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「周りから〝完璧〟と言われ続けた俺に、人間らしい感情を与えてくれたのが恵ちゃんだよ?」
「そ……、そうですか……」
とても凄い事を成し遂げたように言われるけれど、正直そんな思いはまったくないので戸惑ってしまう。
「不満そうだね?」
涼さんは私の顔を覗き込み、頬に触れる。
「……『失礼な態度をとった』と反省しなくていいと言われましたし、『そのままでいい』と言われていますが、……見てくれも性格も普通なのに、本当にいいのかなぁ……って」
私は何か言おうとした涼さんの胸板に手を置き、言葉を続ける。
「『そんなに〝普通〟の人がいいなら、私じゃない別の〝普通〟でもいいんじゃないか』って思ってしまうんです。涼さんは『捨てないで』って言いましたが、私のほうこそ……、契約書があるとはいえ、ずっと不安です」
そう言うと、涼さんは少しまじめな表情になった。
「多分、俺たちはまだ付き合いたてで、お互いの想いに自信がないんだろうね。俺も恵ちゃんも、『恋人に心の底から愛されている。浮気される心配なんてまったくない』と思えるようになるまでには、まだ時間がかかるんだと思う」
「……ですね。まだ一か月も経ってませんし。……本来なら付き合いたての二人って、お互いしか見えていない状態のバカップルになると思います。でも『涼さんったら私の事しか見えてない~』って思うには、あなたはハイスペックすぎて、自分の中でブレーキがかかってしまっているんだと思います」
「なるほど。……俺も似たような感じかな。恵ちゃんは自分の魅力に無自覚だけど、俺から見れば君はこの上ない最高の女性なんだ。だから、別の会社に勤めている事もあって、余計不安になってしまう」
彼の言葉を聞いたあと、私は静かに溜め息をついて親友を想った。
「……朱里と篠宮さんは、十二年前に出会っているからか、実質去年の十二月から付き合い始めたばかりですけど、妙な信頼感と絆で固く結ばれているように思えます」
話題を変えると、彼は小さく頷いた。
「あの二人は特別だろうね。普通ではない出会い方をしているし、背負っているものも重い。どこか似た者同士で、共鳴し合う部分がある。……尊は朱里ちゃんと付き合い始めて、『毎日が信じられないぐらい楽しい』って言ってた。……誰よりも不幸で暗かった男が、あんなふうに笑えるようになったんだって、安心したのを覚えてる」
涼さんの表情が柔らかくなったのを見て、私はクスッと笑う。
「篠宮さんの事、大事なんですね」
「……そうだね。あいつもある意味、俺を特別扱いしなかった人だ。自分が抱えている問題で精一杯なだけだったと思うけど、なんとなく大学で一緒に行動するようになって、ある日ポロッと『三日月グループの息子なんだ』と打ち明けても、『そっか。俺は篠宮ホールディングスの隠し子だ』と何でもないように返してきたから、おかしくなってしまって」
「その時は信じてなかったのかも」
「あり得るね。俺も隠し子について『へぇ?』と思ったけど、尊と一緒に行動するようになって、どことなく洗練された雰囲気があるとか、チャラついていなくて品があるとか、納得していった部分はある」
彼は「すっかり色っぽい雰囲気から逸れちゃったね」と笑い、私の頬をプニプニつついてくる。
「多分、俺たちにとって実家がどんな家かなんて、大した問題じゃなかった。お互い、『相手が信頼に足る存在か』を重視し、慎重に付き合っていくうちに心で理解していった感じかな」
「……涼さんは、私を信頼していますか?」
そろりと尋ねると、彼はニコッと笑う。
「勿論、信頼してるよ。前にも言ったけど、この家に家族以外の女性を上げた事はない。朱里ちゃんは尊の彼女だから特別かな。でもそれ以外は……、恵ちゃんのご家族とかそういう人以外は、今後も上げる事はないと思うよ。……君が安心するなら、何でもするし、何でも言う。……他に望みはある?」
そう言った涼さんは、言葉の通り私が望めば本当になんでもしてしまいそうだ。
だからこそ、誠実に付き合わないと駄目だと感じた。
「……私は、母の言う事を聞きたいと思います。さっきの涼さんの話に戻りますが、私の母も沢山の経験をしたから、『一年同棲を続けてから』と言ったんだと思います。……それに今、私たちが確認したように、まだ私たちは心からお互いの気持ちを信じられていなくて、愛情や確信を育てていくための期間が必要だと思います。……愛情は疑っていないし、環境も何もかも十分整っている。……あと足りないのは、時間です」
涼さんは切なげに笑い、私の額に優しいキスをする。
「そうだね。俺は大体の望みを叶えられる自信があるけど、時間だけはどうする事もできない。焦ってしまって負担をかける事もあると思うけど、二人でゆっくり進んでいこう」
「はい」
返事をすると、涼さんはジッと私を見つめてから顔を傾け、唇にキスをしてくる。
顔を離すとまた私を見つめ、髪を撫でた。