テラーノベル
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教室の午後は、暑さと喧騒でだらけきっていた。誰もが机に突っ伏し、うつらうつらと時間を溶かすなか、遥は一人、目を開けたまま天井を見ていた。
笑い声が起きた。
女子たちの輪の中心。
「ねぇ、さすがにあれ、やりすぎじゃない?」
「いいじゃん、本人が“好きでやってんでしょ”?」
「てか、そういう身体なんでしょ、もともと」
──きこえる。全部。
蓮司は窓際で、何事もない顔でスマホをいじっていた。
その足元に、遥の影があった。
彼はもう反応しない。ただ、黙って、空気みたいにそこにいる。
“そういう扱い”になったのだと、自分でも理解している。
教卓の横を通った女子の一人が、わざと遥の机に肘をぶつけた。
ペットボトルが落ちる。
誰も拾わない。
遥は動かない。
反応しない。
視線を一点に据えたまま──まるで“何か”が抜けてしまったように。
その様子を、日下部は見ていた。
ノートも開かず、手を止め、息を殺すように。
遥の無表情の奥に、かつて見た、壊れかけた姿を重ねていた。
「──おい」
声にしていた。気づいたときには。
誰も気にしない。
ただ、蓮司だけがゆっくり顔を上げた。
遥の腕を掴む。
「……立てよ」
「は?」
遥が小さく眉を動かした瞬間、日下部はすでに立ち上がっていた。
蓮司の目が細められる。
何が起きているのか、あの男はすぐに察する。
「帰るぞ」
「何、勝手なこと言ってんの」
遥の声は掠れていた。
抗うように振りほどこうとするが、日下部は手を離さなかった。
「……やめろ。俺、今、ちゃんと“演技してんだよ”」
「見てらんねぇんだよ」
その一言が、遥の膝をわずかに揺らした。
「“そういう身体”とか、“どうせ好きなんだろ”とか、……言わせといて、おまえ、ほんとにそれでいいのか?」
「──俺には、そう見えない」
その言葉に、教室の空気が少しだけ揺れた。
遥は無言のまま立ち尽くす。
視線を合わせない。
けれど、手は、もう振りほどこうとはしていなかった。
日下部は、振り向かないまま教室を出た。
数秒後、遥が続く。
机に手を置いたままの蓮司が、わずかに笑った。
──見るだけじゃ、もう間に合わない。
壊れるより先に、壊したくないと思った。
それが、正しいかどうかは、まだ分からない。
でも、
「おまえ、俺に殺されるより、あいつらに殺される方がマシか?」
その問いの意味が、遥の背中に突き刺さっていた。
※作者の意見とかいらないかもですが、一言だけ。もちろん、受け取り方は自由です。
壊したくないと思った。ので、壊される、という言葉を使わずに殺される、という言葉を使う。これが、日下部の不器用さ……え?笑
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