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快晴が続いたある日の朝、レイニルとシャインは自室のリビングで朝食を摂っていた。
城には王族専用の食堂もあるが、なるべくレイニルがローサと顔を合わせない方がいいと考えたシャインの配慮だった。
アメリア国で地下牢暮らしだったレイニルにとっては、焼きたての食パンですら贅沢に思えて感動してしまう。
「ふっ……レイニルは本当に何でも美味しそうに食べるな」
「本当に美味しいです……アメリアのパンは固いし湿っぽいし、こんなに白くはなかったから」
雨ばかりのアメリア国では湿度が高くパンは日持ちしない。加えてレイニルには質素な食事しか与えられなかった。
小さなテーブルに向かい合って座る二人だったが、シャインは食事よりもレイニルの表情を楽しんでいる。
「あぁ、それとな。今日はアメリア国の王子がこの城に来るぞ」
「アメリア国の……王子?」
「商談だ。水の売買の取引を担当している」
レイニルは生まれ故郷のアメリア国の事情は何も知らない。それどころか自分の家が水を売る商家であることも初めて知った。
そういえば、雨女の自分がサンディ国に移住して、その後のアメリア国はどうなったのだろうか。メイドのステラは元気だろうか。
そんな事を思ったが、離婚して帰国する可能性もある現状では無駄な心配に終わるかもしれない。
「私も王子様にお会いした方が良いですか?」
「まぁ、挨拶くらいはな。勝手に結婚したしな」
この契約結婚はシャインの独断で全てが進んだ。レイニルを連れ去った形だし婚姻の証もキスのみだったが、結婚の報告くらいはすべきだろう。
朝食後、二人は城の会議室へと入った。長いテーブルに二人並んで座り、アメリア国の王子の到着を待つ。
やがてドアが数回ノックされると、部屋に控えていた侍女が内側からドアを開ける。
「失礼いたします」
その一言と共に部屋へと入ってきたのは貴族服ではなく黒いスーツを纏った男性。黒髪に黒の瞳で、シャインよりも少し年上に見える。
商談に来ただけあって、その姿は一国の王子ではなくビジネスマンにしか見えない。
男性は着席する前に、テーブルを挟んだ向かい側に立ってシャインに深く頭を下げる。
「シャイン陛下。本日もどうぞよろしくお願いいたします」
「うむ。よろしく頼む」
頭を上げた男性は着席しようとしたが、シャインの隣に座るレイニルの姿を見て動きを止めた。
すかさずシャインが座ったままで隣のレイニルを紹介する。
「つい先日、結婚した。オレの妻、レイニルだ」
レイニルは反射的に立ち上がってお辞儀をする。王妃の自覚がないレイニルには、シャインのように偉そうな態度はできない。
「初めまして、レイニルと申します。アメリア国・クラウディ子爵家の次女です」
それを聞いた隣のシャインがテーブルに頬杖をついて笑う。
「そこまで言わなくていい」
「あ……そうですよね、すみません!」
レイニルはすでにサンディ国の王妃なのだから、出身国の家柄まで名乗る必要はなかった。
男性も微笑むと、改めてもう一度深く頭を下げた。
「ご結婚おめでとうございます。初めまして、王妃様。私はアメリア国のヴェルクと申します」
ヴェルクは自分の身分までは言わないが、シャインから聞いた話ではアメリア国の王子だ。
そして水を売るという商売人の立場からか、客であるシャインに対しては腰が低い。
ようやく3人が揃って着席したが、この場でリラックスして余裕を見せているのはシャインだけだ。
「サンディ国は未だに雨降らずだ。水の買取価格は現状維持だとありがたい」
前触れもなくシャインの口から商談が始まった。そしてレイニルは役立たずな雨女としての申し訳なさから黙って俯く。
ヴェルクはクールで表情すら変えないが一瞬、何か言葉に詰まった様子だった。
「はい。こちらとしても現状維持でお取引いただければ幸いです」
王族とは思えないほどに丁寧な口調で申し出る。ヴェルクは王子である前に商売人なのだと感じる。
これだけの会話で商談は終了らしく、シャインは横で身動きしないレイニルに笑いかける。
「そんなに緊張するな。ああ見えてヴェルク殿はオレと同い年だぞ」
「えっと……それって何歳ですか」
「なんだ、忘れたのか? 22だ」
夫の年齢すら忘れるほどに緊張しているレイニルに対して、正面のヴェルクも穏やかに笑いかけた。
「レイニル様。クラウディア家は王家と親密ですので、あなた様のことも存じ上げておりましたよ」
「え? そうなんですか?」
レイニルは驚いて顔を上げてヴェルクと目を合わせるが、感情の読めない漆黒の瞳が少し怖く感じた。
クラウディ子爵家はアメリア国で最大の水の商家らしいので、王家とも繋がりがあるのかもしれない。
おそらくレイニルが虐げられていた事実や地下牢暮らしだった事は伝えられていないと思われる。
「オレは次の仕事があるから行くが、レイニルはヴェルク殿から母国の話を色々と聞かせてもらうといい」
シャインは一人で席を立つと、レイニルとヴェルクを会議室に残して侍女と共に退室した。
地下牢暮らしで何も知らないレイニルが、アメリア国や家の事を知る良い機会だと思ったシャインの気遣いだった。
会議室にたった二人で沈黙が続く。クールなヴェルクは自分からは口を開かない。レイニルが恐る恐る口を開く。
「あの、アメリア国は今、どうなっていますか? 雨は降っていますか?」
「……降っていません。あなた様がいなくなってからは」
なぜだか、急にヴェルクの口調が冷たくなった。まるで雨女のレイニルがいなくなったせいだと言われた気がした。
さらにヴェルクは淡々と語り続ける。
「水はアメリア国の財源です。このまま雨が降らなければ商売ができません。あなた様のご実家も破産されるでしょうね」
「そんな……!」
自分を虐げたクラウディ家だが、レイニルにとっては家族。両親の顔すら覚えていないが、それでも自分のせいで家を壊したくないと思った。
サンディ国に嫁いだ今も、実家どころか国に迷惑をかけ続けている罪悪感の重さに心が潰されそうになる。
しかも未だサンディ国に雨を降らせずにいる。レイニルは誰の役にも立てない自分を責めるしかなかった。
「私……やっぱりアメリア国に帰るべきなのでしょうか」
あからさまに落ち込んだ様子を見せたレイニルを見て、ヴェルクは微かに口の端を上げた。
「その事も含めて、国王陛下がレイニル様にお会いしてご相談したいそうです」
「私がアメリアの国王様と?」
しかしレイニルは、アメリア国では子爵家の次女でしかない。しかも今は隣国のサンディ国に嫁いだ身。
このタイミングで母国の国王が会いたいとは、どういう事なのだろうか。貴族の生活を送った事のないレイニルには成り行きが想像もできない。
そしてヴェルクはレイニルに考える時間を与えない。
「それでは、今からご一緒にアメリア国へと参りましょう」
「え、今から……ですか? シャインに相談してから……」
「ご心配いりません。シャイン陛下には事前にお話を通してあります」
「……そうなんですか? 分かりました」
物事の手順など知らないレイニルは、あっさりとそれを信じてしまった。
二人は一緒に会議室を出ると、そのまま城の外へと出る。
城門の外で待機していた馬車に乗り込み、アメリア国へと出発する。