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いよいよ今日、これが奥出との最後のゲームだ。
「やっぱり来たのね」
「お前も、やっぱり俺のクラスにしか来ないんだな」
「たまたまよ」
絶対にたまたまなんかじゃない。奥出は偶然を、必然的に引き起こすのだから。
「これで、一か月止め切ったことになるよな」
「ええ、その通り。最後の怪文書、いるかしら?」
「そう言っても、そんなものもう持ってないじゃないか」
奥出の手には、何も用意されていなかった。負けることを覚悟していたのか、それとも、勝つ気がなかったのか。
「そうね、もう私たちには必要ないもの」
「約束、果たしてくれるよな」
「そもそも、そんな約束なんてする必要なかったのよ」
どういうことだ。俺の願いを一つ、何でも聞くと言ったのは奥出だ。今更それをなしにすることは許されない。
「俺の知りたかったことを教えると、言ったじゃないか」
「もちろん言ったわ。でもそれは、約束に含まれていない。私は最初から、負けたら真実を話すと決めていたのだから」
「なんとも勝手な考えだな」
それは、俺との約束はある意味無効ということになるのだろうか。じゃあ俺は、お前に何を願えばいい?
「最後まで、謎解きは楽しかったかしら」
「最後以外は、楽しかったよ」
「どうしてそう思ったのか、教えてくれるかしら」
奥出は、あんな子供向けの謎解きを用意して満足だったのか? いつも作っていた怪文書に比べたら、質も量も劣り、意味すらない。まるで、人が変わったみたいに。
「あんなの、奥出の考える代物とは思えない。今まである程度の知識を必要とした謎ばかりで、俺は、友人の助けがなかったら絶対に解けなかった」
「最後になって、やっと気づいたのね。まあ、あれだけ手を抜けば、さすがに分かるかしら」
「なんであんなもん作ったんだよ」
今までの怪文書は、何かしら伝えたいことがあったのだろう。最初の三枚の、翻訳の意味は未だに分からないけども、二進数の日付も、俺に何か気づかせたくて作っていたのは事実だろ。
「私の伝えたいことは、もう伝えきったからよ」
「楽譜の怪文書、二枚は『模倣犯』の後輩が、一枚は奥出が俺に向けたものだった。奥出のメッセージは、ちゃんと俺に届いていたよ」
「そう、それが全て。私は途中から、拓斗くんに全ての真実を知ってほしかったのよ」
途中から? 最初はそんな気はなかったということか?
「どうして俺なんだよ」
「個人情報を見ただけの時は、別に何とも思っていなかったのよ。あの日、私を教室で見つけてくれた時も、あなたを言いくるめようと、それだけ思っていたの」
「まあ、そんなもんだろうよ」
奥出の中で、いつ、何が変わったのだろう。
時は一か月前に遡る。生徒会長、奥出早紀は、三年生の教室で、怪文書を持ったまま立ち尽くしていた。
「これ、どうしようかしら」
「そこで何をしてるんだ」
「あら、こんな時間に人だなんて、私も迂闊でしたね」
こんな時間に人が来るなんて思っていなかった奥出は、少しだけひるんでいた。
「犯人はお前だったのか奥出」
拓斗のその言葉を聞いた時、奥出は瞬時に判断したのだ。
「あなたにはそう見えるのね。本当、困りますね」
いつもはしない、手櫛で長い髪をとく行動。拓斗に余裕であるように見せかけ、手に持っていた怪文書をきれいに折りたたんだ。
「犯行現場を見た者は最後、聞いたことない?」
「なんだ、お前もその口か?」
拓斗をわざと煽るように言葉を選ぶ。何が何でも、バレてはいけない。
「あなた今、想像した? 何かされるかもって期待してるのでしょう?」
「ななな何を、そそそ想像したって?」
ごまかしが下手な拓斗に少し笑いそうになったが、何とかこらえ、魔性の女を演じ続ける。
「まるで経験のない初心な男子高校生ね。それとも、狩られる前の羊かしら」
奥出ももちろんそんな経験はない。初心なのはお互い様だ。
「俺をどうする気だ」
「さあ? 口封じでもしちゃおうかしら」
それらしいことを言って、拓斗より背が高いことを生かし、脅すような真似をする奥出。
「まさか……殺し……!」
「残念ながら趣味じゃないわよ」
というか、そんな趣味あるわけないだろ、と思う奥出だが、今はそんなことを言っている雰囲気ではない。
「とりあえず教室に入ったら? あらかた忘れ物でもしたのでしょう?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
まさか、適当に言ったことが当たってしまったことに、内心驚く奥出。
「生徒会長が噂の事件の犯人だなんて、驚いたかしら。それとも失望した?」
「いや、俺は特にお前のことは知らない。期待も失望も、湧き出る前の段階さ」
拓斗の本音を聞いた奥出は、少し複雑な気持ちながらも、騙しにいくまでもないと軽く考えた。
「冷たい人なのね。そう言われたことない?」
「俺は別に気にしない。大衆の言う優しいは正義なのか?」
奥出は、何か確信を突かれたような気がした。そして、少し口をつぐんでしまったが、気持ちを切り替えて拓斗に持ち掛ける。
「秘密の話をしましょうか」
「秘密の話?」
「これから一か月間、私が文書を貼るのをあなたが止められたら、あなたの言うことを何でも聞いてあげる」
これはただのその場しのぎに過ぎなかった。そのつもりで、奥出は適当に考えた提案を拓斗に持ち掛けたのだ。
「ゲームは嫌いかしら」
「いや、やる意味が見いだせないだけさ。まずお前は、そんなおかしな文書を貼って楽しいのか? それにさっきの提案だってお前にメリットがあると思えないんだが」
明らかにやる気のなさそうな拓斗に、奥出は魅力など感じなかった。
「楽しいかどうかは置いといて、この提案を呑めば、私が救われるのよ。もちろんこの騒動も治まるし、先生も助かるでしょ? たった一か月間でこの全ての事件が終わるとしたら、お得じゃないかしら」
「お得、ねえ」
それらしい言葉を並べ、拓斗を誘い込む奥出。どっちの結果に転がっても、奥出のやることは変わらない。
「別に、断ってもいいのだけれど」
奥出は人に期待などしなかった。拓斗は生徒の中の一人、それだけの認識だった。
「乗ってやるよ、その提案。俺が勝った時は、なぜこんなことをするのか教えてもらうぜ」
「あら、そんなことでいいのね。まあ、私もなぜこんなことをしているのか分からないけど」
「じゃあ、見つけてこい。俺が勝つまでに」
予想外の返答にも表情を崩さない奥出。本気で勝とうとしている拓斗を、所詮は口だけだと軽く見ていた。
「提案を呑んでくれたお礼に、この文書はあなたにあげるわ」
適当に怪文書を押し付け、事を済ませようとした。
「ああ、特別捜査員にでも渡しておくよ」
「頼もしいお仲間ね。それじゃあ私はもう行くわ」
この時点で既に、奥出は『特別捜査員』が友人であることを把握していた。拓斗は最初だけ頑張って、途中からどうせ諦めるだろうと、奥出は考えていた。でも、それは見当違いで、いつでもどこでも止めに来る拓斗に少しずつ興味が湧き、会いたいと思うようになり、真実を知ってほしいと願うようになったのだった。
俺は、奥出の話に耳を傾けようと思った。
「拓斗くん、私はこの一か月間、色々あったけれど、本当に楽しかったのよ」
「からかってるのか?」
「いいえ、単純にあなたと関わることが、日々の楽しみになっていたの」
こんな素直な奥出は珍しい。いつもは遠回しにはぐらかし、本音なんてチラ見すらしなかったのに。
「俺も、実は少し楽しんでいたんだ」
「あなたからそんな言葉が出ると思わなかったわ」
「それはお互い様だ」
俺たちはしばらくの会話の後、少し沈黙を経て、奥出が話し出した。
「秘密の話をしましょうか」