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(改めて見ると、すっごいだまし絵の世界だ。遠近感が全然通用しないぞ。家なんか全部黒い塊だし、飾りが無かったら目の前にあってもどこにあるのか分からない。面白いなぁ)
この白黒の世界を堪能しているようだ。前世で見た白黒の絵を思い出し、感慨にふけっていた。手を繋いでいるパフィが、その様子を優しい目で堪能している。
先日の監禁抱き枕事件以降、アリエッタが恥ずかしがってミューゼから少し離れているのだ。食事中もチラチラとミューゼを見ては顔を逸らす姿を見て、全員が癒されていた。そしてそれは今も続いている。
「アリエッタ」
「みゅっ!?」
ミューゼが不意打ちで顔を近づけて声をかけると、アリエッタは跳ね上がる程驚き、顔を赤くしてパフィの後ろに隠れてしまう。そのままモジモジしながらゆっくりと顔を覗かせては、視線が合うと顔から蒸気を出しながら俯き、スススッと隠れ、そしてまたチラリと顔を覗かせる。
(駄目だみゅーぜの顔見るだけで昨日のアレ思い出す……あんな…赤ちゃんみたいに……それに……)
『うぐっ……』
ミューゼはもちろん、周囲の大人達が精神にダメージを負い、胸のあたりを押さえてうめき声をあげた。うっかり微笑ましそうに眺めていた通行人も含めて。
「これは駄目でしょう……一体誰がこの可愛らしさに抗えるというのですかっ!」
オスルェンシスのその意見には、その場にいる全員が頷いていた。
やがて一番最初に落ち着いたパフィが、アリエッタを抱き上げた……その時、抱かれた本人がいきなり大慌て。赤かった顔をさらに赤く染めていた。
「あわわわっ」(だっだめ、今はダメっ! バレちゃう!)
「ほーら落ち着くのよー」
「ふにゃぁ」
撫でて大人しくさせる事で、ようやく周囲も落ち着いた……なんてことはなく、撫でた事でへにゃりと現れた笑顔を通行人が直視してしまい、胸を押さえ吐血しながら崩れ落ちるという痛ましい事件が起こってしまった。しかし周囲の人々に、気にする様子は無い。
「と、とりあえず出発しましょ!? そうしましょ!?」
「分かったのよ!」
ちょっと恥ずかしくなったのか、ネフテリアが急かし、ひとまず山の方向へと歩き始めた。
被害に遭った通行人達は、優しい笑顔で静かに手を振り、アリエッタ達を見送るのだった。そして皆同じ事を思う。
(なんか凄い幸せなモノを見た……)
その日、町中の子供達が、優しい表情の大人達にひたすら見守られたとかなんとか……。
シャダルデルクでは、町中で地面の中に潜る事は、緊急時以外禁じられている。いつでもどこでも出入り出来てしまうと、様々な犯罪が横行するからである。
特に他リージョンの人々との交流を持つようになってからは、ファナリアやハウドラントと共に決めたそのリージョンに合わせた法律を広め、各町で警備もするようになっていた。ヨークスフィルンも含め、だいたいのリージョンがそうやって法を持つようになり、多種多様な人々が暮らしやすい環境を作り上げている。
「なるほどなの…よっと。それが総長のおじいちゃんの偉業なのよ?」
「正確には曾祖父らしいわ。始まりは1000年以上も前の話よ」
「ハウドラント人の寿命っていくらなんだか」
「その代わり100年経っても幼女なのもいるけどねー」
そんな歴史の雑談をしながら、地面…オスルェンシスの影から出てくる一同。メアの町から離れた後は、影で移動したのである。転移程ではないが、オスルェンシスが本気を出すと、走った時の5倍以上の速さで移動できるとの事で、ピアーニャの代わりとして同行していたのだ。
影の出口はオスルェンシスの意思で変える事が出来る。他人がいる時は、出口を階段状にして地面から出てきやすいようにしているので、アリエッタでも苦労せずに地上へと上がってこれる。
パフィに手を引かれて上がってきたアリエッタは、少しおどおどしながら歩いている。
(だ…だいじょうぶだいじょうぶ。バレてないバレてない)
「少し顔が赤いわね。まだミューゼの事恥ずかしがってるのかしら」
「あたしやり過ぎちゃった?」
「アリエッタ、大丈夫なのよ?」
「ひうっ!? だ、だいじょうぶ!」
声をかけられ、大きく身を震わせて驚き、無意識に目を泳がせる。
それだけで何かを隠していると察する大人達だが、それが既にバレバレの恋心なのか、別の事なのかは分からない。
一旦頭を撫でて落ち着かせ、仕事を優先する事にした。
「これが山なのよ?」
「ええ、あれが山です」
相変わらず距離感の齟齬があり、パフィは前方にある黒いシルエットを見て、山であることを確認するが、オスルェンシスによるとまだ距離があるとのこと。
それもその筈、オスルェンシス意外には、それは黒い壁にしか見えていないのである。
「ちなみに目の前には荒れた岩場が広がっていますよ」
『分かるかあああ!!』
黒いシルエットの中に黒いシルエットがあっても、ミューゼ達には見分けなどつかない。
手をつき出し、黒い何かに触れ、しゃがんで見上げて白い空を背景にすることで、ようやく目の前に大きな物がある事を理解した。
「あの、これあたし達はまともに歩けないのでは?」
「うん……なんかゴメン」
周囲の見た目が分からないのでは、目隠ししながら歩いているのと変わらない。ここの調査はオスルェンシスに任せればよかったと、ネフテリアは後悔していた。
しかし手段が無いわけではない。
「本当は感知の魔法に慣れるのに良いなと思ってたんだけど、ミューゼには使えない事情があるのが判明しちゃったからね。わたくしが何とかするしかないか」
「うぅ……」
「ああ、責めてるんじゃないから。落ち込まなくていいから。ごめんね?」
ミューゼはすっかり特定の魔法に対して、コンプレックスを抱いてしまっていた。しかも、うっかり口を滑らせる気の利かない王女が、さらにやらかす。
「これからはミューゼが出来ない事は、わたくしが受け持つから!」
「………………」
王女はジト目で睨まれた。
持たざる者の闇は、少し深いのである。
「ごめんなさい……でも今回はわたくしにやらせてください……」
ミューゼの両隣にパフィとオスルェンシスも立ち、便乗して睨みつけた事で、ネフテリアは一気にしおらしくなるのだった。
ここで追加で、パフィから援護が入る。
「ミューゼの魔法はオリジナルって事なのよ? じゃあきっとミューゼの方が凄いのよ。気にしないでいいのよ」
「むー……そうかなぁ……」
納得のいかなそうなミューゼだが、ネフテリアはパフィに便乗して首を縦にブンブン振っている。
「こういう時は、ちゃんと悪口で対抗して、スッキリすると良いって、シーカー仲間も言ってたのよ。だから一気に責め立てるといいのよ」
ミューゼに変な事を言われそうな気がして、今度は首を横にブンブン振り始めた。
「お手本見せてあげるのよ。……オリジナルの魔法とかどれだけ持ってるのよ? そんなんで上級者とかよく言えたものなのよ。このマニュアル王女~ザーコザーコ♪なのよ!」
「いや子供かっ」
パフィはネフテリアを指差してまくし立てる。ネフテリアは少し傷ついた。
「ほら、ミューゼも言ってやるのよ。ざーこざーこなのよ」
「……1回だけね。……ざーこざーこ!」
「はぁうっ♡」
遠慮がちにだが、ミューゼの悪口がさく裂。ネフテリアはちょっと目覚めた。
ここでなんだか収拾がつかなくなりそうだと、オスルェンシスが間に入る。一応王女は主でもあるので、正当性が無いやり過ぎはしっかり止めるのが役目。この中でも一番大人なオスルェンシスのお陰で、逸れまくった話は一旦元に戻ろうとしていた。
だが、これまでの会話を真剣に聞いていた少女が、ここで動き出した。
「ざぁこ、ざぁこ!」
「ぐっはぁっ!?」
『アリエッタ!?』
アリエッタの一言で、落ち着きかけたネフテリアは撃沈した。
(あれ? 今の言葉で、てりあ元気になったよね? なんで倒れた?)
「あ、アリエッタ、今のは違うのよ? 使っちゃメーなのよ?」
「?」
なんとミューゼの一言でネフテリアが変に笑顔になったせいで、完全に勘違いしていた。本人は元気づけるつもりで、今知った言葉を使っただけである。
この後しばらくの間、アリエッタにそれは違うと教えようとしたミューゼ達だったが、残念なことに上手く伝わらなかった。
「うぐぅ……ミューゼの時とは違う破壊力……これは危険過ぎるわ」
「………………」
ミューゼの時とは違う感じでも目覚めかけた王女に対し、従者はもう何も言いたくなくなっていた。
「まぁ探知じゃなくても、明かりの魔法を使えばほら」
「あ、気の形は光に当たって見えるのよ」
「明るくて白以外の光を当てるのがコツよ。魔法が使えない人達は、こういう事が出来る道具を持っているらしいわよ」
影で出来ているとはいえ、物理的な立体物の岩である事には違いない。シャダルデルクの光の色である白以外の光を当ててやれば、光の色がその場所に映るのだ。
「それじゃあ、一部が半透明な人を見たという場所に向かいましょうか。足元に気を付けてね」
「はい。この向こうに男の人がいるわけですね」
「ええ。目撃者が言うには、どこのリージョンの人かは分からないけど、高笑い上げてて怖かったから逃げてきたらしいっていうのは話したわよね」
「そんな所にアリエッタを連れて行きたくないのよ」
「奇遇ね、わたくしもよ」
改めて情報整理したところ、間違いなく変質者の類だろうという結論に達していた。明らかに小さな女の子を連れて行くような場所ではない。
「変な事されないように、私が抱えておくのよ?」
「……まぁそれが安全かなぁ。ほらアリエッタちゃん。パフィが抱っこしてくれるって」
自分の名前に反応し、少し俯いていたアリエッタが顔を上げる。
「ほらおいでなのよ。足元危ないから持っててあげるのよ~」
「!?」(だ、駄目だ! 今はダメっ!)
アリエッタは首を横にブンブン振ると、慌ててパフィの手を取って、横に並んだ。
「おや?」
「まだ照れくさいのかな」
「ん-、まぁ手を繋いでいれば大丈夫なのよ。離さないのよ」
「そうね。行きましょうか」
こうして一同は黒い岩場の中へと足を踏みいれた。オスルェンシスが出来るだけ何も無い場所を選んで進む。
その最後尾で、パフィに手を繋がれたまま歩くアリエッタは、少し俯きながら歩いている。
(どうしよう……朝起きたらみゅーぜが近すぎて…それで慌てちゃったせいだ……こんな事になるなんて!)
アリエッタは2重の意味で誰にも話せない事があり、後悔の念に苛まれていた。