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〜吉田side〜
「仁人、ごめん。話、聞こえとったわ。みなと総合病院やな? もうタクシー呼んどいたから、あと数分で下に来る」
「え……」
驚いて太智を振り返る。
彼はいつの間にか、僕のために手配を済ませてくれていた。
「心配やから、僕も病院の入り口までは一緒に乗ってくわ。そっから先は、仁人ひとりで中に行き?」
さっき、太智の気持ちを撥ね退けてしまったばかりなのに。
それなのに、どうして僕の味方でいてくれるんだよ。
恐怖で押しつぶされそうだった僕は、太智が隣にいてくれるという事実に、痛いくらいに救われていた。
「……ありがとう。本当に、助かる」
僕らは部屋を飛び出し、到着したばかりのタクシーへと滑り込んだ。
深夜の街を疾走する車内。
膝の上で強く握りしめた僕の手は、情けないくらいにガタガタと震えていた。
たぶんこれから俺は、もっと深く傷つくことになる。
病院に着けば、勇斗が柔太朗をどれほど深く愛しているか、その決定的な瞬間を嫌でも目の当たりにすることになるだろう。
それが、どうしようもなく怖かった。
こんな緊急事態にまで、自分の失恋の恐怖で震えている自分の愚かさに気づき、激しい自己嫌悪が押し寄せてくる。
どうして僕は、どこまでも自分のことばかりなんだ。
勇斗を好きになってから、自分のことが嫌いになっていくばかりだ。
その時、膝の上で震えていた僕の手を、太智の手が優しく包み込んだ。
驚いて隣を見ると、太智はひどく切なそうな、今にも泣き出しそうな瞳で僕を見つめていた。
「じんちゃん……こわいよな。好きなやつが、自分じゃない他の誰かのことで苦しんで泣いてるのを見るのは。……めちゃくちゃ、辛いよな…」
「……なんで、っ」
なんで、そんなに僕の気持ちが分かるの。
どうして太智がそんなに胸を締め付けられるような声で、僕のために泣きそうになっているの。
あぁ、そうか。 太智も同じだ…。
それに気が付いてしまったから、もうそれ以上、こいつの目を見つめ返せずに俯いた。
感情がぐちゃぐちゃだった。
「……僕、やっぱ中まで一緒に行こうか?はやちゃんのことを励ましたあと、僕が仁人をいっぱい励ましたるわ。な? だから心配せんと、はやちゃんのとこ行ってき?」
自分の傷口なんてまるで見えないフリをして、どこまでも真っ直ぐに僕の心を救おうとしてくれる太智。
僕は弱かった。
「うん……っ、太智、ありがと……」
堪えきれなくなった涙がひとしずく、僕の頬を伝って落ちた。
間もなくしてタクシーは夜の総合病院へと到着し、僕たちは急いで救急病棟の待合室へと向かった。
白く冷たい蛍光灯が照らす、静まり返った待合室。
その片隅のベンチで、小さくなってガタガタと震えている勇斗の姿がすぐに目に飛び込んできた。
「勇斗っ……!!」
「っ! 仁人……っ!!」
名前を呼ぶと、勇斗は弾かれたように顔を上げた。
僕の姿を認識した次の瞬間、あいつは子供のように縋りつく勢いで僕の胸へと飛び込んできた。
一人で怖くて、不安で仕方がなかったのだろう。
衣服にべっとりと付着した赤黒い血の匂いが、僕の鼻腔をキツく刺激する。
俺は何も言わず、震えが止まらない彼の大きな背中を、優しく何度も摩って落ち着かせた。
「仁人、柔太朗が……柔太朗が、っ、」
「うん……分かったから、まずは座ろ? な?」
過呼吸寸前の勇斗を、何とかベンチに座らせる。
勇斗は「俺がもっと早く行けてたら……全部俺のせいなんだ」と激しい後悔を吐き出しながら、自分の太ももを拳で何度も、大きな音がするほど強く叩き始めた。
その自傷行為に近い手を、僕は慌てて両手で捕まえ、優しく握りしめる。
「勇斗のせいじゃない。絶対に違う。大丈夫だから……なぁ、落ち着けよ、勇斗」
こんなに弱り果てて、ボロボロに崩れ落ちている勇斗は、十年以上の付き合いの中で一度だって見たことがなかった。
僕は頭を抱えて子供のように声を上げて泣く勇斗の背中をそっと支え、何度も、何度も「大丈夫だから」と繰り返した。
今の僕には、そうしてあげることしかできなかった。
「仁人、はやちゃん。これ飲んで、一旦落ち着き? 大丈夫やから、なぁ?」
いつの間にか自販機に走ってくれていた太智が、温かい缶コーヒーを僕たちに差し出してくれた。
僕は太智に目でお礼を言って受け取り、そのうちのひとつを勇斗の手に握らせる。
「……あったけぇ……」
勇斗は、まるで氷のように冷え切った手のひらで缶コーヒーを強く握りしめていた。
太智の優しい気遣いのおかげか、やがて勇斗の激しい嗚咽も徐々に収まっていった。
でも勇斗は魂が抜けたような力なさで、僕の肩にぽつんと頭を預けたまま、どこか一点をただじっと見つめていた。
その時、重々しい音を立てて処置室の扉が開き、医師が出てきた。僕たちはハッとして立ち上がる。
「とりあえず、一通りの処置は無事終わりました。命に別状はありません。身体の傷は時間が経てば次第に良くなっていくと思いますが……深刻なのは精神面です。そばにいる方の支えが大切になります」
医師の言葉に胸を撫でおろしたのも束の間、すぐに看護師に促されて、僕たちは柔太朗のいる病室へと通された。
そして、カーテンの向こうにある柔太朗の姿を見た瞬間、僕は言葉を失って絶句した。
正直、ここまで凄惨だとは思っていなかった。
包帯に包まれた身体、透き通るような白い肌を無惨に変色させている無数の打撲痕。
勇斗が、麻酔で深く眠っている柔太朗に向かって、吸い寄せられるようにゆっくりと歩みを進めていく。
「なぁ、勇斗……これさ……」
不自然な傷の有様に、僕が低く沈んだ声を漏らすと、勇斗はハッとしたように「……階段から、派手に落ちたんだよ」と、およそ説得力のない嘘を咄嗟に伝えてきた。
そんなわけがないことくらい、見れば分かる。
だけど、これほどボロボロに崩れ落ちそうな状態でありながら、僕たちに何かを隠して、一人で必死に柔太朗のことを守ろうとしている勇斗の張り詰めた視線を見て、僕はそれ以上、何も聞かなかった。
聞けなかった。
「勇斗。たぶんさ……柔太朗が目を覚ましたとき、俺らがぞろぞろいたら嫌だと思う。だから、俺らはもう帰るわ」
「……そっか。そうだよな。俺も、一旦帰るわ」
弱気になりかける勇斗の視線を、僕は真っ直ぐに見つめ返した。
「いや、お前は残れ。さすがに目覚めたときに一人きりなのは不安だろ。
それに……お前、こいつのこと守ってやりたいんだろ?……だったら、今からでも、ちゃんと守ってやれよ」
お前の背中を押し、前を向かせるための言葉を、僕はいつだって「親友」として完璧に差し出すことができる。
本当はそいつが目覚める前に、お前をこのまま僕の部屋へ連れ帰ってしまいたかった。
そうすれば、お前たちの関係はここで切れて、また僕だけの勇斗に戻ってくれたかもしれないのに。
そんな醜いエゴを飲み込んで、胸をナイフで切り刻みながら差し出した言葉。
それが、僕にできる最大のはなむけだった。
「……だな。俺、残るわ。仁人、こんな夜中にわざわざ来てくれてまじでありがとな。本当に助かった」
勇斗は溢れる感謝を込めて、いつものように僕の頭をくしゃくしゃと撫で回した。
――あぁ、お願いだから、今は触らないでくれ。
その大きな手のひらの温もりが引き金になって、堪えていたものが一気に決壊した。
「別に……」
そう答えた声は、微かに、だけど確実に震えていた。
いま顔を上げたら、絶対に泣いているのがバレてしまう。
今ここで僕が泣くのは違う。
あいつを困らせたくない。
理由だって言えない。
必死に下を向いて、髪で顔を隠そうとしたけれど、目元から熱い涙がボタボタと溢れて、冷たい床に点々と染みを作っていく。
もう、この場所に留まるのは限界だった。
「じんちゃん、行こか」
その時、病室の入り口にいた太智が、いつの間にか僕たちの間に割り込み、僕の手を引いた。
太智はそれ以上、僕に何も言わせなかった。
これ以上、僕が勇斗の前で惨めな姿を晒さないように。
僕の崩れ落ちそうな身体を、太智の大きな手が引き寄せ、その広い肩で、勇斗の視線から僕の顔をそっと隠すしてくれた。
「じゃ、はやちゃん、また連絡するわ。お大事にな……」
太智はそれだけを静かに告げると、僕の肩を優しく抱いたまま、病室を後にした。
引き戸が閉まる静かな音を聞きながら、僕は勇斗に見られずに済んだ安堵と、失恋の猛烈な痛みのなかで、太智の胸に引き寄せられたまま、声を殺してただ激しく泣きじゃくっていた。
to be continued……
コメント
2件

初めてのコメント失礼します! 前作から密かに追わせていただいているのですが、はるさんの作品は表現がすごく丁寧できれいで、ひとりひとりの心情が痛いほど伝わってきて本当にすごすぎます、大好きです もちろんメンバー全員どこかしらで辛い思いをしていていつも胸を打たれるのですが、今作が始まってからは前回の描写で一気に引き込まれて、結末が前作で分かっていることもあり特に💙くんの心情を色々と想像してしまいます、、、泣 前作も楽しい話と過去の辛い話が両方楽しめて本当に良かったので、今回も少しでも3人が幸せなところが見れるのを楽しみにしてます! これからたくさんコメントさせてください!応援してます📣
もちぷよ
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#山中柔太郎
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