秘密の話、あの日に聞いた懐かしい言葉。奥出、俺に全てを教えてくれ。
「正直に言うと、私は怪文書事件の犯人ではないわ」
「ちょっと言っている意味が分からないんだが」
「本当の犯人は、あなたを嵌めた後輩」
どういうことだ。確かにあの後輩は『模倣犯』だった。奥出が罪を擦り付けるなんてことありえないし、俺はまだ理解しきれていない。
「後輩は『模倣犯』だろ?」
「いいえ、後輩こそが『真犯人』だったのよ」
「じゃ、じゃあ、お前は何だって言うんだ」
模倣犯だと思っていた後輩が、実は真犯人? そうなると奥出は、何のために毎回教室に、しかも怪文書を持って待っていたんだ?
「あの日、私は拓斗くんのクラスの黒板に、怪しげな紙切れが貼ってあるのを見つけたの。それは連日噂になっていた怪文書だった」
「既に、貼ってあったのか?」
「そうよ。それを剝がそうとしていた時、拓斗くんが教室に入ってきた」
そんな、そんなことがあるのか。俺はあの一瞬だけで、貼ろうとしているものだと思い込んでしまったんだ。
「なんであの時、正直に言ってくれなかったんだよ」
「私は既に、後輩が犯人だということを知っていたわ。私が本当のことを話してしまえば、拓斗くんが先生に言ってしまう可能性があった。後輩の目的が分かるまでは隠しておきたいと思っていたのよ」
「後輩のために、お前は……」
奥出にとって、後輩はそれだけ守りたい存在だったというわけだ。俺は裏で動いていることを察しも出来ず、簡単に奥出の嘘を受け入れてしまったのか。
「あなたのせいじゃないのよ。私が安易についた嘘が、ここまでの事を招いてしまった。一人を守ろうとしたがために、周りに多大な迷惑をかけてしまったの」
「そんな、奥出だって悪くないよ。お前の正義は間違っていなかったんだから。結果的に、後輩は救われたんだ」
「優しいのね。後輩も私も、結局は保身に走ってしまったのに。あなたを騙すことで、先生に後輩と私の事が感づかれないようにして、あなたに全てを背負わせてしまったのに」
俺は、特別誰かを恨んでることはなかった。冤罪を被っている時だって、不思議とどうにかなるって信じていた。ただ、後輩のあの行動だけが予想外だっただけなんだ。
「終わり良ければ全て良しって言うだろ? 奥出が真実を話してくれなくても、俺はお前を先生に突き出すような真似をしようとは思ってなかったさ」
「やっぱりあなたは、『普通』ではないわね。他の人ならきっと、『悪者退治』を実行しているわ」
「俺は、たとえお前が本当の『悪者』だったとしても、不幸になるところを見たくなかったと思うよ」
確かに罰を受けなければならない時はあるだろう。でも、それを実行するのは俺じゃない。俺自身の手で誰かを不幸にさせるのは、それが正解だとしても、そんなものは罪悪感しか残らない。
「私を見つけたのがあなたで良かった。止め続けてくれてありがとう」
「お礼を言われるようなことは何もない。俺はお前に、謝らなければならないから」
「あなたの正義は、本当にきれいね」
俺のほうこそ感謝している。奥出じゃなかったら、きっと心を奪われることなんてなかったはずだ。俺を見てくれたから、認めてくれたから、俺はお前を好きになったんだ。
「勘違いしてすまなかった。ずっと、事件を未然に防いでくれていたんだよな」
「特に苦ではなかったわ。拓斗くんと話すことが楽しくなっていたから」
「俺もだ。奥出とのやり取りは、日々の楽しみになっていたぐらいだからな」
文書解読も含めて、この一か月間は特別なものだった。最初は憂鬱だったが、奥出のことを知れば知るほどやる気になっていたのが本当のところだ。思い出すと、色々ありすぎたよ。
一か月前、最初の一週間は、奥出のことを雑に扱っていた気がするな。
「あなたは私を何だと思っているの?」
「優秀な生徒会長様だろ?」
「あなたも嫌みな人なのね」
今では少し意地悪だったなって反省してるよ。
「そういえば、失敗した場合の提案を聞いていなかったんだが」
「ああ、そうね。失敗したら、秘密のお手伝いでもしてもらおうかしら」
「怪文書貼りならお断りだぜ」
「そんなのずるいわ、あなたから聞いてきたんじゃない」
そうそう、そんな会話もした。ふざけた回答をしたんだっけか。
「じゃあ、俺と一週間付き合うってのはどうだ?」
「それは罰ゲームにならないじゃない」
「どういう意味だそれ」
「私と付き合えるなんて、光栄でしょ?」
まさか奥出がそんなこと言うなんて、思ってもいなかったな。意外と面白い奴なんだって思ったよ。
休日に呼ばれたこともあったっけ。
「今日は学校はお休みね。でも、お休みにならないことも、世の中には存在するのよ」
この時はかなりビビったなあ。もしかして俺を試していたのか?
思い返せば、ヒントをくれていたこともあったよな。
「じゃあ、質問。違う人が同じ意味合いの文章を書いたら、それは同じ物と言えるかしら」
「意味が一緒なら同じだろ」
「そう。あなたからすれば、これはやっぱり英語でしかないのね」
この時は分からなかったけど、これは後輩と奥出、本物と偽物があるって伝えたかったんだろう?
二週間目から結構距離が縮んだと思うんだ。
「やめるっていう選択肢はないのかよ」
「それはないわね。これは私の使命だもの」
「意志が固いことだけは褒めてやるよ」
「あら、ありがとう。素直に受け取っておくわ」
奥出の使命は、後輩を守ることだったんだって、今気づいても遅いよな。
さりげなく俺に聞きたいことだってあったはずだ。
「そういえば、以前の文書は解読できたのかしら」
「お前には関係のないことだろ」
「それもそうね。でも、なんて書いてあったか気になるじゃない」
本当は全てお見通しで、奥出も怪文書を解読できていたんだろうな。きっと、紛れ込ませた『偽物』に気づいているのか探っていたんだよな。
デートの誘いもあったな。
「明日、予定はあるかしら」
「特にないけど、それがどうした」
「よければショッピングに行きましょう。あなたに頼みたいことがあるのよ」
正直、電話がきたときは嬉しかったよ。頼られるのも嫌じゃなかった。あのプレゼント、後輩にあげるやつだったんだろ?
予想外のことも多かったよ。
「俺以外のやつに見つかる可能性だってあるんだぞ」
「そうなったら私の負けね。あなたにとっては事件を止められるんだからそれでいいんじゃない?」
「お前、自分がどうなってもいいのかよ」
「別に死ぬわけじゃないわ、大袈裟ね」
もしかしたら、奥出が全て罪を背負う覚悟だって、本気でしてたのかもな。俺にとっても、奥出にとっても、この時はピンチだったんだな。気づいてあげられなくてごめん。
俺も結局、自分の事しか考えられてなかったんだよ。ヒントやチャンスはいくらでも転がっていたのに、最後のほうは冤罪を晴らすことしか考えていなかった。友人を使って、海斗を使って、やっと後輩の存在にたどり着くことが出来た。遅すぎだって思うよ。
「拓斗くん、今更だけど、後悔はない?」
「後悔は、自分で真実を見抜くことが出来なかった、それだけだ」
「変わらないのね。どこまでも、人を思いやれるあなたは素敵だと思うわ」
奥出は俺を責めたりしない。だから俺だって、お前を責めたりしないよ。
「奥出だって、最大限思いやってるじゃないか。後輩も俺も、お前のおかげで救われたんだ」
「救われてもらわなきゃ困るわ。私の大切な人だもの」
「そうか……」
俺はお前の大切な人になれて、本当に嬉しいよ。
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