SixTONESの5人は、笑顔でガラスの向こうを見つめていた。
同じその視線の先にいるのは、樹だ。
ここは病院のリハビリルーム。部屋の中では、スタッフや患者が、色々な器具を使ってリハビリしていた。もちろん、樹も。動けるまでに回復した樹は、リハビリを始めた。今は、脚に下肢装具を着けて立ち上がりの訓練をしている。
大我「っていうか、まだ最初なのにそんなすぐ立つところから始める? まだ早くない?」
慎太郎「まあ、先生が決めたことだから…。上は動くから、リハビリするなら下だけでしょ」
北斗「うわぁ、危なっかしいな。怖い」
高地「しょうがないよ、最初だし」
ジェシー「にしても、全然俺らに気付かないね。よほど集中してんのか」
固唾を飲んで見守る5人には全く気付いていない様子だ。両手で手すりにつかまって、スタッフに支えられながら、立ったり座ったりを繰り返している。
高地「でもすごいね。始めてからそんな経ってないのに、もう立ててる」
大我「うん。もしかしたら、歩けるようになるかもしれないね」
大我は無垢な笑顔を向け、言った。しかし、ほかの4人は眉をひそめた。
ジェシー「それはどうだろう…」
慎太郎「なったら…いいよね」
高地「でも、そうなることを願うのが、希望ってことじゃないの」
高地の言葉に、4人は振り向く。
「そうなるといいなあってだけじゃなくて、そうなれ!って願わないと、希望って叶えられないんじゃない? 少なくとも俺は、そう思う。夢見心地じゃ、何も出来ないじゃん」
北斗「それもそうだね」
大我「たまにはいいこと言うじゃん」
高地「たまには、じゃないだろ笑」
すると、リハビリルームのドアが開き、いつの間にか練習を終えていた樹が出てきた。慣れた手つきで車いすを漕ぎ、近づいてくる。
樹「やっぱ見てたんだ。今日来るって聞いてたけど、全然気付かなかった」
ジェシー「なんでだよ笑。俺ら、ずっとニコニコして見てたのに」
北斗「結構危なっかしくて、ビクビクしてた」
樹「俺の保護者かよw」
慎太郎「でも、最初であんな立てたりするの、すごいよね」
樹「うん、そう。まだ最初なのに、進歩がすごいって褒められた。やっぱり元々、動いてたからでしょうねって。まあでも、ほかは筋トレとかだけど」
高地「筋トレ?」
樹「腕とかの筋力を上げるためらしい。少なからず、入院中に筋肉も落ちたから。でも、ずっとジム行ってたからスムーズだったよ! 結構筋肉ありますねって褒められたもん」
大我「そっか、良かったじゃん」
樹「とは言っても、キツいのもあった」
ジェシー「どんなの?」
樹「なんかね、上体だけを使って段差を越える練習。めっちゃ腕疲れるの。自分の全体重を持ち上げるから」
北斗「でも、樹軽いから楽なんじゃないの」
樹「確かに、ほかから見ればそうかもしれない。でもキツいはキツいのよ…」
慎太郎「でも車いす漕ぐのも上手かったよね。スイスイって」
樹「平面で漕ぐのは慣れた。やっぱ、坂とか段差越えるのがしんどいんだよね」
大我「そっかぁ。課題もあるんだね」
樹「うん。まあ、まずは復帰を目指して、できるところまでやるよ」
その言葉に、みんなも安心した。いつぞやは、ネガティブな言動に困惑し、これからのグループの未来を案じていたが、もう心配する必要はなさそうだ。
「ねえ、ちょっとガチな話していい?」
不意に樹が声を上げた。病室に戻った6人は、樹をベッドに移し、腰を落ち着かせたところだった。
北斗「なに?」
樹「真面目な、仕事の話。復帰したら、どこまで仕事を引き受けて、どこまでをNG…っていうか、できないことかっていう線引き。どうすればいいと思う?」
高地「…それは、樹にしか自分でできないことはわからないし、自分で決めればいいよ。でも、俺らに言うってことは要するにアドバイスが欲しいんだろ?」
樹「うん。みんなにも関わることだから」
ジェシー「そんな、俺らのことは次でいいのに」
慎太郎「でも、それは大事だよね」
北斗「まず、何ができる? 今のところ」
樹「歌はできるよね。ダンスは…多分厳しい」
大我「…だろうね…」
樹「でも、やりたい」
高地「なら、なるべく動きを抑えるか、もしくはみんなで椅子に座ってとかならいけるかな」
樹「うん。あと、バラエティはできるかな。出たい」
ジェシー「俺もずっと待ってたよ! 早く二人でやりたいなーって」
慎太郎「ねえ、あの…もしかしたらだけどさ、車いすにスポーツ用ってあるじゃん」
樹「うん、あるね。あのタイヤが八の字になってるやつ」
慎太郎「それ。それだったら、ダンスもやりやすいんじゃないかなって思ったんだけど。樹、器用だから、乗りこなせるんじゃない」
北斗「確かに。ターンとか、俺らより綺麗に素早く動けそう。絶対、ステージ映えするよ」
夢見るような目の二人に対し、現実的なのは高地と樹だった。
高地「でも…高そうだよね」
樹「普段使いするやつに合わせてってこと? んー、欲しいけどなぁ…ちょっと…」
ジェシー「えっ、普段使いするやつって、今乗ってるそれ?」
樹「いや、これは病院のだから。いずれ障がい者手帳取ったら、補助金出るからそれで作れるんだよね。さすがに二つ分のお金は出ないと思うから、普段の車いすだけになっちゃう」
一旦口を閉じた樹だが、ポツリと呟く。
「パラリンピックで言ってたんだけど、世界の総人口の15パーセントが障がいを持ってる人たちなんだって」
慎太郎「そうなんだ」
北斗「俺、それ知ってる。東京パラで見た」
樹「『We the 15』っていうスローガンだったかな。だから、75パーセントがいわゆる健常者。俺、75パーから15パーの人になったんだね。…悲しくはないよ。嬉しいのともちょっと違う」
高地「ん?」
樹「だけど、そうなったことで、15パーセントの人の気持ちがわかるよね。もちろん、75パーの人の気持ちだって。もともとは俺も健常者だったから。俺、架け橋になれるんじゃないかなって思って。障がい者と健常者の」
ジェシー「なるほどね」
樹「俺がもっと、障がいのある人の目に留まるような活動をしていけば、俺のことを知ってもらえて、SixTONESも知ってもらえるかもしれない。それっていいことだよね。活動範囲が広がる」
大我「確かに、どっちも経験してる樹だからこそ、伝えられるものもあると思う。グループがグローバルになったよね」
ジェシー「多様性を体現してるかも」
慎太郎「だね!」
と、大我が何やらハッと思いついたような表情をした。口角がニヤリと上がる。だが、その様子に気付くメンバーはいなかった。
みんなが帰ると、樹は一人呟いた。
「ダンス…できないのかなぁ。嫌だ、そんなの」
悔しげに顔を歪ませる。
「いや、何がなんでもやってみせる。頑張ってリハビリして、車いすでも色んな動きができるようにしないと」
そう言うと、スマホを取り出し、何かを調べ始めた。
「おっ、これはバスケ用か。八の字だ。普通に買えるのかな?」
口では大我の意見に反対しつつも、スポーツ用車いすに興味はあるようだ。また違うことを調べてみる。
「『車いす ダンス』っと。…………社交ダンスじゃん」
車いすの男女二人が社交ダンスをしている動画が出てきた。気になって、タップする。
「すごい。めっちゃくるくる回ってる! 二人とも、八の字の車いすだ。こんなに動けるもんなんだ。…ちょっと舐めてたかも。俺もこんな風に、ステージ上でまた踊れたら……って、社交ダンスはしねーけどな」
無理だと思っていたダンスに、少しだけ、希望の明かりが見えた。
一方、家に帰った大我も、スマホで何やら調べていた。
サイトの文章を読み上げる口が動く。
「スポーツ用車いす…。めっちゃかっこいいな。スタイリッシュな感じで。樹、好きそう」
見ていたのは、スポーツ用車いすのメーカーのサイトだった。
「黒とかやっぱかっこいい。SixTONESに合う感じ」
そして、とあるメーカーのサイトを見つけると、思わず声が出た。
「え、うそ! ダンス用だって、すごい!」
嬉々とした表情で、明るく言った。
「そんなのがあるんだ、知らなかった。まるで俺らのために作られたみたいな…! 絶対いいじゃん」
そこに、帰宅した父がリビングに入ってきた。
「ただいま」
「ああ、おかえり。ねえ、見て、これ」
スマホの画面を向ける。
「スポーツ用の車いす。ダンス専用なんだって。樹に薦めてみようかなって思って」
「へえ、いいじゃん。かっこいいよ。それでダンスできるんだ」
「そうらしい。樹もまたダンスしたいって言ってたから。俺らとしても、意見を尊重したいし、みんなで前みたいにパフォーマンスしたい」
「うん。父さんも、6人のパフォーマンスが見たいよ」
大我は、父と微笑みあった。
5人が集まっている楽屋では、大我が父に見せたときと同じように、スマホを見せて興奮した様子で話していた。
「ね、これ、いいでしょ」
慎太郎「すごいね、まさかダンス用があるとは思わなかった」
北斗「俺も。でもやっぱ高そう」
高地「まあね。で、大我、これをどうやって実現させるつもり?」
大我「それは、俺らからのプレゼントにしようかなって。誕生日に」
大我の提案に、みんなが驚く。
ジェシー「プレゼント? 俺らが?」
北斗「割り勘ってこと?」
大我「あぁ…まあ、そういうこと」
高地「う~ん……、ちょっと見通しが甘いかな。値段の問題もそうだし、第一、樹の意思を確認しないと」
大我「それはもちろん。ちゃんと話し合ってからするつもりだよ」
北斗「で、その車いすっていくら?」
大我「……24万から」
慎太郎「え!」
ジェシー「に、24万⁉」
高地「まあでも5で割れば、えー……、4万8千円か。いやそれでも結構だな」
北斗「もしかしたら金銭感覚麻痺しちゃってるんじゃ?」
慎太郎「確かに」
大我「……やっぱ、ダメ? そうだよね、無茶すぎた」
大我の泣き入りそうな声に、ジェシーが慌ててフォローする。
「でも、樹だったら、大我の提案受け入れてくれるんじゃない?」
大我「……そうかなぁ」
慎太郎「まあ、話してみるだけ話してみなよ。あの樹のことだから、大我の意見なら突っぱねたりなんかしないと思うよ」
ジェシー「一生懸命考えて、樹のためにって思ってるんでしょ? じゃあそれをちゃんと言ったほうがいいよ。きっとわかってくれるはず」
大我「…うん。わかった、ありがと」
照れ笑いを漏らした。
「樹」
控えめに、大我がカーテンの向こうに声を投げかける。
少しの間を置いて、返事があった。「…きょも?」
大我「うん、今大丈夫?」
カーテンをそっと開ける。
樹「あ、こーち」
「俺も来たよ」
高地が柔らかく微笑む。樹の顔にも、安心の色が見えた。
樹「今日、何かある? 二人で来るの、珍しいね」
高地「うん。ちょっと、大我が心配で」
樹「なんで?」
高地「言いたいことがあるんだって」
樹「えっ」
大我「……あのさ、提案があるんだけど」
樹は不思議そうに大我を見上げている。
大我「来年の誕生日プレゼント、俺ら5人からあげたいの」
樹「ん? 俺の?」
大我「うん。世話かもしれないけど……、スポーツ用の車いす。俺、いいの見つけたんだよね」
スマホを取り出し、樹に画面を向ける。
樹「…おお、すごい。かっこいいね」
反応が良かったため、大我は安堵する。
大我「もちろん、樹が欲しかったら、俺らにプレゼントさせてほしいってだけだから、いらなかったら全然いいんだよ」
樹「…うん」
高地「でも、一応言うけど、……エールも込めたい。その車いすで、俺らと一緒に駆け抜けてほしいって。そのためのものだと思ってる。もちろん樹の気持ちが最優先なんだけど、俺らの思いもちょっと…汲んでほしいかな。わがままでごめんね」
樹は首を振る。
「ううん。そう思ってくれて、嬉しいよ」
その目は優しい三日月形になっていたが、瞳の光はどこか儚げで、ほろ苦さをはらんでいた。
「ありがとう」
二人の顔を見ずに告げた。いつもの樹の喋り方ではない、ゆっくりした、寂寥の念すら感じられる声だった。
高地はその声に虚を突かれ、樹を見やる。輪郭のせいもあるが、影が落ちた顔。悲しみなのか、静かな怒りなのか、はたまた安心して真顔になっているのか。少なくとも、嬉しさは見えなかった。
樹の本心が、高地には、わからなかった。でも、わかろう。自分たちなら、話してくれる。そう思い、口を開いた。「なあ樹」
「ん?」
緩やかに、視線を高地のほうに向ける。
高地「本当に、活動再開したい?」
樹は高地を見つめたまま、動かない。
高地「車いすだから厳しいと思ってる?」
樹「……やりたいよ」
力強い声だった。
樹「やりたい。みんなとまた、ステージに立ちたい。だから今、こうやって頑張ってリハビリしてる。ダンスだって、できる範囲でやるつもりだよ」
高地「…大我の提案だから、やろうかってなってるんじゃないの? いや、違うんならいいよ。俺らとしてもやってほしいんだし。甘々樹のことだから、大我の言うこと聞こうって思ってるんじゃないかなって」
樹「違う」
高地をしっかり見据えて、短く言った。
樹「これは俺の本心。きょもが言おうと、高地が言おうと、北斗だろうと誰でも揺るがない。ほんとだよ。高地、俺のこと信じてないの?」
高地「そんなことない。腹割って、気持ちさらけ出して話してやってかないとダメだから、しっかり聞いただけ。樹のこと、全部信じてるから、確認したんだよ」
そして高地は静かに言った。
「答えはわかってたから」
樹「え…?」
高地「絶対、俺らとずっとやるんだろうなって信じ込んでたから。何としてでも戻ってくるって。でも、さっきちょっと暗い顔してたから、心配したよ。やっぱ嫌なのかなって」
樹「嫌じゃないよ。ただ、きょもがこんなに俺のこと考えてくれてて、ちょっと申し訳なくなっただけ。だって、車いす、プレゼントしてくれるんだろ? みんなに負担かけちゃうし。そんな甘えちゃダメなのに。子供じゃないんだし」
高地「いいんだよ、もう考えすぎだって」
大我「樹、何にもわかってねーな」
突然、大我の口からトゲのついた言葉が出てきた。二人も驚いている。
「俺ら、メンバーのことそれぞれ大好きなんだからな。自分も好きだし、他のメンバーも好き。だから、何だって出来る。SixTONESのためなら、どんなことだって出来るんだよ」
高地も首肯する。「うん。だから、好きでやってるだけ」
それには思わず、樹も笑みを漏らした。
「そっか。じゃあ、その好意、受け取るよ。……っていうか、ビビったよ。急に怖い口調になるから…」
高地「俺も、あともうちょっとで止めに入るところだったよ笑」
大我「そこまでは言わないって笑。大丈夫だよ」
樹「でも、ありがとね。助かるよ」
その三日月アイは、嬉しそうな笑いをたたえていた。
続く
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