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人気のない階段の踊り場。そこは、数年前から立ち入り禁止になっていた旧校舎の一角。
遥は無言のまま壁に寄りかかり、日下部は数歩離れた場所に立っていた。
沈黙が痛いほど長い。
「……なんで、連れ出した」
遥が先に口を開いた。
声はかすれ、喉の奥が擦り切れていた。
「おまえ、何見たわけ?」
「何も」
即答した日下部に、遥は鼻で笑った。
「うそ。見たでしょ。……さっきの“演技”。」
「──演技、なんかじゃなかった」
その言葉に、遥が目を細める。
「……演技、なんだよ。全部」
上着の袖を引っ張るようにして、無意識に腕を隠す仕草。
だが、少しずれて、シャツの袖口から覗いた。
青紫に変色した、指の形が残る痣。
日下部は、見なかったふりをしようとした。
けれど、視線は一瞬だけ、その痕に釘付けになった。
遥の口元が歪んだ。
「ね。……それも“演技”に見える?」
目を逸らす日下部に、遥がにじるように詰め寄る。
「“嫌がってるのに、反応してる”って、……ほんと、便利な言葉だよな」
「俺が、喜んでると思ってんの? そう見える?」
その目は、どこかで泣きたいのに泣けない子どものように、
そして同時に、壊したくなるくらい、虚ろだった。
「……どうしたら、信じてもらえんの?」
その問いは、遥が自分に向けたものだった。
沈黙。
言葉を選びすぎて、どの言葉も届かなくなる。
やがて日下部は、小さく呟くように言った。
「信じてる。──信じてるから、連れ出した」
遥は笑った。
泣く直前のような顔で、けれど笑った。
「……それ、一番信じたくない言葉だよ」