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深夜。
FORSAKEN暗黒厨房。
魔界の紫色の月光が、
巨大な厨房を不気味に照らしていた。
静かだった。
――数秒前までは。
ガギンッ!!!
「抜けねえッ!!!!」
金属音と絶叫が厨房に響き渡る。
「おい!!
なんだこの噛み方!!
どういう角度だよ!!」
1eggsがブチギレていた。
金色の瞳は血走り、
肋骨がギシギシ鳴っている。
その両手には、
命より大事な黄金のフライパン。
しかし。
そのフライパンは今――
ジョン・ドウの右腕、
“業務用大型魔導ミキサー”の羽根部分へ、
ありえないレベルで完璧に挟まっていた。
ガチッ。
ガチガチガチ。
引っ張っても抜けない。
というか、
むしろ噛み込みが深くなっていく。
原因は単純だった。
1eggsの超高速フランベ。
ジョン・ドウの超高速攪拌。
タイミングが最悪の形で一致。
結果。
「フライパンとミキサーが結婚した」
ホスフォラスが腹を抱えて笑っていた。
「ハハハハハハハ!!!!
なんでそんな奇跡みたいなハマり方するの!?
芸術点高すぎるだろ!!」
「笑ってる場合か!!
俺の相棒が喰われてんだぞ!!」
1eggsは全力で引っ張る。
ぐいっ。
しかし。
その反動で。
ぽす。
ジョン・ドウの柔らかい身体が、
1eggsへ密着した。
「…………」
「えへへ」
ジョン・ドウはいつもの満面の笑顔。
赤いスカーフが揺れる。
「僕のミキサー、
一度掴んだものはなかなか離さない頑固な子みたいなんだ」
「知らねえよ!!」
ぐいっ。
また引く。
ぽすっ。
さらに密着。
近い。
異様に近い。
というかもう体が当たっている。
#エリオット
あおあお
8
#エリオット
あおあお
48
「離れろ生地野郎!!」
「でも引っ張ると、
もっとくっついちゃうね」
にこにこ。
「笑うな!!」
ジョン・ドウは相変わらず、
逆回転する気配が一切ない。
それどころか。
引っ張られるたび、
嬉しそうに1eggs側へ寄ってくる。
完全に故意だった。
「お前!!
絶対わざとだろ!!」
「そんなことないよ?」
満面の笑顔。
「でも……
こうして1eggsとくっついてるの、
なんだか安心するなぁ」
「~~~~ッ!!」
1eggsの顔温度が急上昇する。
漆黒の顔なのに分かるくらい赤い。
その時。
カツ。
カツ。
カツ。
聞き慣れた、
“社会人の疲労”みたいな足音が響いた。
「……深夜に何を騒いでいるんですか」
現れたのはアズール。
ウィザードハット。
疲れた目。
そして両手には、
びっしり数字の書かれた月次報告書。
アズールは二人を見る。
ミキサーとフライパンで繋がり、
至近距離で密着し、
息を荒くしている怪物二名。
数秒の沈黙。
「……なるほど」
さらさら、とペンを走らせる。
『備品損耗:追加』
「あのな苦労人!!
分析してないで助けろ!!」
1eggsが叫ぶ。
「こいつの腕が俺のフライパン食ったんだよ!!」
「事故ですか」
「見りゃ分かるだろ!!」
「新人の痴話喧嘩に割く業務時間はありません」
即答だった。
「冷たッ!!」
アズールは書類をめくる。
「そのまま一生繋がっていればいいんじゃないですか」
「何言ってんだお前!?」
「調理効率は著しく低下しますが、
その分は給与から設備破損費として差し引いておきます」
「鬼!!」
「あと通路塞いでるので邪魔です」
辛辣すぎた。
その横で。
ジョン・ドウが嬉しそうにしている。
「一生……」
ぽわ。
顔がほんのりピンク色になった。
「1eggsと……一生……」
「反応すんな!!」
アズールは無言で報告書の角を構える。
そして。
ペシッ。
「あう」
ジョン・ドウの頭を軽く叩いた。
「浮かれるな新人」
「えへへ……」
「あとミキサーの回転止めてください。
さっきから危険です」
ブォン♪
「止まってませんね」
アズールは諦めた。
完全に諦めた目で踵を返す。
「では僕は帰ります」
「待て待て待て!!
置いてくな!!」
「嫌です」
「薄情者!!」
「今さらですか?」
去っていくアズール。
カツ。
カツ。
カツ。
その背中を見送りながら、
ジョン・ドウはしょんぼり肩を落とした。
「あーあ……
アズール様行っちゃったね」
「お前のせいだろ!!」
ジョン・ドウは、
上目遣いで1eggsを見つめる。
至近距離。
柔らかいパン生地の匂い。
ほんのり甘い、
発酵しかけの小麦の香り。
「……でも」
にこ。
「僕、
このままでも結構好きかも」
「…………」
「次の予算申請まで、
こうして繋がってたいな」
「ッッッ!!」
1eggsの思考が爆発した。
近い。
近すぎる。
しかもジョン・ドウ、
引っ張るたび嬉しそうに寄ってくる。
「お、おい……
離せ……
離しやがれ……!」
声が弱い。
全然いつもの迫力がない。
ジョン・ドウは嬉しそうにミキサーを鳴らす。
ブォォン♪
すると。
ガチッ。
さらに深くハマった。
「悪化してんじゃねえかァァァ!!!!!」
厨房に絶叫が響き渡る。
その頃。
少し離れた廊下では。
夜食のコーヒーを持ったスペクターが、
静かにその悲鳴を聞いていた。
「騒がしいね」
完璧な真顔。
「新人同士の交流が活発なのは良いことだ」
「交流で済ませていい音じゃないですよ」
隣のアズールが疲れた目で返す。
スペクターはコーヒーを一口飲む。
「……まぁ」
静かな声。
「最悪、そのまま調理すればいいんじゃないかな」
「料理人が二人三脚みたいになるんですが」
「効率的かもしれないよ?」
「絶対非効率です」
その瞬間。
厨房から再び悲鳴。
「だから回すなって言ってんだろ生地野郎ォォォ!!」
ブォォォォォン♪
FORSAKEN暗黒厨房。
今日も平和に、
カオスだった。