していることを我が娘は察知。
と言うより、我妻はマーガレットが自分の味方であると考えていたようだ。
我妻は結婚して早々我輩に愛想を振り撒くのを止めた。
マーガレットを産んでからは夜も全て拒否しているし、贅沢三昧で好き勝手に生きている。
それでも我輩としては最後まで妻として、いやマーガレットの母として有ってくれるならば構わないと考えていたのであるが、流石に亡きものにしようと画策する女を側に置く趣味は無いのである。
何より許せんのは、毒殺を狙ったようであるがマーガレットを実行犯にして最後は糾弾し、全てを自分が手に入れんと謀った浅はかさである。
マーガレットもそんな妻を早々に見限り、我輩に付いてきてくれると表明してくれた。愛してくれたのはお父様だけだと言ってくれた時は、不覚にも涙を止められなかった。
だが、妻を我輩の敵として認識したマーガレットの行動は早かった。
我輩に秘密で『ライデン社』の遺産について妻と手を組んでいた者達を調べあげ、証拠を取り揃えると容赦なく我が社に存在した妻の派閥を糾弾。
その結果、妻に肩入れしていた多数の重役などを失脚させて妻を孤立させて、あらゆる証拠や証言を駆使して派閥を解体させる。優秀な人材が含まれていなかったのが不幸中の幸いか。
どうやら妻は地方の貴族と浮気までしていたようで、舞踏会の場でその様を暴露。相手方の貴族は我が社から支援を受けていたこともあり、圧力をかけるとあっさりと妻を見捨てた。
だがマーガレットはそれでも手を緩めず徹底的に妻を糾弾し、追い詰めていった。
最後は自暴自棄に陥り、我輩を刺殺せんとナイフを片手に襲い掛かってきた妻を、得意のライフルで狙撃して抹殺。生かしておけば禍根を残すと、妻の周りを固めていた者達も闇に葬ってみせた。いやはや、我が娘ながら苛烈である。
愛娘にこんな真似をさせてしまったことは、我輩最大の悔いではあるが。
以後、マーガレットは研究三昧の我輩に代わり『ライデン社』を切り盛りしてくれている。
……シャーリィ嬢を見ていると娘を思い浮かべてしまう。娘に似た彼女を気に入るのは無理もない話であるな。うむ。
さて、そんなマーガレットから話があると言う。実に情けない話ではあるが、カンカンに怒っているであろう娘に対して腰が引けているのは事実である。
マーガレットも間も無く二十歳。妻に似て美人に育ってくれたが、知っているかね?美人の怒った顔と言うものはとんでもなく恐ろしいのだ。
おっと、ドアがノックされた。五回ノックされたな。これはマーガレットが来た合図である。
「うむ、入りなさい」
「失礼します。ごきげんよう、お父様」
ドアを開けて入ってきたのは、髪と同じ蒼いドレスを身に纏った愛娘マーガレットである。うむ、我が娘は今日も美しい。我輩は貴族ではないが、貴族社会と関わることも多く、マーガレットも礼儀作法を身に付けその動作には気品が感じられるのである。親の贔屓目であろうか。
これが笑顔ならば文句はないのであるが、残念ながら我が娘はその鋭い視線を我輩に向けてきた。
うむ、これは長い一日になりそうだ。
見るからに不機嫌な愛娘を見てライデンは密かに溜め息を吐き、今回の不祥事を起こした者達を呪うのであった。